第27話

 準備が整ったところで、モニカたちはバーベキューを囲む。

「ジェラール様、お酒のほうはいかがです?」

「いらないよ。おれも少し泳ぎたいしね」

 肉や野菜を丸焼き同然で火に掛けると、もうもうと煙があがった。香辛料の香りも相まって、巧みに食欲をそそってくる。

 ブリジットはジェラールの相手をせず、モニカにばかり食事を勧めた。

「しっかりお食べになってください。姫様が夏バテになっては、国の一大事ですので」

「ええ。みんなも遠慮しないで、食べてちょうだい」

 去年は国王代理の仕事が忙しいからと、つい食事を簡単に済ませてしまい、バテ気味にもなっている。補佐官のクリムトには迷惑を掛けた。

 同じ轍を踏まないためにも、今年は充分に栄養を取ったうえで、政務に臨みたい。

 食事がてら、ふとモニカは面子が足りていないことに気付いた。

「……あら? セリアスは?」

 ジェラールも浜を見渡し、肩を竦める。

「せっかくのバーベキューなのに、どうしたんだろうね」

「女性ばかりで緊張なさったのではありませんか?」

 アンナのフォローに皆は頷くも、ブリジットだけは一笑に付した。

「……そこの男は気にしてないようだが?」

 けれども安い挑発は帝国の王子に通用しない。

「これでも気を遣ってるつもりなんだけどねぇ、おれは。まあ、セリアスのことは放っておけばいいさ。何か考えがあって、動いてるんだろ」

「あなたが指示してるんじゃないの?」

「いいや。あいつは束縛されるのを嫌うからね」

 フェイクかもしれないが、雇い主のジェラールにしてもセリアスの行動は把握していないようだった。どうにもセリアスの立ち位置がはっきりとしない。

 彼によれば、レオン王はどこかに幽閉されているらしい。敵は軍神ソールを復活させるべく、鍵となる王家の血を欲した。その計画は一年も前から進められている。

 ところが国家元首が不在のソール王国へ、サジタリオ帝国の干渉が入った。ジェラールもまた軍神ソールに関心を示しており、敵は焦り始めたはず。

 セリアスは帝国のために軍神の調査を……?

 その可能性はあった。レオン王の生存を仄めかされ、セリアスに王家の秘密を明かしたのは、浅はかだったかもしれない。

 そんなモニカの不安を見透かしたかのように、ジェラールがはにかむ。

「心配いらないさ、モニカ。きみはおれの傍で役目を果たしていれば、それでいい」

「……え、ええ……」

 エプロンの裾を握り締め、モニカは彼の視線に緊張した。


 腹ごしらえのあとは皆で浜に出て、ビーチバレーで勝負することに。

 ソール王国の夏はビーチバレーの季節でもある。ここは海岸ではなく河岸のため、厳密には『ビーチ』ではないのだが、民にはその名で親しまれていた。

 砂浜にはコートも用意されている。

 そのネット越しに、ブリジットは憎らしくてならないジェラールを見据えた。

「わたしが勝ったら、金輪際、姫様には近づかないでもらうぞ」

 それをジェラールは涼しげな顔で受け流す。

「いいのかい? なら、おれも勝ちさえすれば、きみに何でも要求できるわけだね」

「フン、言ってろ。貴様がどんな手を使おうと、わたしと姫様が勝つ」

 急に名指しされ、モニカ王女はきょとんとした。

「……え? あたし?」

「当然です。わたしと姫様のペアで、やつに鉄槌を降してやりましょう!」

 これまでの雪辱を果たそうと、ブリジットは試合の前から高揚してしまっている。

「それじゃあ、おれは……アンナ、手を貸してくれるかな?」

「あ、はい。わたくしでよければ」

「わたしたちの勝利のために手を抜くことはないぞ、アンナ。サジタリオ帝国の腑抜けた王子なぞ、実力で打ち負かしてくれる」

 ペアはそれぞれブリジット&モニカ、ジェラール&アンナとなった。

審判にはほかのメイドがつき、笛を鳴らす。

「ゆくぞっ!」

 開戦と同時にブリジットの強烈なサーブが風を切った。これ見よがしにジェラールの脇を抜け、コートのぎりぎり角で砂を弾く。

「ヒュウ! やるじゃないか」

「この程度で驚いてもらっては、困るな。勝負はこれからだぞ」

 一流の騎士だけあって、ブリジットの運動神経は群を抜いていた。動体視力にも優れ、跳躍の頂点を軽々とボールに合わせる。

「こっちよ、ブリジット!」

「了解です!」

 おかげで、最初のうちは戸惑っていたモニカの調子もあがってきた。ブリジットのレシーブとスパイクを、丁寧かつテンポのよいトスで繋ぐ。

「意外にやるものだね、モニカ。正直、スポーツはそうでもないと……」

「ソールは騎士の国なのよ? あたしだって、ずっと剣のお稽古はしてるんだもの」

 ジェラールの鼻を明かしてやりたくなって、今度はワン・ツーで決めた。ところが、モニカのスパイクはアンナに受け止められてしまう。

「ジェラール様っ!」

「ナイスだ! きみもどんどん前に出てくれ」

 追い風も吹き、アンナのスパイクが思った以上に伸びる。

 アンナとは毎年のようにビーチバレーで遊んでいるため、こちらの動きはすでに癖を見抜かれていた。モニカの攻撃は打点が低いため、どうしても長身のジェラールを避けなくてはならず、コースも限られる。

「さっきの台詞をお返ししようか。勝負はこれからだよ、ブリジット!」

「くうっ?」

 ジェラールのスパイクは容赦なしにブリジットのボディーを狙った。反則ではないものの、防ぎきれなかったブリジットは地団駄を踏む。

「本性を現したな、外道め!」

「いいねえ! その強気、おれがへし折ってあげるよ」

 ジェラールとブリジットが躍起になったことで、ビーチバレーはますます白熱した。ジェラールのピンチにはアンナが逸早くカバーに入り、ボールを零さない。

 対抗してモニカもブリジットと前後に分かれ、フォーメーションを維持した。

「姫様っ!」

「任せて! えいっ!」

 次第に相手はモニカに、こちらはアンナに狙いをつけるようになる。ペアで脆いほうを狙うのは定石で、これなら強いほうにスパイクを打たせる危機も減った。

 それをジェラールのワン・ツーが攪乱し、モニカたちはタイミングを狂わされる。

「しまった? 姫様、早くコートへ」

「いただきだ! こっちにくれ、アンナ!」

「は、はい!」

 こちらが立てなおせないうちに、怒涛のスパイクを叩き込まれてしまった。ボールはブリジットをすり抜け、モニカの真横でコートに突き刺さる。

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