第2話 始発、冬のライブハウスにて。

 高校生というものは、あまりにも残酷で、あまりに楽しい。クラスという閉じた社会の中で、明記されることのない絶対的なルールが生まれいって、そこに反すればすぐさま村八分のような、仲間外れとなってしまう。僕は幸いにもうまく立ち回れている。その生活が楽しくてたまらないかと聞かれれば、素直には肯けないが、それでもクラスメイトのみんなと馬鹿なことをする時間というのは貴重で、尊いものだといまなら思える。ただ、みんながみんな学校生活を楽しめる、仲間外れの仲間の方なわけがなかった。ただクラスにいるだけ。スクールカーストに飲み込まれて、僕たちの優越感の土台となるだけの人間。彼らの気持ち、感情、言動など、僕たちの送るべく煌びやかな青春にはなんの影響も及ぼさなかった。そんななかで、例外となる人間もいた。早瀬薫。彼女は、顔は確かに綺麗で整っているし、肌もきめ細やかで白い。ほんのり薄化粧で、髪の毛は艶々の黒。ただ凛としていて、僕たちのような馬鹿には絡まれたくない、そんな空気感さえ感じる。そういう理由で、話しかけるのは難しかった。他の人たちも同じようなことを感じていたのか、彼女は常に一匹狼のようだった。クラスのカーストなどは一切興味がない、そんな雰囲気を感じて、僕たちはいけ好かない奴だと、そんなレッテルを貼り付けていた。

 誰だって、そのカースト上位から転落する恐れを抱いている。僕にだって、転落する理由にふさわしいものを持っていた。地下アイドルを好むこと。大人になったいまなら、そんなことで凋落するような人間関係などつまらないものであると認識できるが、当時はそうはいかない。気持ち悪い、そんなことを思われてしまっては終わりだった。土曜日になると、繁華街まで出ていって、いわばオタクと呼ばれるひとまわり上の大人たちとアイドルに会いに行く。絶対にクラスメイトには見られたくなかった。だから僕はライブハウスに到着するまで、絶対にアイドルのグッズを身につけることなんてしなかった。電車の中で友達を見かけて、見つからないように身を潜めながら逃げるように改札を抜けたときもあった。それくらい徹底して、僕は地下アイドルファンであることを隠していた。

 寒さが本格的になってきたその日、新しいアイドルがステージデビューをすると聞いて、僕はそれを見に行くことにした。彼女たちが夢を追い、ステージ上で笑顔を振りまく姿は、まるで星のように輝いている。僕は、新星の如き輝きを常に追いかけたかった。だから、その新しいアイドルには大きな期待を寄せていた。メンバーは可愛いだろうか。一体どういう歌を歌うのか。どれほど輝いてくれるだろうか。

 ステージに上がった六人のメンバーを見て、僕は目を疑った。冬のライブハウス、客はまばらで気温は高くない。なのに、汗が止まらなかった。そこに立っていたのは、早瀬薫と瓜二つの少女だった。本名はわからないから、彼女が早瀬薫であるという確証は全くない。イチゴミルクと名乗った彼女は、ステージの上で一段と輝きを放っていた。それは、クラスで一匹狼のように孤立している早瀬薫とは正反対のものだった。

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