第4話 起点

 ―――5月27日月曜日。土日の休日を挟み、週が変わった。三島とはあの電話以降連絡を取っていない。


 一方クラスの方はというと、まだ嵐のさなかにあった。が、今日は状況に変化がみられるようだった。


 話し合いが始まり五分ほどたったころ、三島は落ち着かない様子で回りをきょろきょろした後、こそっと誰も気づかないくらい静かに手をあげる。5秒ほど誰も気づかなかったが、隣にいた加藤がそれに気付くと同時に委員長ちゃんも気づいたようだ。


 委員長ちゃんに三島は発言を促されると、恥ずかしそうに立ち上がり、


「あの、一つの提案というか私の願望というかなんというかなんだけど、このままケンカしてたらきっとそのまま文化祭本番になっちゃうじゃない?だから私はクラスで和装カフェとかやってみたいな・・・って、浴衣とか甚兵衛なら私もいいかなって思うし、メニューはコーヒーでもタピオカでもなんでもOKで・・・とか思っているんですけど、どう・・・かな?」


 最後、三島は自信なさげに笑いながら首をかしげる。


 途中不自然な敬語混じってましたね。緊張してたんでしょうか。


 オレはしょうもないコメントを心の中でしていると、教室が静まり返った。


 あれ?声漏れてた?うっそだ~


 もちろん声など漏れておらず、静まり返った原因は三島の発言にある。沈黙は数秒の後、大きな歓声によって破られる。


 なにそれめっちゃいいじゃん!、浴衣!かわいい!、和装・・・風情があっていいですな、これで話し合いがやっと進むのか?、などなどたくさんの三島を支持する言葉が聞こえてくる。後半ちょっと怪しいが。


「えっー、ヤベー。マジ瑞希天才じゃん!めっちゃいい!あーしみんなの浴衣姿見たかったんだよね。夏祭りとか少人数でしか行かないじゃん?」


 と、加藤からも賛美の声。


 要約するとたぶんヤバすぎ卍!みたいになるんだろうな。加藤は三島に顔を近づけ方をバシバシたたいている。


 三島はほっとしたのか、文字どおりほっと息を吐き胸をなでおろす。


「女子・・・浴衣・・・一周回って・・・」


 これには岡本もにっこり。ご満悦の様子でだらしなく鼻の下を伸ばし、上の空って感じで目線は斜め上の天井のその先を見据えている。よかったな、岡本。字幕を付けるとしたら、ぐへへへ、がぴったりだね。


 黒板にでかでかと「和装カフェ」と記入される。話し合いが始まった証だ。チョークがカツンカツンと小気味よい音を立てる。


 その後も話し合いはゆっくりと、だが着実に進んでいった。




 放課を知らせるチャイムが鳴ると、俺はいつものように帰りの支度を始める。するとオレに三島が近づいてくる。三島はうつむき、きょろきょろと目を合わせないままぎこちなく、ありがとう、と早口で言うと、オレが反応する間もないまま足早に帰ってしまった。




 ―――三島との電話の最中、


「まず守ってほしいことは今日の出来事については誰にも話さないでほしい。話が広まるといろいろ面倒になりそうだからな」


「してほしいことは文化祭の話し合いの仲裁をお願いしたい。このままいくと文化祭前日になっても決まらないままかもしれない。もし、たとえ決まったとしても時間が足りずに満足に楽しむことはできないだろう。だから月曜日に話し合いがまとまらないとタイムオーバーになるとオレは思ってる。三島は月曜日の話し合いの時に発言してくれれば大丈夫。話す内容は・・・そうだ。和装カフェなんかどうだ?男子たちはかわいい衣装ありならたぶんなんでもいいんだろうし、メニューを気にしているのは女子たちだからそこは自由として好きなようにできる感じにしてあげればいい。してほしいことというのは和装カフェをクラスで提案という感じでよろしく」


 オレが三島に頼んだことはこの二つ。二つ目は一見クラスのためを思った行動ではあるが実際はそうじゃない。もちろん、クラスのための行動にはなっているのだが、本命はクラスの意見のコントロール。このまま何もしないでいくとヒステリックになった誰かが暴走するかもしれないし、つまらないもめごとが起こるかもしれない。そしてその火花がオレに降りかかる可能性は非常に大きい。クラスの誰か一人でも問題があればそれは伝染する。学校の教室程度の空間であればそれは必然。


 オレの目的は平和な日常の中で一人ぬくぬくとできる生活を続けられること。


 例えばもし、加藤がブチ切れて、男子がメイド服着なよ、なんて押し通されたら大変だ。男のメイド喫茶なんて言うトンデモネタ枠が爆誕してしまう。あいにくオレに女装の趣味はない。これほど大袈裟でなくともこのギスギスした空気がこれ以上続くのは精神衛生的によくないだろう。


 オレの平和なボッチ生活はこれで守られただろう。話し合いを収める手段がなくて困っていたところだったので、三島に頼めたことはかなりラッキーだったな。偶然とは言い、ありがたい限りだ。


 オレはそれ以降も三島との通話を続けて分かったことがあった。


 それは加藤たちと遊んでいたゲームは指スマと呼ばれるものだったということと、三島は不安定な心理状態にあったこと、校舎裏の陰で野次馬をしていた加藤たちは俺たちの声までは聞こえていなかったらしいということだ。三島は失敗したとだけ伝えたそうだ。それ以上のことは聞かれても答えなかったといっていた。この一件の詳細は二人しか知らないことになる。


 ちなみに指スマというのは地域によってさまざまな呼び方があるらしく、いっせーのせ、バリチッチ、など多種多様だ。ルールは、プレイヤーは全員、両手の親指を掛け声に合わせ両方とも、あるいは片方だけ上げるか上げないかを選ぶことができ、何もしない、つまり親指を両方とも上げないということもできる。順番が回ってきたプレイヤーは上がる親指の総数を予想し、掛け声と一緒にその予想した数を言う。予想が外れた場合はそのまま次の順番へと回るが、当たった場合は、予想したプレイヤーは腕を一本しまうことができ、両腕しまうことができればゲームをあがることができる。そして最後まで残ってしまったプレイヤーが負けになる。掛け声はゲームの呼び方に一致する傾向があり、これまた多種多様だ。鋭い洞察力で何本の親指が上がるかを読み切るプレイヤーもいるらしい。シンプルだが意外と奥が深い手を用いた遊びだ。


 三島は頭が冷えてきた後、オレに対してどんなことを感じ、接してくるだろうか。そもそも、もう接してこない可能性だってあるかもしれない。だが、頼み事はしっかりと果してくれるだろう。今はそれだけで十分か。


 オレは電話を切ったとき、そんな疑問が残っていた。




 interlude


「それじゃあ切るぞ。」


 彼はそう言い終わると、スピーカーからはツー、ツー、と通話終了を知らせる効果音が流れ始める。


 私は重いため息をつく。どうしてこんなことをしてしまったのだろう。ただただ悔しかった。なぜ思いとどめることができなかったのかと。


 罰ゲームの内容を知ったとき、私は混乱していた。


 クラスメイトが怒り、叫んでいる空間に耐えられなかった。それでも私は何もできなかった。解決する手段がなかったからだけではない。もっと感情的なこと。怖かった。怒っている人を見るのは。


 そんなときだった。香織は私をゲームに誘ってくれ、少し気分が楽になった。さっきまで不機嫌そうな顔だった香織は、ゲームを始めると楽しそうな笑顔を浮かび始める。私もそれにつられ笑顔になれた。そんな彼女の頼みごとを無下にはできなかった。


 違う。本当は怖かった。断ったら仲間外れにされそうで。


 こんなことは彼にとって言い訳にもならないということくらいわかってる。彼が嘘告を受ける理由にはならない。そもそも、理由があっても嘘をついてはいけない。


 でも彼はきっと許してくれているのだろう。ひどいことをしてしまった、こんな私を。


 彼は怒るどころかとても冷静で、逆に私の方が混乱していた。


 彼は私がどんな経緯で嘘告をしたのかも聞いてくれた。それで怒ったり、怒鳴ったりしなかった。ただ黙って静かに、時々相槌を打ってくれた。


 頼みごとのことだってほとんど私のためみたいなものだ。彼は私を悪人だと晒すこともせず、私が気を重くしていたクラスの話し合いの仲裁を提案した。


 彼が私を責めないことが、かえって申し訳なさを増大させる。


 泣き止んだはずの瞼から再び涙がこぼれてくる。


 本当は自分を許さないのが正解。むしろ当たり前のことだろう。でも彼のやさしさに甘えようとしてしまう自分がいる。それが憎らしいがどうすることもできない。わかっていても、私は弱い人間だから目の前にやさしさがあるのならそれに甘えてしまう。


 ・・・もし立場が逆で私だったら、許せたかな?


 きっと悲しくなって塞ぎ込んで、謝罪なんかされても受け取らず、ベッドに潜り込んで文句を垂れるだけだろう。許すどころかまともに話もできないまま。


 私もいつか彼みたいに広い心を持って誰かを許せるようになれるかな。


 真っ赤になった瞳と同じくらいになるまで目元をごしごしと制服の袖で擦った。


 今鏡を見たら相当ひどい顔をしていることだろう。


 帰宅してからしばらくたっているが、彼のことが気がかりで着替えるような気分ではなかった。


 胸元のリボンへと右手を持っていき、力なく重力に身を任せるようにゆっくりとほどいていく。


 立ち上がろうと思ったが長時間座っていたせいで腰が痛い。少し浮いた体を再び床に落とす。体が持ち上がらないのは腰のせいだけではないだろう。心がひどく重い。


 仕方がないのでよれよれと床を這いながらベッドへと体を運ぶ。


 ベッドへ這い上るとそのまま枕に顔を押し付ける。シャツのボタンは上二つをなんとか外したが、それ以降は力尽きてそのままだ。


 せめて彼からの頼み事はしっかり果たそうと決意する。


 部屋の電気はつきっぱなしだが、私はそのままうとうとと眠りにつく。




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 こんばんは。しゅーめいです。次回からやっとラブコメ成分が入ります。これまでが無駄に重かった・・・そしてそもそも主人公の人間関係、会話シーンが絶望的・・・

 次回から・・・は少し難しいかもですが、しばらくの間、作品の雰囲気は一変してイベント、会話多め、ネガティブ思考、病み思考少なめになる予定ですね。まあ、あくまでしばらくなんですけど。

 一応ここまでで主人公とヒロインの初対面が終わったという感じです。これからも連載は続くので、少しでも興味を持っていただけたのであれば今後ともよろしくお願いします。それではさよなら!

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