第13話

 テロリストたちを退け、大した被害もなかった中央部隊は次の行動を起こした。


 それは第2拠点へ移動する最適ルートの探索であった。


「西に続く中央道路は橋が落ちているのだとさ。もしかしたらテロリストたちに破壊されたのかもね」


 横道たちは2台のSUVを操り、南周りの道を調べている。今のところ鹿を見かけたくらいで目ぼしいものは見つからない。


 また道の方も大きな道路はガレキや車両で堰(せ)き止められ、目ぼしい道順は見当たらなかった。


「ここもダメかい。いよいよ西に進めなくなってきたね」


 横道たちのSUVは先ほどから南に遠回りして、西への進行が防がれている。春子はそれに腹を立てながらも、ジョーに貰った地図を見て自分なりのルートを計画していた。


「いっそのことどこかを爆破して無理やりにでも道を作るしかないね」


「そんな爆薬あるのか? そもそも通り抜けた先にまたバリケードがあったらどうするんだよ」


「んんん……? そういう横道も良いアイディアがあるのかい?」


 横道も大したいい考えはない。とは言っても、その場の誰1人として冴えた思い付きがあるわけでもなかった。


「おっと、今度は袋小路みたいだね」


 春子がため息をつく通り、先方のジョーのSUVが前にも左右にも行けずに止まった。


 無線から『後退してくれ』と要請が来たので、修理の終わっているアールビーがSUVを操りバックしようとした時だった。


「後方に人感反応」


「人かい?」


 横道と春子が後方を見ると、そこには動く人影があった。


 しかもただ居るだけではなく、その人影たちは何か作業をしていた。


「っ!? 道を塞ぐ気だよ!」


 人影たちは廃車を押して、後ろに行こうとする横道たちの退路を断ったのだ。


 これでは逃げ道がない。


「人間の待ち伏せだよ! 銃を取りな」


 春子の指示に全員が動く。


 横道たちは車内で対人用の装備を整えると、ドアを盾にして身体を外に出した。


 外を伺うと、SUVの周りであるビルの中や玄関、廃車の影にも人影があった。


 ただし、人影の動きはさほど機敏ではなく。それどころか遅いくらいだった。


「……老人?」


 横道は、僅かに覗く顔がしわくちゃで、頭は禿げているか髪が真っ白になっているのに気づいた。


 そんな老人たちは重い身体を引きずっているものの、手には銃器やボウガンを持ち、横道たちに対して臨戦態勢を取っていた。


「降伏してくれ。君たちは包囲されている。食料と水、弾薬、車を置いて行くのなら攻撃はしない!」


 拡声器を持ち、横道たちに投降を呼びかけるのは理知的な顔をした男性だった。


 歳は70歳くらいだろうか。丸い眼鏡の奥の眼(まなこ)は静かな水面のような冷静沈着さを湛(たた)え、刻み込まれたシワは年輪のように年月を感じさせた。


 頭頂部は禿げかかっているけれども、残っている髪は黒く若々しく、いまだに余力が残しているのを示しているかのようだった。


「降伏はしないよ! こちらもこれがなければ仕事ができなくてね。徹底抗戦は嫌だけど、抵抗はするよ!」


「!? その声は若い衆じゃないな。そちらも老人がいるのか?」


 向こうが春子の存在を気にしたため、危険を承知で春子は銃を持ったまま両腕を上げ、身を晒した。


「物資は融通してもいい。ただし全部は上げられないよ。それともこんな場所でドンパチをしてコウレイ共を呼び寄せる気かい?」


「老人の戦闘集団……いや、特別介護士か! 君があの轟院(とどろきいん)春子かね?」


「ご存じなら恐縮だね。できるなら話し合いでコトを済まさないかい?」


「……」


 理知的な老人はしばし考えた後、春子に応えた。


「いいだろう。そちらを尊重して武器の携帯を許す。その代わりに私たちの誘導に従ってくれるな」


「いいだろう。地獄以外ならどこにでも付き合ってあげるよ」


 春子の姿に多少は気を許したのか、レッドゾーンの老人たちは話し合いに応じてくれた。


 後の問題はどこに落としどころを決めるか、であった。




 横道たちが老人たちの後を、SUVに乗ったままノロノロとついて行く。すると、そこは広い敷地を有した病院だった。


「こんな都市の真ん中に庭の広い病院とは贅沢だね」


 老人たちは門を守る別の老人に命じて鉄の扉を開けさせ、後続の横道たちを病院の敷地に招き入れた。


「病院の中まではそちらも居たくないだろう。外で話をしよう」


 拡声器で話していた理知的な老人が、SUVの窓越しにそう話す。


 ここまで来て断ると言うのも道理ではないため、ジョーとアオザとそれにアールビーをSUVに残して、横道と春子で相談しようという話になった。


「それで、まずは何から話そうか。とりあえず自己紹介だ。私は荒川だ」


 荒川は握手を求めたが、ここは敵陣だ。横道も春子も不用心にその握手を握り返しはしなかった。


「……すまない。グリーンゾーン――壁の中の老人と話すのは久しぶりでね。馴れ馴れしくして悪かった」


「構わないよ。友好的なのはいいことさ。アタシは轟院春子、こちらは霊界堂(れいかいどう)横道だよ」


 横道は軽く会釈をして、荒川に敬意を示した。


「春子さんに横道君、まずは急に襲い掛かったことを謝罪する。だが私たちも余裕がなくてね」


「余裕がない――と言うと、やはりここでの生活は苦しいのかい?」


「そうとも、1日を生きるのが精いっぱいだよ。毎日消費期限の切れた缶詰を探したり、カラスや鳩を狩ったりだ。水の方は川のものを蒸留しているけど、綺麗な水が飲みたいね」


「栄養が偏ってそうだね。その歳で大丈夫なのかい?」


「屋上で家庭菜園をするか、薬局からビタミン剤を持ってきて何とかしている。ただ持病持ちの人は薬がなくてね……」


 荒川は自分たちの懐(ふところ)事情を話すと、悲しそうな顔をしていた。


「療養所であるホスピタルにいないってことは、いわゆる捨てられた老人なのか?」


 横道がこんな場所に老人が集団で暮らしている不可解さの解答を訊くと、荒川は「その通りだ」と返した。


「終末医療施設であるホスピタルは限られた資産家にしか利用できない。ほとんどの高齢者は死ぬ前にレッドゾーンへ送られるか、自分から向かうのだよ。自分の死に場所を求めてね」


「……すまない」


「横道君が謝る話じゃないよ。悪いのはコウレイ化現象そのものさ。私が末期癌で追い出されたのも、君たちが特別介護士という危険な仕事をしているのもそのせいだよ。誰かが悪いわけじゃない」


「癌なのか? 余命は?」


「ここにきて2か月だが、来る前に余命は3ヶ月だと言われたよ。ステージ4という奴さ。服用していないから抗がん剤の副作用はないけれど、何の治療もしていないのはやはり不安だよ」


 荒川はそんな暗い話題を、株価の下落のような些細な出来事のように話していた。


「だが安心したまえ。私たちは死体の処理をしっかりしている。先月亡くなった3人も南に10キロ先まで運んだよ。使っていたトラックが壊れるまではね」


「それで死体運搬のために車が必要なんだね?」


 春子の指摘に、荒川は頷く。


 確かにここの老人では背負って死体を運ぶのは難しい。トラックや車がなければ、ここでコウレイが産まれ、コウレイやコウレイゾンビのパンデミックが起こるだろう。


これは老人グループたちだけの問題ではなかった。


「今月はまだ死体が出てないんだね」


「かろうじてな。だけど今は生死をさまよっている女性が1人いる。いつ亡くなってもおかしくない。だから頼む!」


 荒川は必死な表情で横道たちに懇願(こんがん)した。


 横道たちも老人たちを助けたい。しかしここで気前よくSUVを上げられるほど横道たちも裕福ではなかった。


 ならばどうするか。見捨てるのか救うのか。その選択をする必要があった。


「残念ながらアタシたちだけでは救える話じゃないよ」


 春子は横道に向かってそう言った。


「この話は自治政府の役人がいる中央部隊に掛け合ってみるさ。説得すれば車の1台くらい融通してくれるはずだよ」


「では、今すぐというワケにはいかないのか……」


「そう、今すぐ用意できるのはレンタルくらいだねえ」


 春子の言葉に、荒川も横道もハッとする。どうやら春子は今あるSUVを老人たちに貸し与えるつもりらしい。


「春子ばあちゃんがそのつもりなら止めないけど、貸すとなると俺たちのSUVになるぞ」


「いっそ、アールビーも貸してあげようかね。どうせまた取りに戻るんだ。構いやしないだろう?」


 春子は完全に自分たちのSUVを借用書代わりに使うつもりのようだ。


「だけど政府にしたって無償とはいかないよ。何か代わりになるものはないかい?」


「対等な物か……。私たちの持ち物はここら辺の拾い物しかない。それでよければだが」


「ここら辺、ね。じゃあ、やはり道にも詳しいんだね?」


「そうなるな」


 春子はここで自分たちが何のために通りがかったのかを明かす。


 自分たちは西に物資を届けるため、ここに通りがかった。そして西に続く橋が途切れたので別の経路を探索している、という経緯をだ。


「なるほどな。だったら私たちだけが使う道がある。それは――」


「おっと、その話は自治政府の役人と話がまとまってからにしよう。つまりまた後でだよ」


 春子はそう目配せすると、結論を述べた。


「しばらくアールビーとSUVを1台貸してあげる。自治政府には道案内の代わりに車を1台譲り受ける。できれば他の物資という色を付けてね。それでいいかい?」


「ああ、こっちとしては破格の嬉しい条件だ。ありがとう。春子さん、横道君」


 荒川は感謝の意を表して、両手で握手を求めてきた。


「俺はただ聞いてただけだけどな」


「今回は聞き手だっただけさ。次も、次の次も同じとは限らないからね。頼れる時は頼らしてもらうよ」


「……はいはい、介護する時が来たら任してくれよ」


 横道と春子は荒川の手にそれぞれの手を重ね、契約に同意したのだった。

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