断罪の指先は

「続いて、平田先輩殺害事件に移ります」


 メモ帳を持つ指に汗が滲む。エアコンが運ぶ人工的な風ではしつこい汗を止めることはできそうにない。何より心がこの探偵劇を止めたがっている。口から出るのは今日までに見つけた手がかり。それを組み立て、犯人を指摘する。実に論理的だ。だけど仲間を疑い、親友を犯人と告発する行為をなんの躊躇もなくやってのけた自分に、ここまで嫌悪感を抱くとは思わなかった。探偵なんて二度とゴメンだ。


「先輩が最後に目撃されたのは十日の二十一時四十五分頃です。場所は一‐六。先輩と岡本の寝室です。この時間、俺と国枝さんを含めた四人がいました」


 では何のためにこれを続けるのだろう。


 やめたっていいじゃないか。


 氷水のように冷たい感情の裏でそれは微かに胎動する。今はまだ小さくて、か弱い。


 この悲劇は暴露されなければならない。たとえどんな結末になろうとも。


 やるしかない。みんなのために。亡くなった友人たちのために。これが最後だと信じて突き進むしかないのだ。


「まず、最初に教室を後にしたのは国枝さんだったよね」


「うん。そうだよ」と国枝さん。「確か、二十一時四十分くらいだったと思う」


「国枝は」と堂場顧問。「そんな時間に何故平田の部屋を?」


「…………」


 その言葉を受け彼女の視線がまっすぐ顧問に向けられた。


 森川さんの死体が発見されたとき顧問の頬をはたいた国枝さん。


 軽蔑さを内包した視線。


「ダンスのことで相談しに。昨日の朝、話した通りです」


「ああ、そういえば言っていたな……」と顧問。「伊野神、続きを」


「はい。その後四十五分頃、教室を出ていく先輩を俺と岡本が目撃しています。その後の足取りは不明です。従ってこの時間以降何者かに殺害されたことになります」


「確か……」と深川。第二の探偵襲名候補。「保健室行くって言ってたんだよな」


 さすが探偵候補。


 これも昨日の朝の通り。


「そう、東村が休んでいると思い込んでいた先輩が保健室に茶々を入れに行った可能性は極めて高い」


「でも東村センパイはもう保健室にはいなかったんですよね? その後平田センパイは教室に戻ったんですか?」


「いや、それはないと思う。なあ岡本?」


「はい。先輩は戻ってきませんでした。敷いてあった布団は朝起きても綺麗なままでした。僕はその日の夜、あまり深く眠らずにいたのですが、深夜誰かが教室の中に入ってくることもありませんでした」


「それマジかよ? 本当はお前が部屋で殺したんじゃないのか?」


 何故かは知らないが余裕そうな表情を浮かべる新城。敵意に敵意で応える岡本。


「違いますっ! 僕は人を殺そうなんて思ったことはありません!」


 岡本はとにかく芯が強い後輩だ。恐らく先輩は戻ってきていない。何を隠そう、とある場所に行っていたのだから。


「わかったわかった。それでは手がかりを挙げます。


 事実⑫ 昨夜のシャワー後、先輩が着ていたシャツは『I HAVE A CREAM』。


 先輩はシャワー後、このクリームシャツを着用していました。これは彼と同じタイミングでシャワーを出た深川と岡本の証言です。しかし今朝、死体で発見された先輩は『I HAVE A DREAM』、ドリームシャツを着用していました。これは十日着ていたシャツです。


 シャワー後新しいシャツを着た先輩が、わざわざ前日の汗で汚れたシャツを着るでしょうか? つまり先輩のシャツはのです。では何故犯人はシャツを入れ替えたのでしょうか? それはクリームシャツにを残してしまったからだと考えます」


「伊野神」


 堂場顧問がぼそりと言って続ける。


「ということは、そもそも入れ替えたということは二種類のシャツの存在を知っている者しか不可能じゃないか? 。入れ替えてクリームシャツを処分してしまえば誰にも気づかれずシャツに残した証拠を処分できるんじゃないか? つまりこの場合――」


 突然顧問はまっすぐ日焼けしたごつい指を、深川と岡本に向けた。生徒に対する不信感が爆発したかのような推理だ。


「クリームシャツの存在を知っていたこの二名が犯人候補ではないか?」


 その二名はあなたの教え子じゃないのですか。


 その言葉は深い沼の底に沈んでいくように、喉から遠ざかって消えた。

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