第25話

 ジェラールは称賛を惜しまなかった。

「自信を持つべきはきみのほうさ、アンナ。ブリジットの陰にいることはないよ」

「わ、わたくしなど……しがないメイドでございますので」

 アンナは照れ、まんざらでもないように頬を染める。

 そんなふたりに比べて、モニカはスタイル抜群とはいかなかった。良くも悪くも年相応の体型でしかないうえ、顔立ちは幼いと来ている。

「嬉しそうねえ、ジェラール。可愛い子に囲まれちゃって……」

 フリルをあしらった黒のビキニは、彼のために選んだ。アンナとブリジットに同じビキニを着せたのも、自分が恥ずかしいため。

 ところがジェラールはほかの誰でもなく、モニカのスタイルに目を見張る。

「たまらないな。きみが一番だよ、モニカ」

「……どうだか」

 一番と言われて、心ならずも安堵してしまった。

 強制されたことではあれ、水着で彼の気を引こうとしたのは事実。色の手段としてはありきたりだが、駆け引きに疎いモニカでは、ほかに浮かばなかった。

 これで気を引けなかったとしても、失うものはない。なのに、ジェラールの視線がアンナやブリジットに向かうのはもどかしかった。

 アンナは早くも踵を返す。

「そうでした! お茶を持ってきませんと。少々お待ちくださいませ」

「クリムトも連れてこればよかったわね」

「待て、私も手伝おう」

 モニカの護衛を自負するブリジットも、ジェラールの熱視線に耐えかねてか、アンナとともに別邸へと戻っていった。予期せずモニカは彼とふたりきりになる。

「おいで、モニカ。……あんまり『命令』はさせないで欲しいな」

「……はい」

 彼の要望に『はい』と応じるだけで、鼓動が跳ねあがった。不安にしては胸が躍るような感覚で、もはや自分にもわからない。

 ジェラールは日焼け止めのクリームを手に取った。

「綺麗な肌が焼けると大変だからね。おれが塗ってあげるよ」

「あ、あなたが?」

「うん? そこは喜ぶところじゃないか」

 平然と流され、モニカは困惑する。

 夏場はドレスで肩を見せる機会も多いため、日焼け対策は欠かせなかった。水遊びの際は大抵、メイドのアンナに背中にも塗ってもらっている。

 しかしジェラールの目的が獣欲の類であることは、疑うまでもなかった。

「ふたりが戻ってこないうちに、ね。我慢できないんだよ、おれは」

 本人も下手にはぐらかさず、ストレートに欲求をぶつけてくる。

 とはいえ、それにしては一途な情熱がこもっていた。またしても嫌悪感が働かず、妥協してしまいそうになる。

「でも、アンナならすぐに……」

「大丈夫さ。こっちもすぐに済ませればいい」

 後ろ髪を引かれながらも、モニカはおずおずとジェラールの傍についた。恋人のように肩を抱き寄せられたら、自分からも少し彼にもたれかかる。

「甘え方がわかってきたじゃないか」

「そういうわけじゃ……」

 モニカの恭しさに調教の手応えを感じたのか、ジェラールは涼しげに笑った。モニカの目の前で日焼け止めの瓶を開け、まずは両手に満遍なく塗りたくる。

「や、やっぱり自分でやるわ」

「何を言ってるんだい。さあ、じっとしてるんだぞ」

 彼のてのひらが後ろから腰へとまとわりついてきた。クリームの冷たさが不意打ちとなって、モニカの背筋をぞくぞくと震わせる。

「あっ、んぁあ?」

 あの夜のことを思い出し、無性に恥ずかしくもなってきた。

胸やお尻ではないのだからという妥協のせいか、抵抗に力が入らない。おいそれとジェラールに歯向かうわけにもいかず、これで満足してくれないか、と切に願う。

「いい子だ。ほら、次は腕をあげて」

「アンナが戻ってきちゃうから、んはぁ、早くして……?」

 ジェラールのてのひらは脇腹を這いまわり、クリームを薄く広げた。お尻にはまだ触れず、張りのある太腿へと手を伸ばす。

「ずっとこうやっていたいね。きみはこんなに綺麗で、柔らかい」

「い、言わないでったら……」

 その手つきはあくまで優しく、甘い囁きにも女の本能をくすぐられた。

 もしかしたら、辱める目的ではないのかもしれない。そう思えるほど、ジェラールは真剣な表情でモニカの肢体を見下ろし、息を飲む。

 このひとはあたしが好きなの……?

 モニカの胸の中でも熱くて心地よいものが芽生えつつあった。彼の悪趣味な命令には困らされてばかりいるのに、あの優しい笑顔を期待してしまう。

『たまらないな』

 モニカを服従させた時にこそ綻ぶ、ジェラールの無邪気な微笑み。あの瞳で見詰められると、モニカの心も満たされる。

 やがて彼の手はおへそに中指を添え、ぴたりと止まった。

「さて……どうしようか。モニカ、上と下、どっちからして欲しい?」

 上と下。その意味するところにモニカは顔を赤らめ、唇をわななかせる。

「ちょ、ちょっと! お部屋じゃないのよ? ここは」

「でも、ちゃんと水着の中まで塗らないと。日焼けの跡がついたら、困るだろ?」

 まさか選べるはずもなかった。しかし時間を掛けていては、アンナとブリジットがこの場に戻ってきてしまう。

「さあ。どっちだ」

 下よりはまだ……そ、そうよね。

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