11.幼馴染み、卓球

かける、卓球するわよ」


「いきなりどうした急に」


放課後、急に現れたそらに質問を返す。


帰りのホームルームが終わって間もなく、周りにはまだ結構なクラスメイトが残っている。


おそらく、あっちのホームルームが終わってすぐにここに来たんだろう。


「だから、卓球よ」


「学校で?」


「そんなわけないでしょ」


いや、卓球と言われたら体育館が第一候補だと思うんだが。


「とにかく行くわよ」


「はいはい」




という訳で連れてこられたのは学校の近くのアミューズメント施設。


卓球の他にボーリングやビリヤード、あとカラオケなんかも入っている。


第一候補の学校を否定されたから、場所がここなのはわかっていたけど、実際に来るのは久しぶりだ。


受付を済ませて、指定された台へと向かい、荷物を下ろして空が楽しそうにペンホルダーラケットを握る。


ちなみに俺は両面のシェークハンドラケット。


カッ、カッ、カッ、とラケットで回転をかけながらリフティングをする空が、最後にキュッとバウンドさせずにピンポン玉をラケットに乗せてこちらへ向く。


「それじゃあいくわよ」


「いつでもいいぞ」


向こう側で台のすぐそばへと立って構える空を、少し引いた位置から眺める。


ふわっと浮かせてから鋭く弾き、対角に打ち込んでくる玉をフォアハンドで返す。


逆回転が掛かった玉を空が振り抜き、今度は逆に打たれた玉を今度はバックハンドで返した。


そのまま何往復かラリーが続き、空の打った玉が俺の横を抜けガッツポーズをする。


「よしっ」


台の周りに張られたネットに当たって戻ってくる玉を拾いながら空に言う。


「スカートではしゃぐとパンツ見えるぞ」


「翔とじゃそんなに激しく動くほどいい勝負にならないわよ」


「言ったなコイツ」


そのまま交代にサーブを続け、スコアは6対10。


段々体も暖まってきて、俺が勢いをつけてフォアハンドで対角に返した玉を空が更に対角に打ち返す。


全力で角度をつけて打ち込まれた玉を、台から横に一メートル近く離れた場所で追いついた俺が、体を横に傾けながらボールの斜め上を擦るように振り抜く。


そのまま強く回転したボールがネットの横を回り、ギリギリ台の上に届いてカカンッと短く二度跳ねる。


「よしっ」


今日のベストショットに思わず声が出た。


「なかなかやるじゃない」


その様子を見て、台の向かいで空もニヤリと笑った。




「ふっ、余裕だったな」


「そういうのは全体で勝ち越してから言いなさいよ」


不敵に笑った俺に近寄った空が後頭部をラケットでコツンと叩く。


俺が3セット目を取ったところで、空は5セット勝利で結果は3-5。


流石に疲れたので、そのあとは流しで軽く打ち合う。


温泉の卓球場でよく見れそうな緩いラリーに、空が口を開いた。


「そういえば、昨日の放課後ってどこにいたの?」


「会長と話してた」


「会長って、生徒会長?」


「そう」


「翔が会長と知り合いだったなんて初めて知ったわ」


「最近偶然知り合っただけだしな」


というか空から隠れたのが原因だったわ。


「翔って会長のことが好きなの?」


「は?」


急に変なことを言われて狂った手元からボールが盛大に飛んでいく。


「ちょっと、どこ飛ばしてるのよ」


呆れたようにボールを追い背中を見せた空にため息をついて答える。


「んなわけないだろ」


「そっか」


向こうを向いたまま呟いた空が奥のネットに引っ掛かったボールを拾うために腰を曲げ、それに合わせて制服のスカートが持ち上げられて、その下が見え、見え……、


「なに?」


「なんでもない」


ボールを拾って振り返った空から視線を逸らす。


危なかった。




そのあともう一セット本気で勝負して満足したところでラケットを置く。


勝敗は聞くな。


「楽しかったわねー」


「たまには運動もいいもんだな」


汗を拭く空のラケットも回収して返却用のかごに入れる。


「やっぱりなにか部活やればいいのに」


「その台詞はそっくりそのまま返すわ」


そもそも俺より空の方が運動神経も体力もあるんだから、もったいないと言うなら空の方だろう。


「あんたも使っていいわよ」


と、投げられた制汗スプレーをキャッチして、シューっと服の下に吹くとレモンの香りが鼻をくすぐる。


使いすぎないように加減してスプレーを止め、空に返した。


「ほら」


と、差し出した制汗スプレーを見て、空がうーんと唸る。


「あんたそれ、持ってなさい」


「いや、なんでだよ」


「だってあんた、朝とか体育のあととか、汗かいてもなにもしてないでしょ」


「男子はみんなそんなもんだろ」


「いいから、持ってなさい」


「はいはい」


結局それをバッグにしまって、会計を済ませて外に出た。




帰り道、視線の先には広がる海に夕日が反射して、金色に輝いている。


運動のあとの夏の空気はまだ暑くて、頬を流れる汗を指でぬぐう。


風が吹いて隣を歩く空からレモンの香りを薄っすらと感じた。


自分も同じ匂いをさせているはずなのに、どうして空の香り認識して、それを意識してしまうのか。


「ねえ、翔」


並んで歩いていた空が口を開く。


「どうした、空」


「中学の頃も卓球して、帰りにこの道歩いたの覚えてる?」


それは、俺と空の距離が今よりもっと近かった頃の話。


「あの頃は翔よりもあたしの方が身長高かったのになー」


今では俺の方が15センチくらい高い身長が、まだ逆転する前。


先に成長期がきた空の顔を見上げていたことを思い出す。


たしかあの時は、帰りに空が転んで足を捻って、おんぶして帰ったんだった。


「おんぶして帰る時、重くて大変だったけどな」


「失礼ね、あたしは昔も今もずっと軽いわよ」


笑った空が、すっと表情を落として水平線の先を見つめた。


「懐かしいなあ……」


遠い目をして感慨深く呟いた空に、胸の奥が締め付けられる。


いつの間にか夕日は沈んで、海が金色から黒色に、変わっていた。




家に帰って靴を脱ぐと、後輩から画像が送られていることに気づく。


階段を上りながらスマホを操作し、画像を開いたところで階段を踏み外し、すねを思いっきり角にぶつけた。

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