第6話 ツボ壺

 オレたちは自動ドアをくぐりドンキへ入店する。


 放課からすぐに来たので比較的早い時間ということもあってか、店内にはそれほど多くの客の姿は見えない。オレはどんなお店なんだろう?ときょろきょろ周りを眺めた。


 どこもかしこも商品でびっしりと埋め尽くされており、視界のどこをとっても商品だらけだ。高々に積み上げられた商品たちには軽く威厳すら感じられた。これが噂の圧縮陳列。


 商品棚には様々なカテゴリーの商品が所狭しと陳列している。


 もうここにいれば一生生きていけるのでは?


「うわっ、初めてきたが・・・すごいなドンキ・・・」


 オレは思わず感嘆してしまう。


「えっ!きたことなかったの!?」


「そんな珍しいもんなのか?」


 三島は驚いたように目をぱっちりと見開く。オレはなぜそんなに驚くのか?と疑問に眉を寄せた。


「イマドキドンキいったことない人なんて初めて見たよ」


「大袈裟すぎないか?別にドンキ行ったことのない高校一年生なんて普通にいると思うんだが。というかその仰天ニュースでも見たときみたいな目でみるのやめてね?」


 オレが困惑しながらも冷静に反論するが、三島は目をぱちぱちさせてあまり聞いていなさそうだ。


 イマドキドンキってなんか語呂いいな。なんかのお菓子でありそう。


「ついでに言うと、オレたちの中学校じゃ文化祭がなかったんだ。だから買い出しとか初めてなんだ。まあ、言ってしまえばはじめてのおつかいだな」


「ふふっ。はじめてのおつかいって。でもそれは一人で行くやつだよ。・・・私とが初めて・・・」


 もごもごとしゃべりオレにはよく聞こえない。


「そういえば何買うんだ?和装カフェなら飲食系だし特に買うものないと思うんだが」


 オレが買い出しを頼まれたわけではないので何を買う必要があるのか全くわからない。


「教室の飾りつけとか?ほら、入店したらぶわーって感じになったらいいかなって」


 三島は両手を大きく広げジェスチャーをする。


「語彙力死んでませんかね」


「うっ・・・うるさい!」


 三島の良くわからない説明にオレが突っ込むと、三島はすねたように口をとがらせた。


「じゃあ、あっちらへんにいけばいいのか?」


 オレは飾りが売ってそうなパーティーグッズのコーナーをゆび指さす。


「そうだね!行こう行こう!」


 三島は大きくうなずいて賛成し、ハイテンションに歩みだす。さっきから異様に三島の機嫌がいいのを少し不気味に感じながらもオレは追いかける。


「なあ、どうしてオレがついてくることを許してくれたんだ?もともと一人で行くつもりだったんだろ?対して話したことのない人と一緒に行こうとオレなら思わないからな。もしかしたら危ない人だったかもしれないぞ?」


「クラスに貢献したいって言ったのは浅間くんだよ?てゆーか危ない人って何だし。たしかに浅間くんは変な人だけどいい人ってことは知ってるから」


 オレは素朴な疑問をぶつけ、それに三島は苦笑する。


 えっ?オレってそんな変な人なのか?まったく自覚がないのだが。いやまあ悪気はないんだろうけど・・・


 何気ない一言にオレは軽いショックを受ける。


「そんなホイホイと人を信用するもんじゃないと思うけどな。・・・もしかしてあれか?壺とか買わされちゃうタイプなのか?」


「あー、それママにも言われるんだよねー。壺買ったって日常で使う機会なんてないと思うんだけどな。なんで買っちゃうんだろ?そもそも壺売る人なんているの?ほんと何の役にも立たないよ。まあ、私はそんなの絶対買わないけど」


 冗談半分に言ったつもりだったが、三島はやけに真面目な声で不思議そうに首をかしげる。


 日常生活で使う?んんっ?何かの役に立てば買っちゃうんですかね。幸福を呼び寄せるとかなんとか言われたら買っちゃうってことだよねそれ。もしかして壺を買っちゃうの意味わかってない?やばいですよ三島さん。そりゃお母さんも心配するわな・・・ピュアというかなんというか・・・平和ボケって怖いな。


 きっとこれまで三島の周りに怪しい人なんていなかったのだろうし、疑うこともしなかったのだろう。壺の意味を理解する日は来るのだろうか。


 想定外の返答にオレは内心動揺する。


「三島。絶対に買っちゃだめだぞ」


「う・・・うん。どしたの急に・・・」


 絶対だぞ、と念を押すが、三島は浮かない表情のままだ。


 というかさっきから思っていたけど意外と三島って教室のすみっこで空気を演じているオレのことも結構見てたんだなぁ。流石クラスの人気者。いろんなところを気にかけることができて、きっとたくさんの人から良く思われていることだろう。そりゃ人気も出るわな。




 パーティーグッズのコーナーへと当着する。凄まじい量の商品が陳列していることは言うまでもないのだが、やっぱり言いたくなってしまう。飾り以外にも仮装用のグッズなども置いてあり、本当に多様だ。


 オレは飾りつけ用の商品を物色する。


 カラフルな感じがいいのか?でも和風カフェだよな・・・あんまり派手じゃない方がいいのか?誰だよこんなめんどい企画立案したの。いやオレなんだけどね?


 オレは商品を手にとったり戻したり悪戦苦闘する。


「飾りつけってどんな感じなんだ?いまいちイメージがつかめないんだが。もうこの際和風とか関係なくていいか?」


「和風の飾りつけって言われてもここに売ってなさそうだしね。まあ私もよくわかんないけどいい感じにやっていこう」


「いい感じとは・・・壁とか天井に張ったりするやつが基本だろうからセロハンとかも必要か・・・ここってセロハンも売ってるのか?・・・ん?どうした?」


 オレは質問に答えずにいる三島を心配する。彼女の様子が少し不自然な気がしたからだ。


「いや、さっきからすごい目が合うなって思って・・・そんなに見つめられるとなんか・・・恥ずかしい・・・」


「えっ?・・・あぁ悪い・・・」


 三島は頬を紅潮させ、恥ずかしそうに眼をそらす。


 オレは一瞬訳が分からなかったがすぐに状況を理解し、気まずく目をそらす。


 別になんとも思ってなかったけど、そういう風に恥ずかしそうにされるとなんか恥ずかしくなっちゃうでしょ!


 これまでずっと歩きながら会話していたので目を合わせることがなかったし、むしろ合うほうが不自然だった。しかし、今は立ち止まって品定めをしている状態。オレが会話をする際にずっと目を合わせたことに三島が反応したのだ。


 三島は何かを手早くつかむと、


「えっ・・・えいっ!」


 オレの顔に何かをかける。突如オレの視界が薄暗くなった。ん?なんだこれ?


 薄暗い視界の中で三島はくすくすと口元に手を当て、反対の手でオレを指をさし笑っている。


 オレは訝しげに三島にかけられら物を取り外すと、それは黒縁のサングラスにでかっぱなと髭のついたよくある変装グッズだった。


「これってそんな面白いものなのか?オレには三島の笑いのツボが全くわからないな。」


 オレは半分呆れた表情で言うと、三島は、そんなことないよ、と俺の手からサングラスを奪い取り、自らそれをかける。


 三島は肩幅に両足を開き右側へ腰を入れ、左手を腰に、右手の親指と人差し指を顎に当て、ドヤ顔で決めポーズをとった。


 しかし、さっきの笑いを必死にこらえているのか、口元がぴくぴくとかわいらしく小刻みに震えている。そんな様子が何となく面白い。これがツボに入るってやつか。


「やっぱオレも大概かも知れない・・・ククッ・・・」


 オレもこみあげてきた笑いをこらえきれなくなり吹き出してしまう。それにつられて三島もドヤ顔のキープが不可能となり吹き出す。


「ほら!やっぱり面白いじゃん!」


 三島がおなかを抑えながらも必死に声を出す。




「はい。これで以上ですねー」


 レジの店員さんが最後の商品をレジに通す。買い物かごの中はそれなりの量の商品が入っている。


 ちなみに最初は買い物かごを持っていなかったが、だんだんと持ちきれなくなっていき、あとからとってきたものだったりする。買い物かごを持ってくると、三島は見境なく商品を入れだし、実は結構大変だったことは本人には話していない。そもそも店に入った時に買い物かごを取らない時点で普段買い物しないことがバレるんだよなぁ。


 オレは親に一緒に買い物へ連れてこられたときの子供のように会計を待っている三島の後ろをうろうろとしていた。


「2548円のお会計でーす」


 はい、と言って三島は財布の中を探る。


 んー?なんか忘れているような・・・あっ。


「領収書もお願いします」


 オレがうろうろしていた足を止め、後ろから口を出す。


「あっ。そっか。忘れてたー。あぶないあぶない。しっかりしてるね、浅間くん」


 三島は慌てた様子で言った。


「いや、三島がポンコツなだけだろ」


「ポ・・・ポンコツ!?」


 オレが無感動に突っ込むと、三島はギクッと驚いたように反応する。そんな様子をやさしそうに微笑んで店員さんが見守っていたことにオレたちは気づかない。




 店を出たときには日が傾き始めていた。オレンジ色の空も、もう少しすると暗がりが見え始めるだろう。


 買い出しからの帰り道、二人の並んで歩く姿はずいぶんと変わっていた。斜めの微妙な距離感ではなく今は真横。さらに、二人の距離はこぶし二つ分空いているか開いていないかというほどまで縮まっていた。お互いの歩幅を合わせゆっくりと歩み続ける。


 先日までぎこちない雰囲気だったのでどう転がるかわからない部分も多かったが、三島のもともと社交的でよくしゃべるという性格もあってかすっかり打ち解けたことができたようだ。これで先日のことを根に持つことがなくなってくれれば幸いだ。


 オレは左手、三島は右手にレジ袋をさげて歩いている。オレは二つとも持つつもりでいたが、両方とも持ってもらうのは申し訳ないと言われ、三島が片方を持っている状態となった。


 三島はオレの方を向き、楽しそうに微笑みながら、


「いやー、あのサングラス姿は写真に残しておきたかったよー」


「やめてくれ恥ずかしい」


「今日は面白いもの見れてたのし―――」


「おいっ」


「ふえっ」


 オレは三島の肩を右手でぐっと引っ張り自分の方へ引き寄せる。それによって転びそうになった三島は必死に体制を整える。


「えっ・・・?何・・・?」


「楽しいのはなによりだが信号くらい見ような。前方不注意で死なないでくれよ」


 驚き不安げに見上げてくる三島に対してオレは呆れながらも落ち着いた声音で返す。


 三島は視線を戻し、目の前の大きな交差点を確認する。歩行者用の信号機は赤を示していた。もちろん自動車は走行中で、オレたちの目の前をたくさんの自動車がスピードを上げて横切っていく。


「あ・・ありがとう」


 呆然と横切る自動車をながめながら言った。


「気をつけろよ。ひかれたらシャレにならない」


 三島はうんとうなずくと、手を後ろに組んで優しく微笑みオレの正面へと振り返った。


「さっき人はメリットがないと動かないって言ってたけどさ、浅間くんはきっとそんなの関係なしに動いちゃう人だよ」


 陽だまりのなか、あどけなく、しかし確信したような笑みでそう言った彼女はキラキラと輝いて見えた。彼女の頬がほんのりと火照っているのはきっと頬に当たる夕日の陽光のせいだけではないだろう。


「壺。間違っても買うなよ」


 オレは青信号へと変わった横断歩道を歩きだす。


「だから買わないし。・・・あっ!待ってよー!」


 三島は頬を膨らませながらも追いかけてくる。


 過去にどんなことがあろうとも、雰囲気さえ作ることができればそのときは気まずくなることはないのかもしれない。それを続けていければきっと悲しいことなんていつかきれいさっぱり忘れられる。オレはそれを望んでいる。彼女に罪の意識をさせないために―――




 教室に買った荷物を置きに行くため、ドアを開けるとまだ何人かの生徒が忙しそうに準備を進めているところだった。


 残業手当なんてつかないのによく頑張るなぁ。あっ、そもそも給料すらなかったわ。それにしてもクラスのためにここまで頑張れる人は素直に尊敬・・・というよりすごいな、という驚きを感じる。なぜそこまで頑張るのか、まあ、そこはあまり深く考えないが。


 オレたちは教室の入り口に荷物を置き終わると、一人の生徒がオレたち、正確には三島に気づき、近づいてくる。


「おっ!おつかれさま、瑞希ー!」


「うん。いっぱい買ったからちょっと時間かかっちゃったかも」


「いやいや。そんなの気にしなくていいのに」


「あと・・・はい。領収証もちゃんともらってきたよ」


「ナイス瑞希。伝え忘れてたからちょっと心配してたんだよね」


「えっへへ~」


「おーかわいいなぁ。このこの~!」


「あっ、ほっぺつつかないでよー」


 さすがガールズトーク。ポンポンと話が続きボディータッチが激しい。やっぱり友達多いんだな、三島。そうあらためて思う瞬間だった。とても楽しそうに笑っている。


 すると二人に呼び声がかかる。


「おーい!早く戻ってきて手伝ってくれ」


「あー。わかってるって。ちょっと待ってて。ねえねえ、もうちょっとだけ手伝ってくれないかなぁ?瑞希、お願いしますこの通り!」


 少女は手を合わせ深々と頭を下げる。


「そんなことしなくても大丈夫だよ。了解しました。手伝うよ」


「圧倒的感謝」


 感謝の念を伝えるとそそくさと持ち場へと戻ってしまう。お人よしだな。まあ、だから人が集まってくるのかもしれない。


「すごい人気ぶりだな」


「ごめん。まだもう少し残ることになっちゃった。浅間くんは先に帰ってて大丈夫だよ」


「別に謝ることじゃないと思うが・・・ああ、わかった」


「それと今日はありがとう。」


 微笑む三島を呼ぶ声が奥から聞こえる。オレに手を振ると、三島はオレの返しを待たずに忙しそうに奥へと走って行ってしまう。


「お礼を言うのはオレの方かもしれないな・・・まあ、帰るとするか」


 オレは教室を後にし、下駄箱に置き去りにされていたカバンを拾い上げると日暮れの中帰路へとつく。


 こうしてオレの日常が色づき始めていた。

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