第13話『叶わぬ恋をしちゃいましたぁ〜♡』
『それじゃあ、また会おうねー! みんなありがと〜!』
センターに立つ一番人気の娘、その可愛い可愛い声がマイクからスピーカーを通して会場に響き渡る。それに呼応するように観客のドルオタ共(俺含む)は「うぉぉおー!」と声を上げた。
まさにズッキュン叶わぬ恋をしちゃいましたぁ状態だ。アイドルにハマるヤツの気が一切知れなかったわたくし
「くぁあ……。もう終わった?」
「あぁ、終わってしまった。……アンコールってもう一回しちゃダメなのかな!?」
「知らない。なんでもいいから早く出ようよ、もう熱気が気持ち悪い」
その言い方だと熱気溢れるヲタたちが気持ち悪いみたいになるからね、ちゃんと「熱気で汗かいて気持ち悪い」って言おうね滅入莉ちゃん。
しかしながら俺もその意見には激しく同感だ。人生初ライブでバイブスいと上がりけりで汗だくになってしまった。
「でも楽しかったんなら良かったね。チケットくれたゴトアラに感謝しないと」
「そうだなー。基本アイツと絡むと下ネタばっかだから逃げてたけど、いい仕事する時もあんだなー!」
「大丈夫だよネムくん。“逃げるは恥だが役に立つ”からね」
「おっ、さすがは逃げ恥世代。でも俺は恋仲も忘れちゃあいねぇぞ」
「ネムくん好きだよねー恋仲。ちな私家入の曲恋仲しか知らん」
そう、今日このライブにやって来れたのは何を隠そう
というか五十嵐さん部活してたんですね。へぇー、へぇへぇー。3へぇいただきました。
会場を出て、俺と校倉は2時間ぶりに外の風を浴びる。このライブ会場は砂浜と隣接しているため、その風に乗って潮の香りが鼻腔をくすぐってくる。夕日になりかけている太陽を横目に、俺は校倉に問いかけた。
「なぁ、校倉は誰派?」
「二乃かなー」
「あ、いやそっちじゃなくて」
「あ、じゃあ墨ちゃん派」
「うん、だから違うって」
このクソバカマンガオタクめ、頭ん中マンガしか詰まってねぇんじゃねぇのか。話の流れで分かるでしょ、さっき見てたアイドルグループのメンバーで誰が好きかの話してんだよ。
ちなみに俺のイチオシ(今日初めて見た鬼のにわかの意見)は、センターよりもっと後ろ側にいた超清楚系っぽい娘だ。名前は
やっぱり日本人はああでないとなぁ。センターのギャルっぽい娘も万人受けする顔しているとは思えるが、俺の好み(付き合いたいか)かと言われれば首を横に振らざるを得ない。付き合うならやっぱりお淑やかで落ち着いた清楚な娘がいい。
ということを校倉に対していつものごとく好き勝手一方的に話すと。
「……付き合えるわけないじゃん、人気アイドルだよ?」
「いやンなこたぁ分かってるよ……。そんな引かなくたっていいじゃん」
「まあなんだっていいけど。あの人たちはネムくんみたいな人たちに夢や希望を売ってるわけだしね。ネムくんが考えるだけ無駄な幻想を抱いちゃうのも無理ないよ」
「急な饒舌が的確に俺の激弱メンタルへし折りにきてんだけど」
相も変わらず毒吐く時のイキイキした顔はものっそい可愛いのよねぇこの子。代わりに俺の酸化ホウ素よりも弱いハートがバッキバキになってますけども。マジアモルファス(言いたいだけ)。
「そんなことよりネムくん、どっかお風呂屋さん行かない? 帰る間ずっと汗ベタベタなのヤダ」
「おぉ、お前から寄り道の提案とは……。うん、いいなどっか銭湯でも行きまっか!」
「うん」
校倉と銭湯なんていつ以来だろう。いや、というか行ったことないかもしれない。一緒に風呂入った経験は数知れず、しかしながらお風呂屋さんに行ったことは一度もないはずだ。
世の男子高校生は女の子と二人で銭湯に行くなんてことになったら、どっちの気持ちに転ぶんだろうか。喜びか、はたまた喜ぶほどのことなのかハテナで思考を支配されてしまうのか。
ちなみに俺は今どっちもです。嬉しいような、本当に嬉しいことなのか分からん。別に一緒に入るわけでもないんだし、それなら一緒にプール遊びに行くとかの方がいいし。
△▼△▼△
その後、会場から絶妙に歩く距離にあるスーパー銭湯にまで俺と校倉は汗を流しにやって来た。こんだけ歩く時間あったんなら、家まで帰って自宅の風呂にゆっくり浸かれたんじゃないかという考えは、言わずもがな思ったけど口にはしていない。
俺たち以外のお客さんはいるにはいたが、かなりまばら。結構大きめの銭湯だけに人の少なさがより際立っているように感じた。まあ人がいないに越したことはないんですが。
身体を洗い、湯船を楽しんだのち、女湯に向かって「先に上がっとくぞー」と声をかけると、校倉から控えめに「りー」と返事がきた。女の子のお風呂は長いものだと理解のある俺が幼馴染で良かったな校倉! 人が少ないとは言え、女湯に向かって大声で話しかけるというモラルの無さに関しての意見は受け付けておりますん。
「くぁー、美味い! やっぱ銭湯来たらコーヒー牛乳飲まないとだよなぁ」
誰に言うでも無しに、俺はコーヒー牛乳を一気に喉に流し込んで言う。なんで風呂上がりのコーヒー牛乳ってこんな美味いんだろ。あと風呂上がりのざる蕎麦な、俺的にこれは外せねぇ。
「あーもう! なんで出てこないわけマジでイラつく!!」
唐突に、そんな荒々しい声が聞こえた。顔を上げると、そこにはさっき俺がコーヒー牛乳を買った自販機の前で明らかに不機嫌な顔をした少女が一人。何度も何度もボタンを連打しているが、自販機が動いてコーヒー牛乳が取り出される様子はない。
とその時、突然少女の視線が俺に向いた。バッチリ合う目と目、恋に落ちるどころかバチクソ睨まれている。
「あ? 何見てんのなんか文句ある?」
「いや、別に文句はないですけど…………ん?」
「あ? 何?」
「ん、んんん〜!?」
おいおい、コイツァ一体どういうことだ。俺は夢でも見てんのか? それともキツネに化かされ馬鹿にされてるのか?
どうして俺の目の前に、あの
「んぁ、そのタオル……。あんたまさかライブの客!?」
「は、はあ。いかにもつい先ほどまで会場でペンライト振り回してましたけど。え、やっぱり数珠和御茶々、ホンモノ!?」
「わーわー声デカいっ! マジでバカじゃないの!? 気ィ利かなっ! 死ねば!?」
えー、そこまで言う? 俺とあなたって確か初対面ですよね、ステージ上と今とでギャップがあり過ぎるんですが。
マジで信じられない。この死んだ目をした性格悪そうな子が本当についさっきあのステージで歌って踊っていた美少女だってのか? 信じられないってか信じたくねぇ。
世のアイドルみんなこんな感じなのだろうか。そりゃもちろんステージの上に立つ時とプライベートが全く一緒ということはないだろうけれど、ここまでギャップがあるのは想定外だ。
俺結構
「あーもうマジでサイアクなんだけど。せっかくわざわざ会場から若干歩くとこにある銭湯まで来たのに、何でよりによって客にあっちゃうかな」
「マージか、コイツァ清楚のかけらもねぇな……」
「あ、このことは他言無用で。もし誰かに漏らしたら、分かってんでしょーね?」
「いや分かんねぇよ。あと俺絶対言っちゃうと思うけど安心してくれ、友達いねぇから!」
「そんな満面の笑みで言われても困る……。てゆーか言うなし! 自分の口軽いこと分かってんなら自重してよ!」
いやはや至極ごもっともなご意見でして、あっし返す言葉が見つからねぇでやんす。マジど根性でやんす。
しかしまあ、“言われたら言い返す倍返しだ”が俺のモットー。言われっぱなしは俺の性分に合わないというもの。
「おいおいそれが人にものを頼む態度かァ? 俺の一言であんたのブランドイメージは崩壊しちまうんだぞ?」
「……チッ! はいはい分かったわよ! お願いだから私のプライベートのことは口に出さないようにしてください! これで満足!?」
「おう、満足した満足した。……口に出さないとは言い切れないけど」
「はぁ!? ちょ、あんたナメてんの!? キレていい!?」
「いや、お前はもう、キレている」
「ネムくん、イマドキJKに北斗神拳は通じないよ」
背後から聞き馴染みのある落ち着く声が届いた。やる気どころか元気もいわきもない、我が幼馴染滅入莉姫の声だ。第一自分自身がイマドキJKであることを忘れている時点で校倉以外の何者でもないし、北斗神拳が分かるJKも校倉くらいだろう。
振り返ってみるまでもないが、一応後ろを見てみると、やっぱりそこには“湯上がり校倉”が完成されていた。ちょっと紅潮した頰、しっとりした髪の質感、普段のナチュラルメイクが落ちたことによる自然体の美しさ、もしかして俺の幼馴染最強か?
「校倉! 見ろ、
「ちょ、この人知り合い!? てかなんで言っちゃうの!? マジで口軽いな!」
「言われなくても気付くよ。私、一度見た顔は忘れないから」
ジッと数珠和を見つめてそう言う校倉。嘘こけ、クラスメイツすら覚えてあられないでしょうあーた。その言葉、
「私は別に悪いことだとは思わないよ、ステージ上とプライベートとでキャラが違うの。営業マンが得意先の前では媚びへつらって、仲間内ではボロカス暴言吐くのと一緒だよ」
「ア、アタシだって悪いと思ってないし! ずっと肩肘張ってられないっての!」
「いやいや俺だってそのステージの上とは真逆の汚い言葉遣いとかガン飛ばしまくってる目付きとかを悪いとは言ってねぇよ? ただっw、明らかにキャラ作りしてんだなぁって思うと可笑しくっw、なるじゃんww?」
「さ、最低だコイツ! ド腐れ外道だ! 吹き出すほど笑う必要なくない!?」
「私に言われても……。ネムくん基本的にこんな感じで性格ゴミカスだからなぁ」
ふっ、まあそれを補うように頭脳明晰スポーツ万能眉目秀麗のトライフォースを持ち合わせているがな。人間ちょっと弱いところとか欠点があるくらいのがちょうどいいのよ。
「と、とにかく! このことは言わないでください! お願いだから……!」
「あー、大丈夫大丈夫。ネムくんはマジで大した友達いないし、言ったところでネムくんのこと信じるほど周りから信頼度ないから」
「校倉のことも気にしなくていいぞ! 他人への興味関心意欲態度万年もう少し頑張りましょうだからな!」
「よく分かんないけど、バレたのがあんたらで良かった……」
よく分かんないけど、その良かったって俺たち軽蔑されてますよね? 一個下の女の子にナメられたもんだぜ、可愛いから許すけど。
△▼△▼△
「え……っ!」
「……はぁ?」
翌日。いつも通り校倉の朝支度を待っていて遅刻ギリギリに登校し、普段通りテキトーに授業を聞き流し、そして食堂でランチタイム突入の寸前。
俺はどうやらまだ夢を見ているか、もしくはキツネに化かされ続けているらしい。
「え、いや意味分かんない……。は? ドユコト? なんでいんの!?」
「意味分かんないはこっちのセリフだわ。お前、暗誠高校通ってたん?」
「そ、そうだけど……。てかウソあんた二年!? 先輩!?」
「なんだよ、年下に見えてたってのか?」
「逆だしもっと老けて見えたんだし!」
「……」
初めて老けて見えたとか言われた。見た目に関しては褒められたことしかないからちょっとショックだ。いやこの場合の老けてはきっと大学生とかそれぐらいなんだろうな。うん、そうに違いない。
「あ、昨日の……」
「校倉! お前知ってたか!? 数珠和御茶々がウチの学校だって!」
「知るわけないじゃん。私クラスの人も全員覚えてないのに、一年のこととかもっと興味無いし」
「だ、だよなー」
「えー、でも一年にアイドルしてる子がいるっていうの結構有名だと思うけど」
校倉と一緒に食堂にやって来た
「あぁんもぉ! 昨日からツイてない! 変な客に会うし学校も同じだしマジでサイアク!! 頼むからもう二度とアタシと絡まないで! あともうライブにも来ないでよ!?」
「なんでだよライブは行くわ。俺今アイドルに沼ってっからよー、来週も応援しに行くから楽しみにしてろよ!」
「わぁぁキモいキモい! こんなライブの客は嫌だで大喜利してんのかよ気色悪い近寄んなぁ!」
「ネムくんは女の子ばっかりと仲良くなるね。まだ終末のハーレムの方が男キャラ出てくるよ?」
それは流石に盛り過ぎだろーとも言えず、俺は今後男キャラの登場に期待するばかりです。
【第14話へ続く】
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