1-6 商人


 二頭立ての馬車で『角持つ黒馬亭』を出て王都ホーフドスタッドを行くこと、小一時間。目的地である、商人ボニージャの屋敷が見えてくる。ちなみに一日が二十四時間というのは異世界でも同じらしい、と勇者の家には伝わっているそうだ。

 俺が御者を務める馬車はその勇者家の伝来品で、揺れにくく非常に頑丈な上、認識阻害の魔道具が組み込まれているので外敵に見つかりにくい。街中でもこの効果は発揮されるため、一般人は馬車が来ることに気づいても、誰が乗っているのかまでは気にならないのだ。


 お陰で今やクラハトゥ王国で一番の有名人であるアレクシアたちが、窓から顔を覗かせていても、誰も気にも留めない。

 彼女らは冒険時の装備、つまりあのやたら露出度の高い服装に着替えていた。マルグリットの法衣は近寄ってまじまじと見ないとエロさがわからないが、他の二人は相変わらず目に毒な格好だ。


 とはいえアレクシアは左の手足をミスリル編みの布鎧で覆い、剣帯の腰部分にヒップスカーフ状のレース布を巻いているので、一見した肌面積は減少している。まあ肩や胸元、太腿はばっちり見えているんだが。

 キャロラインもケープを羽織って長手袋とロングブーツで四肢を覆っているが、こちらはかえって、露出した部分の色香が増しているように思えた。


 初代勇者が原因で、実力ある女性冒険者ほど肌の露出が増える……というおかしな常識がまかり通ってしまっているが、実際なぜか魔力が増して、各種の状態異常に耐性がつくんだよな。世界の仕組みそのものが、アレクシアのひいひい爺さんのせいで歪んだとしか思えなかった。


 そのくせ男は脱いでも恩恵が得られないため、前衛職はがちがちに武装するか、回避の技術を必死に磨くしかない。不公平な話だ。

 世間も冒険者自身も『そういうものだ』と受け止めているけれど、俺としては彼女たちと深い仲になった今、俺以外に肌を晒してほしくないなあ……とも思った。


 益体もないことを考えながらも馬車を回し、ボニージャの屋敷の操車場へつける。すぐに馬丁が駆け寄ってきたので手綱を任せ、俺たちは出迎えてくれた顔見知りの侍女に案内され、屋敷に入った。

 広い室内に品の良い調度がしつらえられた応接室で、この屋敷の主が短い手足を精一杯に広げて出迎えてくれる。


「やあやあ、凛々しくも可憐なる勇者様ご一行、ようこそおいでくださいました。大願はたしてにっくき魔王軍四天王めの誅伐がかないましたこと、このボニージャ、心よりお慶び申し上げますぞ!」


 芝居がかった口調でべらべらとまくしたてる、俺の半分ほどの背丈しかない侏族ドゥリンの男。子供にしか見えない顔に似合わない口ひげをひねり、少女たちにふかふかのソファを勧めつつ、俺にはと含みのある視線を投げつける。


「それでイアン殿、此度の大いくさ、収支はいかばかりでありましたかな?」


 アレクシアたちが並んでソファに座る一方で俺は立ったまま、彼女らが着替えているうちに用意しておいた資料を、同席した執事に渡す。執事から受け取った書類をじっくり検分したボニージャは、やがて満足げに大きく頷いた。


「結構! 魔王軍の根城から入手できた財物がこれだけあるならば、わたくしの投資も無駄にはなりませんな」


 玩具のように小さなカップから茶を飲みながら、小男は朗らかに笑う。侍女が勇者たちにも給仕するが、さすがにこちらは普通のサイズだ。俺の分? 従者に茶なんか出るわけない。


「国への納税を差し引いても、過去二回分のご融資は充当できます。余剰分につきましては事前の取り決めどおり、四分の一をボニージャ殿にお譲りいたしましょう」

「結構、結構。麗しくも精強なる『アイハラ猛撃隊』にお力添えさせていただき随分たちますが、ありがたいことに累算ではなんとか黒字で収っておりますよ」


 嘘つけこの強突く張り、と突っ込みたいのをこらえる。ここ二回の冒険では金銭的な収穫が乏しくて多少の損を出させただろうが、基本的にボニージャには借りた以上の儲けを提供している。その割合は普通の商家と職人の契約なら、あきらかに向こうが取りすぎなくらいだ。


 とはいえ勇者一行といっても所詮は冒険者、いつくたばるかもわからない。そんな俺たちに、あるとき払いの催促なしで資金や装備の提供をしてくれるんだ、贅沢は言えまい。

 なお、彼が呼んだ馬鹿っぽいパーティ名は、アレクシアが自分の家名にちなんで名づけたものである。なんだ猛撃隊って。


「それはそうと物納についてですが……まず魔石に関しては契約に従い、全てこちらで管理します」

「四天王の魔石となれば、欲しがる方も多いはず。どうです? 一個でもお譲りいただけませんか?」


 魔物の核となる『魔石』は、魔道具の動力源や、魔術儀式の触媒に用いられる。キャロラインの研究に必要だし、うちのパーティは高出力の魔道具を色々持っているからな。さすがにこれは譲れない。

 余談だが魔石単体で魔術に使う魔力を代替したり、あるいは自分の魔力を充填したりはできない。多くの魔術師が研究してきたが上手くいった試しはなく、自然や魔石に宿る魔力『外源マナ』と、人間が使う魔力『内源オド』は別物、という説が支配的だ。


「仕方ありませんな……しかし、仮にも四天王の貯め込んだお宝を得たわりに、他の物納品もいささかありきたりな内容ですな。こちらの『氷河の足鎧サバトン』や『拒馬の拳鍔パリサイド・ナックル』などは、お譲りいただけないので? 高値で買い取らせていただきますよ」

「そのふたつはイアンに装備させるのよ。渡せないわ」


 気を取り直したかのように改めての、揉み手をせんばかりの商人の提案を、にべもなく断るアレクシア。おい、それ初耳だぞ。

 前者は走行速度を上げて蹴りに氷属性を帯びさせる鉄の靴、後者は地面を殴ると〈石破ストーンクラッシュ〉の呪文が発動する拳鍔ナックルダスターだ。どちらも彼女が所持して、今の装備と使い分けるためだと思っていたのだが。


「ほう。しかし支援職の彼にそこまで投資する意味がおありで?」


 ボニージャがしごく真っ当なことを聞く。普通のパーティならまず強化すべきは前衛職、それから後衛職の生存率を高め、支援職は余り物で補うというのが常識だ。

 支援職に強力な装備を回すくらいなら、それを売り払った対価で少しでも他を強化した方が良い。


「あるから、そうしているんだ。口出しは無用だよ」


 けれどキャロラインは素っ気なく断じて、議論は終わりとばかりに明後日の方を向く。


「その、イアンさんは単独行動が多いので、生存力の底上げが必要なんです」


 さすがに多少の取りなしは必要かと思ったが、マルグリットがおずおずとつけ足した。人見知りなのにえらい。


「なるほど、なるほど。さすが果断にして寛大なるアレクシアお嬢様、従者にもお優しゅうございますな」

「イアンは従者じゃなくて、仲間。間違えないで」

「おっと、これは失礼いたしました」


 降参とばかりに両手を挙げて、おどけるボニージャ。高価な装備は惜しいが上客の機嫌を損ねるほどでもない、といったところか。

 その後は俺と彼とで、契約書や納品書の取り交わしを行った。なあなあで済ませるといつの間にか損させられたり、面倒な責務が発生したりすることもあるので、ひとつひとつしっかりと確認していく。


 この商人はそこまでこすっからいことはしてこないが、俺がちゃんとしていると対外的に示しておかないと、ひいては仲間たちが侮られるからな。

 そうやって確認やら署名やらで四半時間ほど過ぎた後、退屈そうにしていたアレクシアが沈黙を破る。


「ここからは別件なんだけどね、ボニージャ。ひとつ、お願いがあるの」

「ほう? なんですかな、お嬢様のお願いとあれば不承ボニージャ、最大限の努力をお約束いたしましょう」


 なんでもするとは決して言わないあたり、姑息というか正直というか。


「家が欲しいの。大きくなくていいから、静かに過ごせる場所に」


 出がけに言ってた『例の話』ってこれか。祝勝会でいろんな貴族に、三人そろってめちゃくちゃ絡まれてたからな、さすがに嫌気も差したんだろう。

 俺のところで止めているけれど、騎士やら役人やら商人やら宗教関係やら、各方面からの引き合いも多い。


 魔王討伐に向けた活動を続ける上で、英気を養う意味でも王都から離れて、静かに過ごす時間はあった方がいいな。たしかに、郊外に家を借りるのは良い案だ。

 というか、俺が配慮しなきゃいけないことだったな。アレクシアたちに気を回させてしまうとは、情けない。


「できれば、人は滅多に来ないけれど、食料が手に入りやすい所が、望ましいです」

「安全かつ風光明媚だとなおいいけど、その上で余人には知られていないと好ましいね」


 聖女と魔女が、なかなか難しい注文を追加する。陸の孤島みたいな場所がお望みか?


「そういうことでしたら、おあつらえ向きの物件がございますよ。少々ワケありですが、それゆえに格安でございます」


 打てば響くという調子で、答えるボニージャ。表向きは親戚の娘たちの相談に乗る優しいおじさん……といった風情だが、外見にそぐわぬ狡猾な光がその目に宿ったのを、たしかに俺は看破した。

 おかしなことにならなきゃ、いいんだが。

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