第二小節 「運命の寮決め」

 この学園には、全てに於いて”完璧”とされる「ジングシュピール寮」、”才”に富んだ「シンフォニア寮」、”学”に富んだ「カノン寮」、好戦的な「リート寮」、平和的な「ポロネーズ寮」、タレント性を持つ「シンフォニック=ポエム寮」、圧倒的なカリスマ性を持つ「ムジークドラマ寮」の、合わせて7つの寮がある。そして、それらは円陣を組むようにして学園の外壁を担い、その中心には学園の校舎、そして、そのもっと中心には、職員寮「トッカータとフーガの棟」が鎮座している。

「今までの通りだと、またシンフォニアかなぁ。」

各寮からトッカータとフーガの塔に伸びる石畳の大通りを、符楽森と青中は歩いている。周りは同じ場所を目的地とする多くの生徒達で一杯だった。

「まあ、俺らに合ってるのは普通に考えてシンフォニアだよなー。でも、もうプラス3年間同じ寮って…流石につまらないよな。」

青中は間抜けな欠伸あくびに乗せてそう言った。

「へぇー、そんな言うなら勉強頑張ってジングシュピール目指せば良かったのにー。ね、花琳!」

「ダメだよ琴音。コイツらに勉強なんか無理。多分小学校の問題すらまともに解けないよ。」

突如として2つの声が後ろから聞こえてくる。それは明らかに、符楽森と青中がよく聞き慣れた声だった。

「おいおいその言い方は無いだろーよ。流石にへこむぜ…」

「小学生の問題くらいちゃんと解けるからね!」

青中、続いて符楽森は、台詞に似合わず笑顔でこう返した。というのも、先程の声の主は、2人が中学でずっと一緒に行動していた音原と、その親友―指宿花琳いぶすきかりん―だったのだ。

「もー笑ってる場合じゃないでしょっ!」

音原はそう言って符楽森の頭を軽く叩いた。音原の可愛らしいツインテールがぴょこんと揺れた。

「朝からアツアツだねー!」

青中は無邪気な顔で符楽森と音原をはやし立てる。それを横目に指宿はクスリと笑った。

 彼らが和気藹々わきあいあいと歩みを進めること十数分。彼らの目の前には大きな人集ひとだかりが迫っていた。いよいよ寮決めの結果を見ることになるのだ。

 寮決めの結果が貼られている看板に徐々に近づく中、符楽森は手に汗を握り、目には不安の二文字がでかでかと掲げられていた。「どうか琴音と一緒の寮になれますように…!」と心の中で唱え続ける彼の姿を滑稽こっけいと捉えたのか、はたまた心配をしたのか、青中は符楽森の肩に手を回し、目を合わせニヤリと微笑んだ。

「大丈夫だ坼音。運命ってのは案外なんとかなるもんだ。」

「あ、ありがとう…。」

気付けば符楽森の顔から緊張の色は薄れ、代わりに目の前にある寮決めの結果に真摯に向き合おうとする決意が見られた。

 いよいよ符楽森達の目の前に寮決めの結果が現れた。血眼で自身の名前を探す彼等。1番左からジングシュピール寮、シンフォニア寮、カノン寮…と順番にそれぞれの寮の寮生の名が五十音順に記された表が掲げられている。4人は律儀に左から順に結果を見ていった。


「あっ、あった。」


先に声が上がったのは指宿であった。所属寮はジングシュピール寮。さも当然だと言わんばかりの彼女の表情には、少しばかりの安堵あんどの色が見られた。

 彼女の結果にリアクションする余裕も無く、残された3人は血眼で自身の名前を探す。そして、次に声が上がったのは音原であった。

 符楽森はいよいよ焦りだした。この時点で声の上がらない青中はジングシュピール寮からは外れた。似たような成績の自分ももしかしたらジングシュピール寮から外れたのかもしれない。そうすると、音原とは一緒の寮にはなれない…。先程消えたはずの不安の二文字は先程よりもさらに大きく彼の目に映され、彼はどんどん追い込まれていった。

「僕の名前!あってくれ!お願いだから!」

心の中で彼は悲痛の叫びを唱え続ける。ただ、青中の言ったことは外れ、運命は無慈悲であった。ジングシュピール寮の中に、彼の名前は刻まれていなかった。

 符楽森は勉強をしっかりしなかった後悔と、僕如きがジングシュピール寮に入るなんてそもそも無理だったんだという諦めの念を持ち、残りの寮の中にあるはずの自身の名前を探した。

 順当に行けば、符楽森、青中共にシンフォニア寮に行くことは確実であった。教師陣からも「勉強サボったらお前らはシンフォニア確定だからな。ジングシュピールに行きたければ勉強しろ」とまでのお墨付きを頂く程であったのだから間違いがない。しかし、不思議なことに符楽森の名も青中の名もシンフォニア寮の中には刻まれていなかった。

 2人は目を合わせた。何かがおかしい。勉強ができない自分達にカノン寮は有り得ない。かといってどちらかといえば平和主義な自分達にリート寮は有り得ない。それに青中は知らないが、符楽森にはタレント性なんて皆無だからシンフォニック=ポエム寮も有り得ない。そんでもってカリスマ性なんて皆無な自分達にムジークドラマ寮も有り得ない。じゃあポロネーズ寮か…?と名前も探すも、なんとそこにも名前はなかった。結局全ての寮から名前を探すも、なんと彼らの名前は刻まれていなかった。

「こんなことってあるの…。もしかして、僕達実は登竜門落ちてた…?」

「い、いや、そんなことは流石にないだろ…」

符楽森が涙目になっているのは彼の性格上そんなに珍しいものではなかったが、普段基本どんなことにも動じない青中ですら、額に汗を浮かべていた。

 結局彼らは、他の生徒達が寮決めの結果を確認するのを待った後、残って自身の名前を探し続けた。

 数分経った後、良心で残ってくれた音原と指宿が何かを発見した。それは、1番右に目立たず掲げてある紙だった。その紙の上部には、「生徒一覧」の文字が書かれていた。

「パッション寮…?そんな名前聞いたことないぞ。」

青中は不思議そうにその文字を凝視した。そして直後彼の目が大きく開いた。

「おい…坼音、これ…」

ん?と不思議そうに符楽森はその紙を見た。と同時に彼の目もまた、大きく開いた。


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パッション寮生徒一覧


青中共史

鍵宮白音かぎみやしらね

イヴォナ・ケロル・グランヴァルト

符楽森坼音


計4名


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彼らの所属は、謎多き「パッション寮」となった。

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