21.回想、後悔

かけるは凄いね」


「当たり前だろ」


そらの褒める言葉に無邪気に胸を張っていたあの頃。


その頃はまだ、俺の中に不可能なんて言葉はなくて、手を伸ばせば何にでも届くと思っていた。


小学校の低学年の頃は勉強しなくても100点が取れて、運動してもクラスでは上の方で、高学年に上がってもなんでも人並みよりは良くできて、そのまま中学に上がって。


空と横に並んで、時折一歩前に出て。


「勝負しようぜ」


なんて持ちかけるのも俺の方で。


身長は俺の方が低かったけど、運動は俺の方が得意で。


部屋に来るのは前から空の方だったけど、今と変わらないのはそれくらい。


「翔はさ、好きな人いないの?」


って最初に聞かれた時は、まだ空に恋をしていなかったと思う。


「翔はさ、好きな人いないの?」


って最後に聞かれた時は、その気持ちを伝えるのが怖くて、冗談を言って誤魔化した。


格好いいところを見せたくて、空の前では張りきって、成功したり、失敗したり。


それでも、あの日、あの時までは、成功の方が多かったと思う。




本気になれば、何でもできると思ってた。


勉強だって、運動だって、恋愛だって。


そんなことあるわけないのに、そんな簡単なことにも気付かずに、失敗して、後悔した。


中学も三年になって今更そんなことに気付くなんて本当に馬鹿としか言えない。


俺はあのとき初めて、自分の愚かさを知った。


思えばもっと早く気付くべきだった。


でも、取り返しのつかない失敗をしてやっと気付くのも、ある意味俺らしかったかもしれない。


天才でも、選ばれた人間でも、恵まれた容姿があるわけでもない。


俺はただの凡人なんだと。


気付いたのは後悔したあとだった。




空にフラれてから、本人と会わない時間が続いた。


「最近空ちゃん見ないけど、どうかしたの?」


と母親に聞かれたり。


「お兄ちゃん、空さんと、喧嘩したの……?」


と妹に聞かれたり。


家が隣の幼馴染みで、ずっと一緒に過ごしてきたんだから、それは当たり前の反応だったけど。


幸いあの出来事から程なく夏休みに入ったおかげで、空と顔を会わせる機会は減り、それに併せて気まずさと後悔が膨らんでいく。


空と一緒にいることは、今までの日常では当たり前のことで、いないだけで違和感が俺を追いかけてくる。


去年までは夏休みだって、会わない日の方が珍しかったのに。


それでも空には会いたくない。


いや、会いに行く勇気がない。


それに、会ってどんな話をすればいいのかわからない。




部屋で何をするでもなく、目を閉じたままベッドで横になっている。


電気を消してカーテンも閉めきった部屋の中は真っ昼間でも薄暗く、エアコンの音だけが響いている。


朝から何も食べていない腹がぎゅるぎゅると唸り、何かしようかなと思って、やめた。


目が覚めてからどれくらいこうしているだろう。


何度かスマホが鳴った気もするけど、確認する気にはならなかった。




シャーっとカーテンの引く音が聞こえて、まぶたの裏に刺さる直射日光に眉を歪める。


いつの間にか寝てしまっていたようで、日光を腕で遮りながら目を開けて、心臓が止まった。


「いつまで寝てるのよ」


その普段と変わらない口調と姿に目を疑って、それでもその声は聞き間違えようがない。


体を起こすと、たしかに空がベッドの脇に立っている。


そしてその姿に何も言えずにいる俺に、空が再び口を開いた。


「あんた、宿題やってる?」


「いや……」


「まったく? 全然? 一ミリも?」


頷くと空が呆れた顔でこちらを見る。


「勉強するわよ」


俺の鞄を漁りだした空に吐き出すように答えた。


「勉強なんて、どうでもいいだろ……」


「いいわけないでしょ、受験生なんだから」


高校なんて、勉強しなくても入れるところでいい。


どうせ勉強なんてしてもしなくても、大差ないんだから。


そんな俺の考えを読んだように空が眉をしかめる。


「それより眠いから寝かせてくれ」


なんて再び横になって目を閉じても、眠気なんてまったくなかった。


それよりも空が急に現れたことへの驚きと、同じ部屋にいる居心地の悪さから逃避したかった。


そんな俺の様子に空は声をかけずに、でも動く気配がする。


まぶたの裏に映る日光が遮られ、ベッドが重さに沈むのを背中に感じる。


そしてなにも言わずにじっと動かない気配に圧されて、仕方がなくまぶたを開けて、驚いた。


枕の両側に手をついて俺の顔を覗き込む姿は、まるであの時と立場を逆にしたような体勢で。


その顔は普段見ることがないくらい真剣だった。


「ねえ翔」


そんな空がゆっくりと問いかける。


「翔は、あたしと一緒にいるの、嫌?」


「なんだよ、急に」


「答えて」


その冗談が一切含まれない口調に、俺も真剣に答える。


「嫌、……じゃない」


「そっか、よかった」


空が心からホッとした表情を浮かべる。


心の中では顔を見る度に痛みを感じる部分もあったけれど、だからといって、空を拒絶することなんてできなかった。


それから俺は再び体を起こして、空と一緒に勉強を始めた。


気まずさと、違和感と、後悔があったけど、それでもあの時からまた、ずっと空と一緒にいる。




だから、あれから俺と空は、一歩前に進むことも、元に戻ることも出来ずに、ずっと同じ場所にいる。

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