第24話

この後の事を、二人で話し合う。


 僕としては、ゲームセンターという未知なるものが体験できただけでもう十分なのだが、彼はどうやら物足りないらしい。


 ぶつぶつと呟きながら、次の目的地を模索している。

 

 僕は田所君に飲み物を買ってくることを告げて、椅子から立ち上がり、少し離れた自販機へと向かった。


 道中、僕がプレイしていたUFOキャッチャーの周りで小さな熊のぬいぐるみを抱えている少女を見かけた。少女の無邪気な笑顔が、彼女を想起させる。


 彼女もあんなふうに喜んでくれたのだろうか、などと考えてしまった。

 

 自販機についた。


 なけなしのお金を投入し、お茶を買う。お茶を手に取り、戻ろうとした時、女性の声が届いた。


「――ちょっ、放してってば!」

 

 声の方角に視線を移すと、そこには一人の少女を取り囲む四人の男の姿があった。ブラウスにチェック柄のスカートといった、他校の制服を着た少女に見覚えはないが、四人の男たちには見覚えがあった。


 田所君を殴った不良、藤原の取り巻きたちだ。

 

 僕は、お茶をすすりながらその光景を眺める。


 必至に抵抗している少女を見る限り、強引なナンパといったところか。


 いつもならば無視してこの場を後にするところだったが、人助けをしないとまた蓮に叩かれる恐れがあるので、僕はあの少女を助けなくてはならない。

 

 まったく、面倒な話である。


 僕は深くため息をつき、飲み終えたお茶の缶をごみ箱に入れる。そしてゆっくりと、彼らに近づいていった。


「あ、お前……」


 金髪の男が、僕の存在に気付いた。確か、名前はマコだったか。

 

 マコは、仲間たちをかきわけて僕に詰め寄る。


「なんか用か?」


「放してやりなよ」

 

 マコの視線が、少女に移る。そして、すぐまた視線を戻し、微笑を零した。


「お前には、関係ないだろ」


「関係ないことも、ない」


 助けてあげなければ、また蓮に叩かれてしまう恐れがある。叩かれること自体に恐怖を感じているわけではないけれど、望みを言ってもらうためには、蓮のご機嫌取りは非常に大事なことなのだ。


  僕は静かに少女の腕を掴んでいる男に近づき、掴んでいるその手を引き剥がす。痛みを感じたのか、男は小さく悲鳴を上げた。


 男の手を放し、続いて少女の腕を、今度は僕が掴む。


「おい、お前どういうつもりだよ!」

 マコが、叫んだ。


「放してやれって言ったのに、放さないから」


 マコは何を感じたのか、怒りを露にして壁を殴りつけた。鈍い音が一瞬響いたが、店内のゲームの音に掻き消された。


「そうじゃない! 俺が言いたいのは、そういうことじゃない。こんなのお前じゃ――」


「あいや、待たれい!」


 声をあげ颯爽と現れたのは、二次元内で世界一の強さを誇る田所君であった。


「か弱き少女を取り囲む、この輩どもめ。この田所が許してはおかぬぞ!」

 

 右手の中指を眼鏡の中心部に添え、くいっと眼鏡をあげる。


 レンズに光が反射し、一瞬田所君の目が光を放ったかのように見えたが、それは気のせいだった。


「調子に乗るなよ、ござる眼鏡」


 マコが詰め寄り、田所君の胸倉を掴んだ。


 険しい顔つきのマコに反して、田所君は妙に余裕のある表情を見せている。


 何か秘策でもあるのだろうかと思ったがそうではなく、ただいたたまれない気持ちにさせられた。


「小生の終幕波衝撃で、人生の終幕を迎えるでござるか?」

 

 眼鏡のレンズが光を放った。


 僕は今、俗に言う中二病という症状を目の当たりにしているのだろう。こんなにもいたたまれない気持ちにさせられるなんて、ある意味必殺技ではある。


 当然、マコは動じるわけもなく右腕を振りかぶる。田所君を殴打する為の、予備動作だ。


 被弾するであろう当の本人は、未だに不適な笑みを浮かべている。


 眼鏡のレンズは、真っ白になるほどに曇っていた。


「やめとけ」


 低くドスの利いた声が、場を覆った。

 田所君登場の際の雰囲気がコメディだとしたら、一気にシリアスへと変わったようだった。


「ふ、藤原君……」


 声の主は不良軍団のリーダー、藤原だった。

 

 マコの振りかぶっていた腕が下ろされ、それと同時に田所君の胸倉を掴んでいた手も放された。


「だせーことしてんじゃねえよ。帰るぞ」


 藤原はそう言うと、背を向けて腕を振り、合図をする。


 それに従って、不良たちは藤原の後について行く。マコは何故だか、田所君ではなく僕を睨みつけた後に、藤原のもとへと走っていった。


 藤原はほんの少しこちらに振り向き、「悪かった」と少女に向けて謝罪した。


 次いで、視線を僕に移して「お前にも……この間は、すまん」と言った。

 

 その声と眼差しは、学校で出会った彼のものとはまるで違っていた。


 この短期間の間に何があったのかは知る由もないけれど、以前の彼とは、確かに何かが違っている。

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