24.会長、部屋の中

お邪魔しますと声をかけて、会長に続いて家の中に入る。


階段を上って右手に会長の部屋があり、先導する会長がドアを開けてそのまま招かれた。


中にはベッドに机、テーブルとタンスと一般的な部屋の家具が一式並んでいて、タンスの上に並んでいるくまのぬいぐるみが一番に目を引く。


「なにかしら」


と俺が見ているものに気付いた会長が、なにか文句でもあるのかと視線を向ける。


いや、会長にぬいぐるみはイメージじゃないけど、ギャップがあってこれはこれでいいと思います。


「かわいいぬいぐるみですね。触ってもいいですか?」


「ええ」


許可をもらって、真ん中に座っている子を持ち上げる。


大きさは30センチ程で一番年期が入っているのがわかるその子は、それでも大切に扱われているのが見て取れた。


「この子の名前はなんですか?」


「……、ウノよ」


「じゃあこの子が一番上の子ですね。男の子ですか?」


「そうよ」


「ちなみに何人兄弟ですか?」


「17人、……人?よ」


そんなに。


たしかに数えると、ちゃんとくまのぬいぐるみが17体並んでいる。


そのどれもが埃ひとつなく綺麗な状態に保たれていて感心していると、バッグを床に置いた会長がそのファスナーを開けようとするので制止する。


「体調が悪いときは無茶しちゃダメだよ、ミカちゃん」


なんてぬいぐるみを顔の前に掲げて声色を変えて言うと、会長が不意打ちを食らったような表情になる。


「ミ……、ミカちゃん?」


「美賀子ちゃんだからミカちゃんだよ」


「とりあえず……、ぬいぐるみで喋るのやめてくれるかしら」


「お気に召しませんでしたか?」


名前までつけてるなら、話しかけたりアテレコしたりしてるかと思ったんだけど、そんなことはなかったか。


若干滑ったみたいな空気になってしまったのでそれを誤魔化すようにウノを元いた位置に戻して、部屋のドアに手をかける。


「着替えの間、外で待ってますね。終わったら呼んでください」


伝えてドアを引いて外に出て、腰を下ろして少し待つ。


その間、手持ち無沙汰にスマホでも弄ろうかなと思いつつ、やっぱりなにもせずに待っていた方がいいかなと思い直した。


そして部屋の中で着替えているであろう会長のことを想像してしまい、ちょっと危ない気分になるのを振り払うと、背後のドアが開く。


「いいわよ」


言われて部屋に戻ると、寝巻きに着替えた会長が立っていて、思わず目を逸らしてしまう。


「どうしたのかしら」


と聞いてくる会長の薄手のキャミソールに豊満な胸を包むブラジャーの輪郭がくっきりと浮かんでいてどうしたもこうしたもない。


しかもうっすらと黒色なのも透けてるし。


下もショートパンツで太ももが眩しいし、完全に目の毒だった。


「会長は、いつもその格好で寝てるんですか?」


「そうね。起きるとたまに脱げていたりするのだけど、寝るときに厚着をするのは苦手なの」


なんて言われて、これが漫画なら間違いなく鼻血が出てたと思う。


そんな刺激的すぎる状況をなんとか我慢して、会長にはベッドに寝てもらう。


もうなんか、ベッドで寝るって単語だけでもいやらしく聞こえてきたけど。


そして会長がベッドに横になると、被った夏用布団の上からでもわかる大きな胸の盛り上がりが出来て、もう色々限界だった。


つーか、会長は熱があるんだしいい加減自重しよう……。


「体調はどうですか?」


「ちょっと熱っぽいだけで大丈夫よ」


「体温測ります?」


「寝て起きて、まだ調子が戻ってなかったら測ることにするわ」


と寝る体勢に入った会長に、俺はどうしようかなと思案する。


このまま会長が寝て部屋に残されたら、いたたまれない感じになるならないだろうか。


いっそもう帰っても問題ない気がするけど、会長にゆっくり休んでもらうという初志がまだ微妙に貫徹出来ていないなという気分に少し悩み、会長のバッグを見て思い付く。


「持ち帰った作業ってどういうものですか?」


「部の予算会議用の資料よ」


言った会長に許可を貰ってバッグの中から持ち帰った資料を見せてもらい、軽く説明を受ける。


「これくらいならやっておきますよ。データ入力して、全体比と前年比と人数比と、実績の評価を出しておくくらいでいいですか?」


「あなた、こういう仕事の経験があるの?」


「趣味でゲームのデータを纏めたりしてるくらいです」


データと、それを何に使うかを考えたら出すべき値は自然に決まってくるもので、経験がなくてもどうにかなるだろう。


まさかネトゲのwiki更新してる経験がこんなところで役に立つとは思ってなかったけど。


「Bluetoothのキーボードとかあります?」


データはあとで送ればいいとして、スマホでスプレッドシートに打ち込むにしても、物理キーボードがあった方が早く終わるので有ればありがたい。


「そこの、ノートパソコンを使っていいわよ」


「いいんですか?」


「ええ、でもあまり中身は見ないでちょうだいね」


ノートパソコンをテーブルにおいて電源ボタンを押すと、スリープが解除されてすぐに操作できるようになる。


そして、デスクトップの右下に『秘密』と書いてあるフォルダがあるのに気付いてしまった。


すっげえ、気になるんだけど……。


中身は画像かテキストか、もしくはそれ以外か、本当に好奇心が刺激されるけど、流石に我慢して見なかったことにする。


メニューバーからエクセルを開いて、キーボードをポチポチ叩き始めると会長が横になりながらこちらを見ていることに気付いた。


「煩かったですか? 耳栓使います?」


「どうしてそんなものを持っているのかしら?」


「授業中居眠りするのに便利なんですよ」


っていうのは冗談。


そしてそんな俺の冗談に、会長がクスリともせずに質問をする。


「川上くんは、どうしてそこまでしてくれるのかしら」


「無理やり連れて帰ってきて寝かせたのは俺ですから」


会長に仕事しないことを強要したんだから、その仕事を肩代わりするくらい自然な流れじゃないだろうか。


それにこの仕事が終われば俺も安心して帰ることができるし。


なんて考えながら、今度は俺が会長に質問する。


「会長はどうしてそんなに仕事熱心なんですか?」


「どうしてかしらね」


呟いた会長は、その理由を語りたくないのか、それとも自分でも理由がわかってないのか、もしくは理由なんてなくてなんとなくなのか、その口調からは読み取れない。


まあ会長の能力ならこれくらいの作業は後回しにするほどでもないって、体調と相談した自己診断の結果で、俺が過剰に干渉しているだけなのかもしれないけど。


そんな考えを巡らせている間に少しの沈黙が流れると、再び会長の声が聞こえた。


「ねえ、川上くん」


「どうしました、会長」


「なにかお話をしてくれるかしら」


なんて予想外のリクエストに、安請け合いで答える。


「いいですよ、それじゃあ俺が中学三年の頃の話を」


言って、作業は続けたまま記憶を掘り起こす。


「あれは暑い夏の日でした……。その日俺は、どうしても欲しい物があってお店の前で悩んでいたんです。するとどこからか現れた着物の男がこう言いました。「お前さんに良いことを教えてやろう。この呪文を唱えると、不思議なことが起こるんだ」」


と語っていると、会長が声を挟んでくる。


「ねえ、川上くん」


「なんですか?」


「仮にも病人に死神はないと思うわよ」


「そうですか? 好きなんですけどねこの話」


まあでもたしかに、ちょっと配慮に欠けていたかもしれない。


「じゃあうちの父親が俺の名前を決めるときに和尚さんに相談しに行った話にしましょうか」


「ええ、もうそれでいいわ」


なんて少しだけ呆れた声の会長は気にせずに、別のはなしを語り始めた。




「終わりましたよ」


なんて声をかけたのが作業を始めてから一時間ほど経ってのこと。


「早かったわね」


「これくらいなら誰でも出来ますよ」


結局、会長は眠らずにずっと起きていて、俺が寝るのの邪魔になってたかもしれない。


まあ実際寝られると俺が帰れなくなってそれはそれで困るシチュエーションだったんだけど。


「それじゃあ帰りますね」


俺が荷物を持って腰を上げると、会長がベッドから体を起こす。


「玄関まで見送るわ」


「そのまま寝てていいですよ?」


「鍵を閉めるついでだから気にしなくていいわよ」


と言われればそれ以上固辞することもできず、会長が階段で転ばないように内心気にしながら下まで降りた。


ベッドから出た会長の格好に、再び目が眩みそうになったのは秘密。


しかも薄着のせいで歩く度に立派な胸が弾むように揺れていたのも秘密。


「川上くん、今日はありがとう」


「感謝されるようなことはしてませんよ」


俺のしたことなんて、無理やり手を繋いで無理やり部屋に押し掛けてそのお詫びにちょっと仕事をしたくらいだ。


結局その仕事だって会長が無理にやろうとするから請け負っただけで、量自体は大したものじゃなかったし。


「それでも、感謝してるわ」


と重ねて言われれば、流石に二度否定するほどのことでもないので、受け取っておく。


「どういたしまして」


「それでお願いがあるのだけど」


「なんですか?」


「ちょっと目を瞑ってくれるかしら」


というやり取りは、今日生徒会室を訪れたときにしたのと逆のもの。


あの時素直に目を瞑ってくれた会長に倣って、俺も「なんの悪戯ですか?」なんて聞くことはなく素直に瞼を閉じる。


すると会長が一歩前に出る気配がして、俺の両肩に手が置かれ、すぐ近くに感じる息遣いに少し緊張して、おでこに柔らかいものが触れた。


その感覚に驚いて目を開けると、会長がすぐ目の前の鼻が触れそうな距離で微笑んでいる。


「キスしてくれるって言ったのにしてくれなかったから、お返しよ」


流石にその台詞と、おでこに残っている感触の意味するところを理解すると、色々開き直っていた今日の俺にも刺激が強すぎて、全身と、特に顔が凄く熱くなった。

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