15.幼馴染、休日

朝、部屋の中で出掛ける準備を済ませる。


今日は日曜日。


外を見ると快晴で、天気予報のとおり雨の心配はなさそうだ。


ふと外を見ると向かいの部屋はカーテンが開いていて、誰もいない様子が見えた。


かける起きてる?」


「おー」


返事と同時にドアが開き、私服に身を包んだそらが姿を見せる。


白いシャツと同じく白いスカートに、水色のジャケットを重ねていて、いかにもよそ行きといった服装の空。


そんな空が俺の格好を上から下まで品定めしながらうーんとうなる。


「60点ね」


その点数が高いか低いかはわからないが、空のお気には召さなかったようでタンスを開く。


「そもそも前に空が選んだまんまなんだが」


「同じものなら同じ点数になるなんて甘いわね。流行は常に変わってくのよ。あと季節感も。ほら、こっちに着替えて」


と言って空が引っ張りだしたズボンに履き替える。


「ハンカチとティッシュ持った?」


「持った」


「身だしなみはオッケー?」


「問題なし」


「それじゃあ行くわよー」


「はいはい」


元気よく出発を告げる空は、朝からテンションが高かった。




電車に乗って人の溢れる駅前に降り立つ。


ちなみに事の発端は空が昨日、『明日出掛けるわよ』と送ってきたメッセージ。


朝から準備しておけと言われて正直面倒くさかったけど、予定がないのは把握されていたので断ることはできなかった。


でもまあこういうのもたまにはいいかと今更に思い、横に歩いている空と歩調を合わせる。


駅ビルから出ると、すでに高くなっている太陽がビルの合間から差し込んで、肌をジリジリと焦がす。


「それで、今日の予定は?」


「翔はなにかリクエストある?」


「なんにも考えてきてないぞ」


そんな俺の答えは予想していたようで、空がすぐに目的地を決めた。


「それじゃ、映画見に行きましょうか」


言われて歩を進め、はぐれないように人の波を縫いながら連れだってすぐ近くの映画館に入る。


中は流石に日曜日だけあって人が多く、チケットを買う人、売店を利用する人、映画を選ぶ人でごった返していた。


その中で俺たちも邪魔にならないように端に寄りながら、上映中の作品一覧を見て空が尋ねる。


「なにか見たいのある?」


言われて今日のラインナップを眺めて、その中のひとつを指差す。


「あれかな」


俺が選んだのは新作のアクション映画。


シリーズ三作目の続き物だけど、前作は一緒にブルーレイで見たから大丈夫だろう。


たしかその時は結構楽しんでいた記憶があるし。


「あたしはあっち」


と空が指差したのは恋愛映画。


てっきり空も俺と同じアクション映画を選ぶと思ってたから、ちょっと意外だった。


ちなみにあの映画は評判良いらしいと前に聞いた作品だけど、俺はあんまり乗り気じゃない。


という訳で、二人で右手を出して構える。


「じゃーんけーん」


「「ぽん」」


俺がグーで空がパーだった。




「面白かったわねー」


「そうだな」


結局空のリクエストを見ることになったけど、予想してたより面白くてよかった。


隣の空も満足できたようで、機嫌よく歩いている。


「ちょっと早いけどお昼にしましょうか。なにか食べたいものある?」


質問されて、俺がなにも考えずに答えた。


「じゃあラーメン」


「あんたね、女の子と出掛けてるんだからもうちょっと考えて答えなさいよ」


「女の……子……?」


「殴るわよ?」


言って拳を上げる空から一歩遠ざかる。


「冗談だって」


「まったく」


というか、普段はラーメンだって一緒に食うくせに、今日は怒ってきてどういうつもりなのか。


これじゃあまるで……、


「なにやってるの。行くわよ、翔」


「はいはい」


なんて俺の思考は空の言葉に遮られて、そのままあとをついていく。


しばらく歩いて空が足を止めた先はイタリア料理の店で、中に入るとメニューを眺めた空がパスタを頼む。


ラーメンがアウトでパスタがセーフの判定がわからねえ……。


どっちも麺類だろ?


なんて思ったけど口には出さず、俺もパスタを頼んで注文を待つ。


「映画面白かったわね」


「そうだな、最後の方とか前のめりになって見てたわ」


「あー、そうだったわね。アンタきっと後ろから見たら目立ってたわよ」


「別にいいだろそれくらい」


「まあ悪いとは言ってないけどね」


なんて言いながら、感想を語っていると、少し待って俺と空の前に皿が並べられて、二人で口をつける。


ちなみに頼んだのは空がカルボナーラで俺が明太子スパゲティ。


初めて来たお店だけど結構美味しい。


同じように空も料理に満足しているようで、くるくるとフォークで巻きながらくちへ運んでいく。


そして皿を半分ほど減らしたところでこちらを見た。


「そっち一口頂戴?」


「ん」


俺が皿を出すと、空もかわりにこちらに皿を動かす。


お互いにフォークで一口ずつ取って口に運んだ。


「こっちも美味しいわね」


と言う空のカルボナーラも結構美味かった。


「ねえ、今から交換しない?」


「断る。俺はこれが食いたくて頼んだんだ」


本当は別に味ならどっちでもよかったんだけど、なんとなくそのまま交換するのが嫌だった。


それは空のことが嫌いな訳じゃなく、むしろその逆で……。


「ちぇー、ケチ」


「そんなに食べたければ自分でもう一皿食べればいいだろ」


「流石にそんなには食べられないわよ」


言った空を怪訝な表情で見る。


「ん、どうした? 体調でも悪いのか?」


「人のことをナチュラルにパスタ二皿食う女扱いするんじゃないわよっ」


勢いよくツッコむ空に普段ならそれくらい食えるだろうにと思いつつも、その怒った様子がちょっとだけ面白かった。




「んー、気持ちよかったー」


食事を済ませたあとに入ったカラオケ屋から出て、空がグッと伸びをする。


長い時間を二人で交互に歌ってたお陰で、空の声は微かにかすれていた。


俺の声も同じように、ちょっとだけ掠れているかもしれない。


「それで、次はどこに行くんだ?」


「あそこよ」


と先導する空が指差したのは、ゲームセンター。


中に入りキャッチャーコーナーを通り抜けていく。


その際に周りを見ると、休日だけあってカップルの姿が多い。


俺たちも、外から見たらそう見えるんだろうか……。


「翔」


声をかけられて、思考が現実に戻ってくる。


「どうした?」


「あれやりましょ」


指差した先にはパネルを踏んでダンスするゲームの筐体が置いてあった。


それを見て、子供の頃好きだったけど自宅でマットを使ってプレイしてたら、うるさいって理由で空共々親に怒られて禁止されたなあと思い出す。


「負けた方の奢りよ」


「しょうがねえな」


ニヤリと笑って言う空とふたり並んで筐体に上がり、それぞれ100円を投入する。


コンフィグを済ませ、最初は空が選んだ曲の簡単な難易度を選択。


それをプレイしていると、激しく跳ねないくらいの曲でも段々体が暖まって、昔の感覚を思い出してきた。


結局その曲は二人ともフルコンボで終了して、そのまま俺がもう一段階難易度を上げて曲を入れる。


タンタンタンと踏みながら、リズムに合わせて体を動かす感覚が楽しくなって、気付けば更に一曲が終わっていた。


今度の結果は二人ともフルコンボはならず、コンボの途切れた場所の差で俺の勝ち。


ふう、と息を吐きながらうっすらと浮かんだ汗を撫でると、空が曲を選んで、更にもうひとつ難易度をあげる。


「次はこれよ」


「おいおい、ゲージがなくなったら途中で終わりだぞ?」


「翔が死んでもあたしが生き残ってればいんでしょ?」


挑発的に笑った空に、俺もニヤリと笑って返す。


そして曲が始まって、大量に昇ってくる矢印を捌いていく。


そのまま途中まではなんとかプレイしていたが、一段階テンポが上がったとろこでついに足がもつれる。


「ぐえっ」


そのままゲージが無くなって先に死んだ俺が、隣でまだ躍り続ける空を見ると、跳ねるのに合わせてふわりと浮くスカートに目を奪われた。


その綺麗で、でもちょっとだけ危ない様子に、筐体が並んで奥まった場所にあるから人に見られる心配はないけれど、それでも俺が隣にいるんだからもうちょっと気にした方がいいんじゃないかと今更ながらに思う。


なんて考えてみても、楽しそうに呼吸を弾ませながら、汗を輝かせて楽しそうにプレイする空は、ちょっと眩しくてなにも言えなかった。


「あーっ、おしい!」


と曲の終了直前で死んでそのまま終了になる空。


「ちょっと翔、もっと頑張りなさいよ」


「俺が死んでも問題ないって言ったのはお前だろ」


空の抗議に言い訳をする。


結局、勝負は引き分けと言うことで二人でもう100円ずつ入れて次のプレイを始めたが、その間もずっと俺は空のスカートがちょっとだけ気になっていた。




結局夕方まで遊んで、電車で帰ってくる頃には西の空が黄金色に染まっていた。


「それで、今日はなにがしたかったんだ?」


帰り道を横に並んで歩く空に聞く。


急に出掛けると言うからなにかあるのかと思ったが、結局なにもなく遊んだだけで帰ってきてしまった。


「別に、ちょっと遊びたくなっただけよ」


それなら別に前日に言わなくても朝起こしに来るだけでよかったんじゃ、と少し思う。


「それで、今日は楽しかった?」


「まあ、悪くはなかったかな」


「そっか」


楽しかったし、家で一日中過ごすよりは有意義な一日だったと思う。


少しだけ、戸惑うところもあったけど。


「ねえ、翔」


「ん?」


そんな事を考えていた俺に、呟いた空が一歩前に出て、くるりと振り返る。


「今日のこと、忘れないでね」


優しい声でそう言った空の顔は、金色の夕陽が眩しくて、よく見ることができなかった。

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