濡れ衣を着せられ婚約破棄された聖女は、不義の魔女を断罪する

ふみきり

第1話 夢か現か

「あの女は魔女ですっ!」


 目の前の女――伯爵令嬢アルシュベタが、私を指さしながら叫んだ。


 大聖堂内は一気にざわめいた。

 半年に一度の聖なる祈りの日に、この場にふさわしくない『魔女』という言葉が飛び出したのだから、当然だろう。


「まさか……。まさか、私たちをだまして、このような悪辣な真似をしでかすとはな。君には落胆したよ、ナターリエ」


 アルシュベタの隣に立つ長身の青年――私の婚約者である第一王子エリアス殿下が、頭を振りながら吐き捨てた。


 訳がわからなかった。

 私はただ、殿下の婚約者として、将来の王妃候補として、恥ずかしくないように懸命に努めてきた。卑下するような行いなんて、やった記憶はまったくない。

 魔女だと疑われるような理由に、皆目見当がつかなかった。


 幼い頃から侯爵令嬢として、殿下の婚約者になるべくしつけられてきた。

 私も、幼いながらにそれが侯爵令嬢としての務めだと信じて、必死になって勉学に、教養に、礼儀作法にと学んできた。

 十二歳を迎えて正式に殿下の婚約者になって以降も、父様母様や王宮の教育係の教えを、素直に聞いて吸収してきた。


 決して、曲がったことをやった記憶はない。誓って、ない。


「お待ちくださいっ! 濡れ衣ですわ! わたくしが魔女だなんて、いったいどうして――」

「殿下、あの女は嘘をついております。ほら、彼女の周りを見てください!」


 私が抗議の声を上げるも、アルシュベタが割って入って遮った。


「あの黒い影、間違いなく闇の精霊をその身に抱えておりますっ!」

「なんてことだ……。禁忌とされている闇の力に魅入られるとは……」


 いったい何のことだ。

 私は、闇の精霊なんかと接触を図ってはいない。


「闇の力になど――」

「ほら、また影が濃くなりました! あの女が嘘をついている証拠ですわ!」


 私に何も語らせないようにと考えているのか、アルシュベタはいちいち私の言葉に自分の主張をかぶせてくる。

 明らかに、私に対して強い悪意を持っているのがわかる。


「そうか……。その力で、アルシュベタを害そうとしたのか……。とんだ悪女だな、ナターリエっ!」

「ち、違います! わたくしではありません!」


 このままではいけない。

 反論しなければ、魔女にされてしまう。


 この国で魔女の認定を受けてしまえば、待つのは――。


 全身が震える。

 ドキンドキンと心臓が早鐘を打っているのがわかる。


 考えたくなかった。

 最悪の結末だけは、避けたかった。


「平気でエリアス殿下をだまそうとするだなんて……。殿下、私、あの女が恐ろしいですわ……」

「あぁ、アルシュベタ。大丈夫だ、君は私が護る。あんな魔女なんかに、これ以上大切な君を傷つけたりなんて、決してさせない!」


 アルシュベタは殿下にしなだれかかりながら、涙声で訴える。

 殿下も殿下で、アルシュベタの肩に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめた。


「あぁ……殿下……」

「アルシュベタ……」


 二人の世界を作っていた。

 私は事ここに至って、はっきりと悟った。


 もう、殿下との関係を修復することは、決してかなわないと。

 私は、この女の策略にまんまと乗せられ、負けたのだと。


 婚約者を寝取られた、間抜けな侯爵令嬢。それが、今の私。

 もう、私の居場所はどこにもない。

 殿下の婚約者として以外の生き方を、私は知らないのだから……。


「殿下」

「あぁ、わかっているさ」


 殿下が目配せをすると、そばで控えていた近衛兵たちが一斉に私の元に駆け寄ってきた。

 私はそのまま縄を打たれ、大聖堂の外へと引きずられる。


「君との婚約は、今この場で破棄とさせてもらう! 魔女との婚姻だなんて、あり得ないからなっ!」


 大聖堂にいる貴族たち全員に聞こえるようにと、殿下は声高に宣言した。

 汚物を見るようなたくさんの視線が、私の身体に容赦なく突き刺さる。


 いつの間にか、ざわついていた大聖堂内がしんと静まりかえっていた。

 私を引きずる近衛兵たちの立てるわずかな音だけが、聞こえてくる。


「本当に、君には失望したよ……」


 殿下の冷酷なつぶやきが、静寂に支配された広間に反響した。


 私は最後の悪あがきだと思い、アルシュベタをにらみつけた。

 だが、私の視線などどこ吹く風、負け犬はさっさと表舞台から去れと言わんばかりに、アルシュベタはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。


 許せない。

 あの女だけは、絶対に許せない。

 いつか真実を暴き、あの憎き女アルシュベタを『魔女裁判』にかけてみせる。


 私は固く、固く誓った。

 しかし――。




 父様母様の必死の働きかけも実らず、裁判で私の斬首刑が確定した。

 魔女認定をされた者の裁判は、『魔女裁判』と呼ばれる特殊な裁かれ方をする。


 この魔女裁判にかけられた以上は、もうどうあがこうが結論はひっくり返せない。

 裁判とは名ばかりの、形だけの代物だった。

 私の死は、もう動かせないものとなっていた。




 刑が確定した翌朝、私は衆人環視のなか、断頭台の露と消えた。

 最期の瞬間、真っ白な光に包まれ、私を慰めるような温かな声が聞こえたのが、唯一の救いだった――。

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