1-3 好意

 キャロラインがすらりとした足を組み替えながら、説明を続ける。

 いまチラッと見えちゃいけないものが見えたような気がしたが……もしかして下着を履いてないのか? まさか、なあ。


「最初はキミが、ボクに対し大多数の男がそうするような、下劣な欲求を向けてこなかったからかな」


 下劣な欲求て。男の下心はその、なんだ、しょうがないもんなんだよ。


「それでアレクが言いだしたのさ、化けの皮を剥いでやるって」

「おい」


 右隣に目を向けると、さっと黒髪が翻った。それでも組んだ腕は離さないんだから、大したもんだ。

 左隣からは、マルグリットの精一杯の訴えが上がる。


「私は、反対したんですよ? 本当ですからね?」


 そう言いながら、きゅうっと俺の腕にしがみついているが、残念ながら弾力は感じられない。

 もとから華奢な上に成長の遅い精族アールブの、かすかな膨らみの柔らかさが見て取れる程度だ。これでアレクシアより一歳上なのだから、種族の差ってのは残酷である。


「まあそんなわけで、わざとあんたのそばで着替えたり水浴びしたり、肌を見せる服も着たりしたのよ」

「ちょっと待てお前ら、あのときのアレや、あのときのアレも、わざとかよ!」

「どのときのドレについて言っているかわかりませんが、多分わざとです」


 まだ奉仕期間の短い頃だったから、下手を打ってパーティから追放されたら酷い目に遭うだろうと、必死に目を逸らしてなんでもない風を装ってたのに。


「この悪女どもめ」

「恐縮だね」

「褒めてねえよ!」


 なんだか脱力してしまった。あの無駄な緊張は、なんだったんだか。


「俺は、からかわれてたってわけか」

「違う!」


 自嘲した俺の言葉を即座に否定し、アレクシアが腕を抱く力を、強くする。


「そりゃ、最初はあんたが全然反応しないから、ムキになってたかもだけど……その、女として見てもらえてないんだな、って思ったら、悔しくなって」


 どういう意味だ? 俺の乏しい経験じゃ女の考えること、特にこいつらみたいな年若い娘の胸中は測りがたい。

 琥珀色の瞳に妖しい光を宿らせて、キャロラインがくすくす笑った。


「そんなに、難しいかな。特にリットなんか、わかりやすかったと思うけど」

「ちょっと、キャロ!」


 マルグリットが長く伸びた耳まで赤らめ――いや、部屋に踏み込んできたときから、ずっと赤いが――勇者と同様にしがみついてくる強さを増させる。


 まずいな。胸の大小はあれど美少女二人に左右から抱きつかれ、真正面ではスレンダーな美女が長い足を太腿まで見せつけている。

 狭い部屋は風呂上がりの女三人に踏み込まれ、なんとも言えない甘い香りが充満しだしていた。


 魔王軍との激戦で長らくと遠ざかっていたのもあって、むらむらしていたんだ。そこにきて今の刺激はまずい。

 こうなるのが嫌だったから追放されてでも遠ざかりたかったんだが、なんで彼女たちの方から、わざわざ煽りにくるのか。


「だからあ! ニブチンのあんたにもわかるように、言ってあげるわ!」


 腕を離して、アレクシアが立ち上がる。

 腰に手を当てて仁王立ちすると、ふわりと揺れたネグリジェからいい匂いがした、あと近い。


「あたしたちは、あんたに、女の子として、好きになってほしいの!」


 一言ずつ区切るように発する声には、興奮と羞恥と、そして隠しきれない好意が込められていた。


 紅潮した勇者の顔をぽかんと見上げた俺は、呆気に取られたまま、他の二人に視線を向ける。

 マルグリットは俺の腕に額をすりつけるように何度も頷き、キャロラインは余裕めいた微笑を浮かべながらも頬を朱に染めていた。


「つまりまあ、念願かなってボクたちは両思いというわけだ。はっきり言葉にすれば、ボクもキミのことを、男性として恋しく思っているよ」

「わた、私も……あなたのことを、お慕いしています」


 魔女の告白を継いだ聖女は、顔を上げ感極まった表情を見せる。そして、勇者は。


「あたしも、あんたを、愛してる」


 目の端に涙の粒を光らせながら、にっと笑った。


「だから、追放されたいなんて、言うな」


 * * *


 窓辺から聞こえる小鳥の鳴き声で目を覚まし、俺は身を起こした。

 初代勇者が伝えた異世界の言葉で言うところの、朝チュンである。夕べはお楽しみだったのである。


 狭いベッドでしどけない寝姿を晒している三人の少女の姿に、興奮と充実感、そして良心の呵責を覚える。

 やってしまった……ってしまった。しかも、全員と。


 最初から三人一緒でいいのかと危惧したのだが、何回か前の対策会議で合意が取れていたらしい。

 順番も決めていたそうだ。そんな前から、決まっていたとか……女って怖いな。


 怖いと言えば、で治癒魔術を使うマルグリットも、ちょっと怖かった。

 もうダメだと思ってもあっという間に回復されるのだ、恐ろしい目にあったぜ。


 結果としてベッドの上は、酷い状況になっている。

 宿の人間には任せられないし、洗濯は俺がやるしかないな。


 ひとまず三人の裸身にシーツをかけて隠してやり、俺は桶の水で簡単に体を拭ってから服を着込んだ。

 あんなことがあった後でも、だからこそ、日常の責務を果たさないといけない。


 とはいえ、意識して抑えないと、つい顔がにやけてしまう。

 鼻歌交じりで部屋の扉を魔術で施錠し、俺は階下へ移動した。


 王都で定宿にしているここ『角持つ黒馬亭』の亭主に、連泊を告げて追加の料金を支払う。

 大部屋を貸し切っているため結構な出費だが、アレクシアたちの安全と静穏には代えられない。


 彼女は既に国の認定した勇者なので、王城に寝泊まりもできるのだが、そうすると貴族同士のどろどろした関係に巻き込まれる。

 それを嫌って市街に宿を取っているのだ。


 それに黒馬亭は外観こそ庶民的だが、造りが堅牢で防諜に気を払い、亭主は冒険者ギルドからわざわざ派遣された信頼の置ける実力者である。

 日に焼けた壮年男性で武骨な顔つきをしており、宿の主人よりは漁師でもやっていた方が似合いそうな風貌だ。


「そう言えばイアン。昨夜は……その、よく眠れたか?」


 そんな亭主が酒場のカウンターで料金を受け取った後、ややためらいがちに問いかけてきた。


「なんだ、気持ち悪いな。あんたが俺の安眠に気を遣ってどうする」

「いや、な。魔術で音は防いでいたんだろうが……揺れはな、伝わってくるんだよ」


 なんの揺れかと言われれば、ナニの揺れしかない。

 ことに及ぶ前にキャロラインが遮音の魔術を使っていたが、振動は抑えられなかったようだ。


 抜かった。大部屋なら最上階だし、真下が俺の部屋だから問題なかったんだろうが、俺の部屋の下は酒場の倉庫だ。

 店を閉めた後でも、亭主が出入りすることはあるだろう。


「アレクシア様は国定の勇者で、キャロライン様も大賢者の称号持ち。お二人が伯爵位に相当する高貴な身であることは、わかっているな? マルグリット様は言うに及ばずだ」


 生命樹教会を束ねる教皇庁が正式に列聖した今では、彼女はある意味で諸国の王より上の立場だ。

 そんな仲間たちに比べて俺は、半ば奴隷のような立場の従者に過ぎない。


「どなたとなにがあったのかまでは知らんが、俺の胸の内に留めておく。火遊びで済むよう、お前が気を配れ」


 まさか三人と同時に営んでいたなんて知るわけもない亭主が、鋭い視線で俺をにらみ据え、重たく告げる。

 たしかに彼の言うとおり、俺は平民として身分をわきまえ、大人として気を払わなければならなかった。


 少女たちの情熱と色香と、あと俺自身の性欲に流されて事に及んでしまったが、改めて考えると大変まずい事態だ。

 あくまで俺が一方的に劣情をもよおしているだけ、と思っていたからこそ、パーティから追放してもらうつもりでいたのに。


 まさか応えてもらえると思わず、しかも三人ともが俺に好意を抱いているだなんて、予想だにしなかった。

 いちばん年長のキャロラインでさえまだ17歳、一時の恋情で人生を棒に振ってしまうには、若すぎる。


 彼女らの将来を思えば、やはり俺は身を引くべきなんだろうな。

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