07.お嬢様、ラーメン(前編)

目の前の女子の整った顔と、背中まで伸びた綺麗な髪と、高校二年生にしてはだいぶ低い身長。


学校帰りの制服姿でもどことなく品の良さを感じるのは着こなしからか、それとも所作から滲み出ているものか。


その電柱の影のクラスメイトを見て、名前を記憶の隅から引っ張り出す。


「えーっと、小海こうみさん?」


「はいっ」


振り返り、勢いよく返事をして背筋を伸ばす彼女は明らかに緊張していて、話しかけない方がよかったかなとちょっと後悔。


そもそも大して親しくもないクラスメイトに話しかけられても困るよな。


というかワンチャン俺がクラスメイトって認識されてなくて、一方的に名前を知ってる不審者扱いかもしれない。


そんなことを考えても今更スルーすることもできないので、なるべく不審者オーラを消して話しかけてみる。


「こんなところでどうしたの?」


「はい。らーめんを食べてみたくて、ここまで来たのですが……」


詰まった先の言葉を察する。


小海さんはいいところのお嬢様らしいという噂を聞いたことがあったので、一人で飲食店に入るのに慣れてないんだろう。


それでなくても女子が一人でラーメン屋はハードルが高そうだし。


ここで放置すると薄情な奴に見えるけど、誘うとナンパ野郎に見えそうで嫌だなと思考の板挟みに陥り、結局会話を迂回させる。


「一人で入るのは緊張する?」


「はい……」


その不安そうな表情を見て、どうするか決めた。


「それじゃあ一緒に入る?」


「よろしいんですか?」


その捨てられた仔犬が拾い主を見つけたみたいな表情は反則だと思う。


俺が頷くと、小海さんが一歩こちらに踏み出して電柱から離れる。


「ありがとうございます、川上かわかみさん」


小海さんが嬉しそうに微笑む。


ちゃんと名前を覚えられてたんだな。




「二人です」と店員さんに伝えるとそのままテーブル席に案内される。


個人的に向かい合うとちょっと会話に困りそうな予感がしたからカウンターでもよかったんだけど、まあいいか。


店内には熱気とラーメンの匂いが満ちていて、それだけで食欲を刺激する。


視覚的にも聴覚的にもやっぱりラーメンの飯テロ性能は一級品だ。


そうだ、注文が来たら写真を撮って、夜中になったら一郎いちろうにでも送ってやろう。


なんてことを考えながら小海さんに席を促して向かいに座る。


緊張しながらも興味深そうに店内を観察する小海さんを見ながらメニューを開く。


そこでメニューがテーブルにひとつしか無いことに気付いて、それを半回転させて小海さんに差し出す。


「お先にどうぞ」


「ありがとうございます」


小海さんがお礼を言って遠慮がちに身を乗り出してメニューを覗き込むと、テーブルの上に胸が乗ってそのまま持ち上げられる。


実際に支えたら重そうだな、なんてセクハラ発言はおいておいて、本人に気付かれる前に視線を逆さまのメニューに戻した。


今更ながらあえて意識しないようにしていたけど、小海さんはかなり胸がデカい。


おそらく150センチくらいの身長に、かなりのサイズの胸が強調されて、油断すると視線が吸い込まれそうになる。


その大きさは男子の間でも話題によく上がったりするし。


ちなみに、俺が小海さんの名前を覚えてたのは別にその容姿のせいではない。


断じてない。


というかなんか最近胸が大きい相手とばっかり縁があるな……。


元から知り合いの空はそんなにだし、妹のかなに関してはペッタンコだけど。




「どれにするか決まった?」


逆さまのメニューで注文を決めてから少し待って聞くと、小海さんが申し訳無さそうに顔を伏せる。


「すみません……。初めてでどれにするか迷ってしまって」


メニューとにらめっこしていた小海さんを見て思う。


もしかして、そもそもラーメンを食べたことがないんだろうか。


確かに一度も食べたことないと、豚骨とか言われてもピンとこないかもしれない。


まあ実際はラーメンを食わずに育った人間の思考なんてまったく想像できないんだけど。


「迷ったら店が一番推してるの頼んでおけばいいんじゃないかな」


とメニューの頭に一番大きく画像が載っているものを指差す。


店名を冠したそのラーメンは初見の店では一番ベターな選択だろう。


俺は毎回気分で選ぶし、客観的に見てどれが一番美味いかなんてわからないけど。


「では、これにしてみますね」


注文を決めた小海さんに目をやって、店員さんを呼ぶ前に一応確認しておく。


「量は普通で大丈夫?」


一部の基準がおかしい店と違ってこの店はラーメン屋としては標準的な量だと思うけど、それが女子に適切な量かはわからない。


他の料理で伝えようと思っても、お嬢様に伝わりそうな比較対象が思い浮かばないし。


ちなみに空は大盛りを頼むけど、あいつが女子の標準じゃないことだけはわかる。


「大丈夫だと思います」


と答えた小海さんには顔に自信が見えた。


結構量食えるのかな?


「それじゃあ店員さん呼ぶね」


顔を厨房に向け、「すいませーん」声をかけると「少々お待ちください」と声が返ってくる。


そして小海さんに先に注文をするように促してから、自分の注文のためにメニューを半回転させてさせて確認する。


「味噌ラーメン大盛り、チャーシュー、味玉二つ、海苔トッピング。あと餃子一皿で」


注文を復唱して去っていく店員さんを見送って、小海さんの若干ポカンとした顔に気付く。


…………、もしかして頼みすぎたか? それとも餃子がまずかったか?


なんて思ってもあとの祭り。


空と来るときはいつもこんな感じだったから、普通の女子の感覚がわからない部分はあります。


つまり俺は悪くない。


うん、自己弁論しててもしょうがないのでなにか話題を振ろう。


「小海さんはどうしてこの店に?」


「クラスの方が話題にしているのを聞きまして、以前から来てみたいと思っていたんです」


確かにここは学校からそんなに遠くないし、評判もいいので学生がいるのもよく見かける。


さいわい今日は店内に学生服は見えないけど。


「川上さんはよくこのお店を利用しているんですか?」


「たまにしか来ないかな。だから今日小海さんと会ったのはレアな偶然」


なんと言っても親の怠惰が発端だし。


「なら私は幸運でした」


なんて不意打ちで言われて、その嬉しそうな笑顔に上手く反応が出来なかった。




※後半に続きます。

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