青天の霹靂②
彼女の視線の先。
こんな夜更けだというのにスーツを着こなす天海島校舎の管理人。
丸メガネが不気味に光り、石になったかのように固まる一同。
「……おやおや。とうとう私の名を出しましたか」
尾形正夫は冷ややかに言った。温厚そうな、世話好きな印象が見事に逆転した。いつしか両顧問も異様なオーラを察してか、尾形さんから距離を取っている。職員室の出入り口前に独り立つ尾形さん。ここは二階、飛び降りたとしても無事じゃ済まない。退路は断たれ完全に袋小路だ。
「……ほんとうに」と俺。震えを懸命にこらえる。「あなたが?」
「はい。いやだなあ伊野神先生、先程までの自信はどこにいったのですか?」
「……うぐっ」
痛いところを突かれ、返答の言葉もない。しかも先生だと。意味不明だ。
「その通り。私が彼女に指示しました」と尾形さん。「そうなるとわかっていたから」
「わかっていた? そんなことあるわけない!」
「いえいえ、私にだけはわかるんですよ」
「あなた、さっきから何を言っているのですか?」
わかっていた? 堂場顧問が国枝さんに言い寄ると? だから彼女に指示をした? 『顧問が二十二時に言い寄ってくるからそれを利用しなさい。前もって二十二時三十分に平田くんを呼び出しておくのです』って言ったのか。あんたは超能力者か。
「ふふふ……そう硬くならないで伊野神先生。もっと柔軟な思考をもっていないと社会に出てから苦労しますよ」
「ぐっ……その先生っていうのやめてもらえます?」
「これは手厳しいなあ」
場は完全に尾形さんのペース。見えない触手が絡みついてまともに呼吸すらできないような状況。酸素濃度がみるみる下がり、あらぬ白い点が視界に……。
「……プールの死体の件、これもあなたが?」
「はい当然。誰が死体を捨てに来るかもお見通しでしたよ」
「どうして、先輩の死体を隠したんですか……?」
「それは深夜三時に捨てに来た二人が、先客がいるとテンパって別の場所に死体を捨てると思ったからですよ。二つの死体が同じ場所で見つかるのがシナリオだから、先手を打ったまでです。ていうか先生、そういう指示だったじゃないですか? あ、まだ彼は知らないのか……これは失礼、こちらの話です」
「………………ぷっ」
ヤバい、思わず笑ってしまった。周囲から軽蔑と心配が混じった視線が向けられるがそんなもの気にしているほどの余裕はない。これがシナリオだと?
「おい朝倉」
「……え、なに」
「お前また嘘をついたのか?」
「そんなことないよ! 嘘なんか」
「じゃあ堂場顧問! 深夜零時に死体を一旦更衣室に隠しに来て、深夜三時過ぎにプールに遺棄したんですね?」
「いや、そんなことはしていない。俺は深夜零時に遺棄したよ。それから朝までプールには行っていない」
「じゃあじゃあじゃあ! 当該時間帯に死体が遺棄されるのを知っていたのは誰だ?」
誰も嘘なんかついていない。この期に及んで嘘など。
ガラガラと崩れていく推理の城。俺が今までやってきたことは何だったのか。
シナリオだから。それがこの事件の真実だと?
読者がいたら袋叩きに合いかねない結末だ。読者なんているわけないだろう。
「さて……」
そして現れた高次元存在。
時空を歪めて俺たちの世界に干渉してきた闖入者にして絶対神。
弱り切った俺の心に響くそれは宣告であり、福音であった。
「では改めまして。このシナリオの創造神、杵憩舞先生に御登場願いましょう! 拍手!」
ぱちぱちぱち。乾いた拍手はファンファーレ。
ピンポーンパーン。
放送が始まる。当然だけど、ここ、職員室にはこの島にいる全生存者が集まっている。
『天海島にお越しの皆さま、初めまして。杵憩舞です』
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