第21話 わし、今日は特に何もしない。だがもう1人は――― 前編

「おい〔あ〕、こいつはおそらくかなり手強いぜ?余裕ぶってるがいけるか?」


無精髭を生やした坊主の巨漢が〔あ〕と呼ばれる人物に緊張も無く訪ねる。目の前にある現状を見てさえもだ。


「ああ、大丈夫だ。問題ない。余裕のヨシ子さんだぜ。こんなやつはさっさと倒して先に進むんだ」


〔あ〕は目の前のに鋭い目を向けながらバスターソードを構えた。


ひとまずここまでの〔あ〕にあった出来事について話すことにしよう。


――――――――――――――――――――

<Aと戦った次の日>


「ああ、今日も魔王討伐に向けて先へ進んで行くかぁっ!頑張るぜ俺!」


宿の窓を開け、換気をしつつ空気を吸う。ただ寝ていただけだが身体の疲れが一気に落ちていた。改めて睡眠は大切だと感じた〔あ〕であった。


〔あ〕はAと戦った後は特に何もせず、宿のベッドの中でただ寝ていた。〔あ〕にとってAはかなりの強敵であり、お互い1歩も譲ることなく勝負を終えた。あの場ではまだ余裕そうに去っていったが、宿へ着くと一気に疲れが出てしまったのですぐ寝ることにした。


「よっしゃ、足の裏でも洗って待っていろや魔王!Aよりも早く辿り着いてやるぜ!」


〔あ〕は早足で階段を降り、宿の扉を勢いよく開けた。外に出ると、朝一なのもあってか人が数える程しか出歩いておらず、基本的に見えるのはゲームのキャラクターである店員ぐらいであった。


(プレイヤーもあまり居ないな……まぁ、俺が魔王を倒すためにも、他のプレイヤーが先を越すのは困る。できればみんなリアルの仕事を優先してくれよ~)


リアルでは今日は平日。こんな時間からこのゲームをプレイしているやつなどニートか不登校の学生くらいだろう。


(あ、上の語り手はニートだとかなんとか言っているが、俺はニートじゃないからな。一応このゲームの関係者だぞ……)


と心で呟く〔あ〕。悪いがあまりメタ発言はしないで欲しい。語り手からの要望だ。……とそんなことはどうでもいいだろう。物語に戻ろう。


あまり人がいないことを確認した〔あ〕は森の入口へ向かう。今から〔あ〕は第9の街へ向かう。第8の街も寄っておきたいところだが時間があまりない。スキルも全て回収する暇はないだろう。だが〔あ〕の戦闘技能があれば中級のスキルでさえも上級と同じに値する。それくらいに〔あ〕は強いのである。


「よし、行くぜ!」


「おい、ちょっと待て」


〔あ〕が森へ入ろうとした瞬間、何者かから声をかけられた。


「え、なんなんだよ……おぉぉぉぉっ」


振り返ると、そこには坊主の無精髭を生やした巨漢がいた。〔あ〕は自分より大柄なその男に、一瞬だが驚いていた。それと、その後ろに2人程。金髪で端正な顔立ちをした優しそうな青年と大学生くらいに見える赤髪の真面目そうな顔をした女の人だ。


「お前、その顔は………村人Aか?」


〔あ〕に問う巨漢。


「んなわけ無いだろ!ほら!この顔を見てくれよ!」


針に糸を通すくらい真剣に自分は違うと主張する〔あ〕。それに対し、巨漢は近くにあった掲示板に指を指す。


「いや、どう見てもAだろうが」


巨漢が指を指した掲示板にはAの指名手配書がバチコリと貼ってあった。


「ファーʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬ」


(さすがにやべぇ。Aの野郎……遠距離からでも嫌がらせをしてくるか……)


〔あ〕をAだと見なし、背中に背負っていた大剣を抜き、〔あ〕に向ける。巨漢の大剣は〔あ〕のバスターソード程ではないがかなりの大きさがある。


(いやぁ、確実に戦闘になるぜこれは……。別に負けはしなくてもこんなとこで時間かけてられねぇしなぁ。……仕方ない。確実に俺がAではないという証拠を出してやるか。できれば他人には見せたくなかったがな……)


「オープン」


〔あ〕は自身のステータス画面を開く。


「何してんだよ。さっさと武器を構えな」


「いや、これ見てくれれば俺がAじゃないってことが分かるからさ。頼むよ」


巨漢に手招きをし、ステータス画面のプレイヤー名を見せる。すると、巨漢の鋭い目が少し柔らかくなったような気がした。


「確かに村人Aではないがこれは……」


ステータス画面を見ながら太い眉を寄せ、指で髭をなぞる巨漢。これが彼の考える際の癖らしい。


「いやまぁ、別にいいでしょ。さぁ、これで俺がAではないってことも分かったし俺は行かせてもらうぜ?」


〔あ〕が森へ足を今度こそ踏み入れようとした瞬間、再び巨漢から声をかけられた。


「んだよ、まだ用事があんのか?」


「えーっとだな……疑ってすまない」


「別にいいさ。俺がこんな顔なのが悪いのだってあるしな」


「それと……えー……あっと、お前のことをなんて呼べばいいんだ?」


「俺のことは〔あ〕と呼んでくれ」


巨漢は頷いた。これは了解をしたということだろう。


「〔あ〕。お前のステータス画面を一通り覗かせてもらったが、俺達の3人の誰よりもレベルが高かった。俺達は魔王討伐を本気で考えている。そこでだ。強プレイヤーの〔あ〕に俺達の仲間になってもらいたい」


ほう……と漏らす〔あ〕。


「別に変な目論見はないんだろうな。だが俺にメリットが無い。そもそもだが俺も魔王を討伐したいと考えている。誰にも譲ることなくな。何かその俺の気持ちを揺るがすくらいの対価はあるか?」


「それは……―――――――!?」


急に巨漢がカッと目を見開き、叫んだ。


「アリサーーーッ」


「大丈夫、もう発動済み」


アリサと呼ばれた女の人は手に魔法使いの杖を握っており、スキルを発動させていた。


「うおっ!?」


突然〔あ〕の背中に大きな衝撃が与えられた。それにより、地面に倒れる〔あ〕。〔あ〕が倒れたと同時に辺りに風が散った。スキル[風神の加護]が〔あ〕への衝撃を防いでくれたのだ。すぐに起き上がった〔あ〕が見たのは骨だった。骨は歯をカタカタと鳴らし、手に持つ刀を素振りをするように振っていた。


「危なかったな〔あ〕。うちのアリサがスキルを使っていなかったら死んでいたかもな」


「ま、まぁっ俺は気づいていたけどっ!HAHAHA!」


無駄に強がる〔あ〕。だが心の底ではかなり安堵していた。[風神の加護]が一撃で破壊されたのだ。もし背中に直撃していたらただでは済まなかっただろう。見た目に反してそれだけあの骨のモンスターは強力らしい。


「拙者の名はヘルスケルトン。魔王直属の六天王の1人だ。設定では昔、戦で散った侍のむくろが1つに集まって今の拙者が誕生したことになっているぜよ。つまり拙者は1人の力だけではなく死んだ侍全員の力よ!さぁ、Aよ。今に拙者が討ち果たしてくれるわ!」


ヘルスケルトンが刀を〔あ〕に向ける。


(またAだと勘違いされてるなぁ。まぁいい。六天王ならここで倒させてもらおうか)


〔あ〕は腰の短剣を[リテイク]でバスターソードに変える。バスターソードを構え、戦闘態勢に入った〔あ〕に巨漢が話しかけた。


「俺も戦うぜ?あの六天王ならここで倒しておくべきだろう。なぁ、2人共!」


「ええ」


「ああ」


アリサとさっきから無口の青年が応答する。


「ふーん、別にいいさ」


「おい〔あ〕、こいつはおそらくかなり手強いぜ?余裕ぶってるがいけるか?」


「ああ、大丈夫だ。問題ない」


バスターソードを握る手に力を込める。この瞬間から〔あ〕の新たな戦いが始まったのだった―――――――――――――――――。



































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