27.後輩、相合い傘

今日は久しぶりに、外を見るとざあざあと雨が降っている。


空は用事で先に帰り、俺も昇降口で靴を履き替え自分の傘を手に取ると、そこに見知った人影があった。


「あっ、翔先輩」


こちらに気付いた陽奈が嬉しそうにこちらへ近寄ってくる。


「今日は後ろから現れないんだな」


「そんなに抱きついてほしかったですか?」


なんてからかうように言う陽奈は無視して傘の留め金を外す。


「さて帰るかな」


「ちょっと、無視しないでくださいよっ」


陽奈が勢いよく抗議するが、めんどくさかったんだからしょうがない。


ちなみに抱きつかれるのは恥ずかしいけど、あの柔らかい感触は正直とてもいいものだと思う。


もちろん本人にそんなことを言うつもりは全くないのだけれど。


「雨降ってるし早く帰ろうぜ」


開いた傘を傾けて見せる。


傘を持ってない陽奈がこんなところで俺を待っていたなら答えはひとつ。


コナンくんじゃなくても簡単にわかる謎かけだろう。


それなのになぜか陽奈は俺の誘いに戸惑って聞く。


「いいんですか?」


「お前自分から言うときは一ミリも遠慮しないくせに、誘われると不安そうな顔するのな」


「そんな顔してませんよっ」


普段からこれくらい可愛いげがあればなあと思いつつ、普段の遠慮がないのも陽奈の魅力なので、やっぱりこれくらいの方がいいかなと思い直す。


「それより早く帰りましょう、翔先輩」


「おう」


言いつつ傘を持っていない方の腕を取って傘の下に入る陽奈に答えて二人で昇降口を出た。




傘を差して並んで歩いていると、雨に濡れないように陽奈がいつもよりも体を寄せてきて、そのシャツ越しに押し当てられる柔らかい感触の圧が強い。


まあ男物とはいえひとつの傘で二人分の体を完全にカバーすることは出来ないので、体を密着するのは合理的なんだけど、それはそれとして思春期の男子には刺激が強かった。


「もうちょっと離れてもいいぞ」


「でも、今でもあたしが濡れないようにしてくれてる分、先輩の肩がはみ出して濡れてるじゃないですか」


「これくらいあとで乾かせば問題ないだろ」


「それならあたしの方も、もっとそっちに寄せていいですよ」


「それはちょっとなぁ」


自分が濡れるのはいいけど人は濡らしたくないというわがまま。


「じゃあやっぱりこうしてるしかないですね」


俺はいいんだけど、陽奈はそれでいいのか、なんて質問はちょっと怖くて聞けない。


「でも翔先輩がいてくれたおかげで濡れて帰らなくて済んで助かりました」


「そりゃよかった」


「濡れると色々透けて大変なんですよね」


「そりゃ大変だな」


「…………、今想像しました?」


「なにをだよ」


今着けてる下着が何色だろうなんて想像してないぞ。


「翔先輩になら、見せてあげてもいいですよ?」


「……、だからなにをだよ」


「むー、引っ掛かりませんね」


本当に下着を見せてくれるんだろうかなんて思ってないからな。


「ちなみに今着けてるのは赤色ですよ」


「それは濡れて透けるとかいうレベルじゃないだろ!」


思わず突っ込んでしまったあとに、はっとするが後の祭り。


「やっぱり想像してたじゃないですか」


「なんのことだかわからんな」


なんて誤魔化しても、腕を捕まえられているので逃げることもできない。


しかし赤かぁ。


本当なら濡れなくても透けそうだしそんな色着けてくるなよって話だけど、陽奈だしあり得ないとも言えないから困る。


赤かぁ……。




それから更に雨足がいっそう強くなって、傘がバチバチと水を弾く。


幸い風はないから横殴りにされることはないけど、それでも足元がちょっと濡れてきていた。


「しかし雨だなぁ」


「翔先輩は雨好きですか?」


「俺は嫌いだよ。靴が濡れるしな」


「あたしもです。雨の日って髪が重いんですよね」


「あー、わかる。指を入れるとするよな」


「どれどれ」


陽奈が開いてる手を俺の髪に差し入れて感触を確かめる。


といってもそんなに俺の髪は長くないので、わかりやすくするほどの質量はないんだけど。


「だからって俺の髪でやるなよ」


「嫌でしたか?」


「そういうことじゃなくてだな」


「じゃあ翔先輩もあたしの髪でやっていいですよ? 」


「そういう問題でもないだろ」


というか傘を持ってる片手と陽奈に抱かれてる片腕で触れる腕がねえ。


手が自由だったらやるのかと言われたら、……多分やらないけど。


「翔先輩はチキンですねー」


なんて言う陽奈がこちらを向くので、捕まれている腕をそのまま腰に回してぐっと抱き寄せる。


「!?」


陽奈の鼻先が俺の胸に触れるくらいに密着すると、先程まで陽奈が居た側を正面から走ってくる自転車がすれ違っていった。


「濡れなかったか?」


通り過ぎて行った自転車はゆっくり走っていたし、地面に水たまりもないので大丈夫だとは思うけど一応確認。


「はい」


答える陽奈の顔は少しだけ赤いような気がした。


気のせいかな?


「今日は優しいですね、翔先輩」


「気のせいだろ」


なんて言いつつ俺の隣に戻る陽奈の表情は、もう元通りになっていて、結局赤くなっていたのかはわからなかった。




「そういえば、陽奈の家まで行くのは初めてだな」


「あたしの家を知ってどうするつもりですか!?」


「そこまで送ってくんだよっ」


人のことを家まで無理矢理ついてきて、あわよくば中まで押し掛けようとしてる奴みたいに言うのはやめろ。


……、よく考えたら最近そんなことをした記憶があった気がするけどきっと気のせい。


「うちについたら寄っていきますか? お茶くらいなら出しますよ?」


「この格好でお邪魔してもなあ」


制服は傘で防げなかった分の雨で濡れてるし、このままあがっても床がびしょびしょになりそうだ。


「そうですね、流石にお風呂を貸すのはちょっと。多分お湯も張ってないですし」


まあ俺もいきなり人の家の風呂を借りる勇気はないが。


「でもシャワーなら使ってもいいですよ?」


「シャワー浴びても着る服がないだろ」


「たしかにうちのお父さんのは……。それじゃあ、あたしのシャツ着ますか?」


「着ねえよ、身長差どんだけあると思ってんだ」


推定25センチほど。


どう考えても服を貸せる体格差ではない。


「いいじゃないですか、へそ出しも似合うかもしれませんよ」


なんて言った陽奈自身が若干笑っててムカつく。


まあそれ以外にも色々問題があるしそもそもお邪魔する気はないんだけどさ。


「それじゃあやっぱり送ってくれたお礼は、また今度しますね」


と言われて、そういえば俺も陽奈にお礼をしなきゃと思ったことを思い出した。


「それなら、この前マフィンもらったし気にしなくていいぞ」


借りを貸しで相殺してプラスマイナスゼロ。


お互いに預けてるものがなくなって万事解決だ。


「それはダメです。あたしがちゃんと今日のお礼をしますから、翔先輩もマフィンのお礼はまた今度してください」


「なんでだよ」


「なんでもです」


なんて言い張る理由はわからなかったけど、別に困る訳じゃないしまあいいか。


そんな話をしているうちに、陽奈の家の前に着く。


「ここがあたしのうちです」


「これで年賀状送る時に困らないな」


「ちゃんとお年玉付きのはがきで送ってくださいね」


くだらない冗談にお互い笑って、陽奈が腕から離れてこちらを向く。


「翔先輩」


「どうした?」


「今日は送ってくれて嬉しかったです」


「別に大したことじゃないだろ」


その素直な感謝の言葉が照れくさくて誤魔化すように笑うと、陽奈が一歩前に出る。


「そんなことないですよ」


囁くように呟いた陽奈の顔が、とても近くて、一瞬呼吸が止まる。


「そんなこと、ないですよ?」


その距離は、そのままキスでもされるんじゃないかと思うほどで、息を飲むと、陽奈がふっと笑って一歩下がった。


「それじゃあおやすみなさい、翔先輩」


手を振ってから玄関へと消えていく陽奈に、まだお休みなんて時間じゃないだろ、なんて突っ込みは結局言えなかった。

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