第40話

 モニカの太腿を撫で、ニータイツに指を差し込みながら、彼はキスに溺れた。

「誰も思いもしないだろうね。王女様がこんなところで、いいようにされてるなんて」

「意地悪なこと、言わないで? んはぁ……やっ、ほんとにそこ、ぃへぁあっ!」

 モニカは彼の頭に全部の指を立て、狂おしいくらいに身悶える。

 自分でも信じられないほどびしょ濡れになっていた。ショーツもぐっしょりと濡れ、生地越しに彼のキスを感覚で追ってしまえる。

 不意に飛翔感が生じ、身体を打ちあげられた。

「やだこれ、きちゃう……すごいの、きひゃっ、あはぁああああああーッ!」

 嬌声を張りあげ、モニカは全身を弓なりに伸びきらせる。

 両脚は爪先まで引き攣り、ジェラールのキスを受け入れるだけになっていた。その中央から女の蜜がとめどなく溢れ、甘酸っぱいにおいを彼の鼻先に直撃させる。

「わかったかい? モニカ。ここにはいずれ、おれが『入る』からね」

「はあ、はぁ……は、はぃ……」

 モニカはうっとりと艶を秘め、ジェラールに見惚れた。頭の中まで痺れついてしまい、朦朧としたまま、彼の命令に従うことしかできない。

 ただ、この気持ちを自覚はできる。

 好きになっちゃったんだわ、あたし……このひとのことが……。

 弄ばれて、辱められて。それでもモニカは彼の胸にあるものを感じ、応えられることに喜びを抱きつつあった。命令に従うという、ご主人様と奴隷の関係であっても。

「隣においで」

 下着を着けなおしてから、モニカは恋人に添い寝の姿勢となった。

「……なんだか恥ずかしいわ」

「その恰好が?」

「それもあるけど……あなたと、こうしてるのが」

 ジェラールは頬を緩め、今までになく穏やかな笑みを浮かべる。

「これで目的は果たせたも同然かな。無理を通して、ソールまで来た甲斐があったよ」

「無理? ……あなた、帝国の指示で来たんじゃなかったの?」

 昔からサジタリオ帝国はソール王国を属国とし、圧力を掛けてきた。今回に至っては国王不在の隙に乗じ、王国騎士団の掌握まで進めている。

 しかしジェラールの口からはまったく別の真実が語られた。

「戦争が長引くせいで、帝国にはもう余裕がないんだよ。民も生活を制限され、疲弊しきってる。ソールに強硬手段を取ってる場合じゃないのさ」

 彼の言葉が戦争に否定的でもあったのは、このためだったらしい。

『相手が見えないところで死んでくれれば、命を奪ったと考えずに済む』

『責任を感じずに済む……だから、勝利に酔いしれるのさ』

 帝国は近代兵器の力をもって、破竹の勢いで勝ち続けていた。だが、勝利のたびに祝杯をあげるのは一部の帝国貴族だけであり、民や兵はとっくに満身創痍となっている。

 クリムトの言った通りだわ。帝国は限界……。

 ジェラールは自嘲を込めながら、そっとモニカの頭を撫でた。

「だから戦争が終わらないうちに、どさくさに紛れてってやつさ。八年前に会った、お姫様……きみを手に入れるためだけに、おれは来た」

 本気の言葉に心を揺さぶられ、胸が高鳴る。

 モニカは嬉しさに頬を染めながらも、照れ隠しに文句をつけずにいられなかった。

「だったら……最初からそう言ってくれれば、その、よかったのに……」

「いきなり『迎えに来た』なんて言い出す男を、信じるのかい?」

 八年前の出会いはともかくとして、ふたりの再会は最悪に近い。しかし独断専行で帝国軍を動かしてしまったジェラールには、猶予もなかった。

「最初で最後のチャンスだったんだ。嫌われてもいい、絶対に手に入れてやろうとね」

「……酷いひとだわ」

 その結果がご主人様と奴隷。

「きみがマゾで、おれも助かったよ」

「あなたねえ」

 悪態をつくも、もう彼に逆らう気にはなれなかった。

 八年前の悪ガキとの思い出にさえ鮮やかな色がつく。彼の温もりを肌で感じながら、モニカは幸せに酔いしれた。

「ラル? あの……い、今からでも、あたし……」

 しかしモニカが誘っても、ジェラールは踏み出そうとしなかった。

「それはできない。サジタリオとソールのため、お互いやらなくちゃならないことがあるだろ? きみを抱くのは、すべてが片付いてからにしたい」

 頬にキスが触れる。

「その時は思う存分に、ね」

「……ええ」

 モニカも王女としての気構えを取り戻し、表情を引き締めた。

 今は身体を重ねている場合ではない。ソール王国の騎士団はジェラールの投獄に至り、事と次第によってはサジタリオ帝国の報復もありうる。

「朝になったら、おれは帝国軍と合流するよ。きみも一緒に来てくれ」

「そうだわ! お母様から親書を預かってるの。きっとこれも何かの足しに……」

「頼もしいかただね」

 すっかり城下の夜も更けた。

「……セリアスのやつはどこで油を売ってるんだか」

「何者なの? 彼」

「帝国で遺跡を探検する時、一緒だったんだ。かつてはスタルドの異変をも解決した、筋金入りの冒険家……あいつはジョーカーなのさ」

 運命の朝は近い。

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