第4話 「夕日」

教室に戻ると、自分の机の上に一冊のノートが置いてあった。そのノートには見覚えがなく、名前を見ると塚瀬と書いてある。


後ろを見ると彼は外を眺めていた。その横顔が、海で見た横顔とそっくりで一瞬固まってしまった。


「塚瀬君、これ塚瀬君の?」


すると彼は


「あ、うん。ありがとう」


と小さな声でいい、彼は少し頭を下げた。


塚瀬君の声はとても綺麗だった。低くも高くもない、透き通るような声だ。あの日浜辺にいたのは塚瀬君だったのか、聞きたかったがそんな勇気は私には無く、席へ戻った。


授業が終わり、荷物を纏める。


「美海帰る?」

「うん」

「そっか…」

「彩は部活体験?」

「そうそう」

「じゃあ今日は一人で帰るね」

「うん!またね!気をつけて!」

「またね」


私はまた本を読みながら家まで帰った。


家に着き、荷物を置いてからそらの散歩に出掛ける。散歩に行く時間はいつも日の入りの時間だった。ただ夕日が綺麗だから、理由なんてそれだけだ。


歩きながらあの日の男の子を思い出す。あの日よりも時間が早いせいか、あれから一度もあの男の子を見ていないのだ。今日はあの男の子はいるだろうか。


あの日彼がいた場所に人影が見えた。あの日は暗くて見えなかったが、今日ははっきりと彼の姿が見えた。その男の子は私が通っている高校の制服を見に纏い、横顔はあの日見た男の子とそっくりだった。


「塚瀬君…?」


思わず声が出てしまった。慌てて口を噤む。大丈夫、彼は気が付いていないはずだ。とても小さな声だったのだから。


そう思った瞬間、彼は振り向いた。そして綺麗な顔が私を見た。そのまま彼は私がいる道に向かって歩き、途中で立ち止まった。


「誰?」


そう聞いてきた。ギリギリ声が聞こえる距離だ。


「高瀬 美海…」

「あ、前の席の子か。この辺に住んでるんだ」

「うん」

「散歩?」

「あ、うん犬の」

「犬いるんだ!見に行っていい?」


彼は子犬のように目を輝かせていた。


「え、あ、うん」

「やった!」


学校の彼とは正反対で私は驚いていた。彼はいつも喋らず、一匹狼のようなイメージだったのだ。そんな彼は今犬を撫で回している。


「犬好きなの?」

「うん、好き」

「そうなんだ…」


会話が途切れてしまった。


「ねえ君さ、いつだったか忘れたけど夜にここに来た?」


そう彼は聞いて来た。


「うん…」

「そっか君だったんだ」

「なんで?」

「だって何故かそこで立ち止まって、僕の事を見ていたでしょう?」

「え、わかってたの!?」

「ううん、ここ人が通る事があんまりないから人の足音が聞こえてびっくりしたのを覚えてたから、君かなって思って…」

「そうだったんだ」

「しかも、君が僕の名前を呼んだからもっとびっくりしたよ」


笑いながらそう言った。


「耳良いんだね」

「うん、そうかも」


彼は少し困った顔をした。


「そろそろお腹が減ったみたいだよ?」

「え?」

「この子」

「あ、そうだね」

「うん、帰りなよ」

「うん」

「じゃあね、わんこ」


そう言って彼はそらから離れた。


「塚瀬君」

「ん?」

「じゃあね」

「うん、じゃあね」




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