第2話 嘘告

 三島がオレに嘘告をしてくるかもしれないことを聞いてしまったその日の夜、オレはお風呂の湯船につかりながら三島について考えていた。パニックは収まり冷静な思考が可能となる。


 三島瑞希。肩までくらいのふさふさポニテに可愛らしい顔立ち。社交的な性格で男女ともに人気の高いクラスメイト。正直言ってオレとは正反対の学校生活を送っている。


 オレはたいして三島のことを知らないが、思い出せる限り記憶をたどる。


 オレが初めて三島を認識したのは入学から二、三週間ほどたった時のことだった。


 ―――花崎というクラスメイトがいる。彼女は人見知りな性格のようで入学してから少し経ったものの友達が一人もできていなかった。ここまではオレと変わらないのだが、オレとは違い、授業中は常に睡眠、起きていてもうつむいたままだった。この学校では授業中に話し合いが設けられることがあり、その時間も隣の席の女子とは話そうとする気配が全くない。


 しかし、教師は花崎ではなくその話し合いの相手である隣の女子を注意することがほとんどだった。寝ている友達がいるのであれば起こしてあげなさいというのが言い分らしい。当然、隣の女子は花崎のことを嫌い、よく愚痴をこぼしていた。誰が見ても隣の女子がかわいそうに思えるので、徐々にクラス全体的にも花崎への反感が高まってきたころ、三島が動いたのだった。


 放課後、三島は帰りの支度をしている花崎の席へ行きあまり目立たない程度の音量で話しかける。


「あっ。そのクリアファイルって今話題のアニメのキャラだよね!?私知ってる!花崎さんもこれみてるの?」


「・・・うん」


「私は三島瑞希。めっちゃかっこいいよね。もちろんキャラクターのデザインとかもいいんだけどストーリーも結構深くてさ、私最後の方感動して泣いちゃったよ」


「・・・み、三島さんもこれ好き?」


「うん。今マイブーム。というか瑞希でいいよ」


 花崎はこくこくと二回ほど深くうなずき、初めて笑顔を見せる。その後もそのアニメについて話を続ける。しばらくすると三島は女子を一人連れてきた。どうやらそのアニメが好きな女子なようだ。佐藤というらしい。


 佐藤が花崎と仲良くなり始めると、三島は自然に話の輪から抜け帰宅していった。


 この出来事から花崎は授業中寝ることも少なくなり積極的に話し合いに参加している。隣の女子の怒りもだんだんとおさまっていき、クラスメイトからは迷惑な子からただ人見知りをしていた子というイメージへ変わっていき、今では佐藤と二人でいることが多く、普通にクラスに溶け込んでいる。


 オレはこの出来事を見たとき、軽く衝撃を受けた。三島は花崎に友達を与え、これからの学校生活を救ったといってもいい。それだけでなく三島は何食わぬ顔でそれをやってのけた。そりゃあクラスのみんなから支持されるわけだ。


 ここでふと思う。こんなにも優しいクラスのためを思う三島が、本当に嘘告などしてくるのだろうか?と。一言で言えば善人。もし楽しんでオレに嘘告をしてくるのであれば腹真っ黒の悪女ということになるが、正直裏表があるようには見えない。まあオレだからもしれないが。


 加藤たちはやる気満々だったが結局嘘告するのは三島だ。本人が絶対にやらないといえば強行はできないだろう。


 オレは三島から嘘告を受けることはたぶんないだろうと結論付ける。


「そろそろのぼせるな」


 オレはお風呂を出た。




 ―――次の日。5月24日金曜日。昨日の話が本当ならばオレの下駄箱の中には呼び出しの手紙が入っているはず。


 オレは朝学校へ登校すると自分の下駄箱の扉を見つめる。下駄箱はロッカー式になっており開かないと中は見えない。


 オレはゆっくりと下駄箱のロッカーの扉を開けると・・・


「何もなし・・・か。」


 手紙があったらどうしようと思っていたが、杞憂だったようだ。だが、実際に何もないと少し寂しい気持ちがある。なんか複雑・・・


 オレは特にいつもと変わらない時間を過ごす。


 今日は文化祭ミーティングは学校の都合でないらしい。まだ出し物として飲食としか決まっていないこのクラスはほかに比べ大幅に遅れている。いくら準備が急いでやれば間に合うからといってもそろそろ始めないとまずい。文化祭はあと一週間ほどに迫っている。クラスは落ち着かない雰囲気で特に委員長ちゃんはずっと貧乏ゆすりをしている。


 オレは何かするわけでもできるわけでもないのでいつもと変わらない。文化祭が失敗に終われば少なからず委員長ちゃんは責められることになるだろう。他クラスからバカにされれば文句のはけ口となるのはきっと委員長ちゃんだからだ。こう考えるとマジでオレ安心安全。平和の塊だな。クラスの空気万歳。




 放課後になるとオレは帰りの支度を終えて教室を出る。今日一日三島たちを観察していたが特に得られたものはなかった。やはり杞憂だったか。


 オレは靴を履き替えるために昇降口へと向かう。日は傾き始め、少しまぶしい。


 オレは下駄箱につくと無造作に自分のロッカーを開ける。そこだけスポットライトを浴びたように日光が照らしていた。


 靴を引っ張り出そうとするとなれない感覚がある。


「ん?」


 オレは視線を手元へとむける。見てみると手紙サイズのきれいな紙がある。


 少し嫌な予感がしたが、勇気を出して裏返してみると何かが手書きで書いてある。


“浅間くんへ。

 今日の放課後、校舎裏で待っています。”


「これは・・・現実なのか・・・?」


 あまりの衝撃に少し胃が痛くなったが懸命に心を落ち着かせる。


 白い紙はただのルーズリーフの切れ端などではなく、手紙用のしっかりとしたものだった。三島自身が書いたのか、加藤か豊島が代役として書いたかはオレにはわからないが、手紙に書かれた文字は丸っこくいかにも女の子らしいかわいい文字だ。


 オレは無視することもできたがそうなると三島はずっと校舎裏で待つことになるだろう。そんなことに負い目を感じオレは校舎裏へと足を運ぶことにした。




 オレは昇降口を出るとすぐに校舎裏へ行くことができる通路とは反対方向から校舎裏へと向かう。このままいくと一周して昇降口へと戻るのだが、そこには二人の女子がいた。


 加藤と豊島だ。二人とも三島の友達であり、嘘告をしようと提案したのも彼女たちである。顔を角からだし様子を見ているようだが、こちらからは二人の背中が見える。


 どうやら野次馬としてこっそり嘘告の傍観をする気なのだろう。ばれてしまっているが。


 オレはそれを確認すると元来た道を戻りさっきは選ばなかった昇降口から最短で校舎裏へと通じる道を通る。


 校舎裏へ到着すると三島が待っていた。もちろんのぞき見している加藤たちを視界の端でとらえる。


 三島はうつむいていたが、俺が着たことに気が付くとそわそわした態度で話しかけてくる。


「あっ、浅間くん・・・」


「ああ。手紙を書いてオレを呼び出したのは三島ってことであってるか?」


「うん。そうなんだけど・・・」


 三島の返答は歯切れが悪い。オレが嘘告のことを知っているとは三島は知らないのでそのことを隠しながらオレが会話を進める。


「えっと、オレに何か用があって呼び出したのかな?」


 三島は何も答えない。


「あー。なんかオレが悪いことしたなら謝るけど・・・」


「いやっ。浅間くんが何か悪いことをしたってことはないんだ。うん。大丈夫。」


 オレが謝罪に移ろうとすると三島は素早くそんな必要はないと手を振りながら否定する。


「じゃあこれは・・・」


「わっ、私と付き合って!!!」


 オレの言葉を遮るように三島は頭を勢い良く下げながら言い放った。


 まさか本当に三島から告白を受けるとは・・・!クラスの人気女子!全然信じられんっ!


 十中八九嘘であるのはわかっていたが、俺から振ったと噂が広まった場合クラスの男子から批判が殺到しそうだ。オレが人気者でかわいい三島を振る理由は特に思いつかないし、たとえ嘘であろうとむしろ喜んでOKしたいところ。まあオレがのちに三島に振られたとなれば特に騒ぎになることもなく平穏に終わるか。嘘告に引っかかったかわいそうな奴とうわさされてもそもそも浅間って誰?みたいになるだろうしな。


「・・・こちらこそよろしくお願いします。」


 三島は恐る恐る顔をあげ上目遣いでオレの顔を覗く。ぱしぱしと瞬きをした後、だんだんと顔色が悪くなっていき・・・


「えっ。なんでっ。」


 オレは何となく気まずくなり、えーっと・・・と情けなく返事にならないような返事をする。


「あの、ごめんなさい・・・嘘なの・・・」


 三島はうなだれてそう告げる。


 うん?クラスのかわいい女子に告白を受け交際成立。その後数秒で破局ってそんなことある???ギネスブックこれ載っちゃうよねこれ?世界新記録更新だよ。


「あっ、ああ。まあそりゃあ嘘だよな。だよなだよな。おかしいと思ったわ。普通に考えてこんなことありえないもんな。うん。えーっとまあなんだ?気にしないで。」


 なんともまあかっこ悪い返事だがこれで正解だろう。俺がただ勘違い野郎ってことで丸く収まる。


 しばらく沈黙が続く。その間三島はずっとうつむいたままでオレはそれを眺めているという構図。三島はおそらく相当なプレッシャーを受けているだろう一方、オレは場違いにもちょっとした喜びを感じていた。というのもオレはこの数か月間、誰ともろくな会話をしていない。状況がどうであれ誰かと会話することの喜びを少なからず感じていた。


 オレは一人でいることを好むが、別に誰かと話すことが嫌いなわけではないのだ。


 オレはしばらくのんきに三島を見ていると、三島は顔を上げる。


「こんなこと言うのは自分でもおかしいと思うし、意味わかんないと思ってくれていいんだけど・・・私とLINE交換してくれる・・・?」


 うーん。本当に意味が分からない。が、オレは断る理由が思いつかないので交換することにする。正直突然のこと過ぎて正確な判断ができなかっただけかもしれない。


 オレは長い沈黙を選ばず承諾した。


「これでいいのか?」


 オレの画面にみずきとひらがなで書かれたアカウントが追加される。


 初めての友達が三島になるとはきっと誰も想像できなかっただろう。


 ちなみにオレのアカウント名は漢字で浅間。誰得だよ。この情報。


 三島はスマホに目を落としたままありがとうとうなずく。


 またしばらく沈黙が続いたが、再び三島がそれを破る。


「えっと、それじゃあ・・・」


 今度は何だ?と思ったが帰るということらしい。控えめに手をそっとあげると逃げるようにすたすたと三島は去っていく。


 流石に一緒に帰るのは気まずいためオレは数分待ってから歩き始める。


 もう野次馬の気配は感じられない。


 校舎裏を出ると日がもうかなり傾いていることが分かった。夕日が校舎と俺を照らしている。


「こういう出来事もいつか振り返ったときには青春の一ページとして刻まれるのだろうか」


 暗くなり始めてきている帰り道、オレはそんなことを考えていた。

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