第11話『オチだと思ったらオチじゃなく今話の主軸で結局オチになるのかと思いきやオチじゃありませんでした』

 校倉からオススメのマンガを借りるようになってから俺、合歓木ねむのき麻耶あさやは少女マンガにドハマりしてしまった。

 校倉の推してくるマンガはどれも面白く……というかおそらく校倉が俺の好みに合わせてきている。マンガオタクの本気の布教を侮るなかれだ。下手すりゃ危ないクスリ以上にどっぷり浸からされてしまう。

 というか少女マンガがすごいんだ。今となっては自分で少女マンガコーナーまで足を運んで一気買いとかしちゃうまである。所詮は女子が読むものと切り捨ててきた昔の俺が馬鹿だった、反省してまーす(某スノボ選手風)。


「いやぁ……いい映画だったなぁ!」

「そうだね。でも、ネムくんは流石に泣き過ぎだと思うけどね。今見たの、ディズニーだし」


 おいおいなんだよその言い方は。まるでディズニー映画が号泣するほどのものじゃないみたいな言い方じゃねぇか。まあ、泣きはしても号泣はあんまりないか。

 んでもこちとらハリポタで号泣は余裕、何ならポニョでも泣けるんだぜ? いいよねポニョ、大嵐の中ポニョが人間の女の子になって海の上を走って宗介を追いかけるシーン、すっごい泣けるんだよね。


「ネムくん涙腺緩すぎなんじゃない? ディズニー映画でそんだけ泣いちゃうなら『ALWAYS』とか観れないでしょ」

「ばっかお前っ、三丁目の夕日なんて感動し過ぎて涙で何も見えねぇから。何ならラーメン屋連想しただけで泣けちゃうから」

「いやそれ分かる人そうとう限られてくるけどね」


 少女マンガが原作の映画を観に行こうと、俺が誘いそれを校倉は確かに了承した。にもかかわらず、いざ映画館まで来てみれば、「私、アナ雪観たい」とか何とか抜かしやがるのだ。

 新手のドタキャンですよこれは。見ようによっちゃあ、予定日いきなりの「やっぱいけないわ」系ドタキャンよりもタチが悪い。

 要するに約束通り遊びに出掛けたはいいものの、約束していた遊び内容丸々すっぽかしたことになるわけだ。映画館に入るまで、頭は完全に胸キュンしまくるつもりだったのに、今では未知の旅へぇぇ〜という美声が反響反芻しまくっている。


「お腹空いたし、一旦フードコート行かね? 店見て回るにしても、どこ行くか考えたいだろ? どうせ最後は本屋だろうけど……」


 頭から音楽を振り払い冷静になってみると、腹が減っていることに気付いた。ポップコーンも食べながらの視聴だったというのに、我がことながら男子高校生の食欲恐るべし。

 そこで校倉に腹ごしらえを提案し、先陣切ってフードコートへ足を向けるも、校倉は一点を見つめてピクリとも動こうとしない。何事かと校倉に近寄ると。


「ねぇネムくん。私の目が正しいのならあそこにいるのはゴトアラだよね?」

「はぁ……いや校倉、お前の目は節穴だ。あそこにいるのは五十嵐ごとあらしじゃねぇ」

「あ、そう」


 何かと休日は五十嵐にばったり会うな。りんちゃんと一緒に買い物に来た時も偶然会ったし。

 そしてこういう時の五十嵐は大抵ポッと出てパッとオチ作って終わる。もはや絡もうが絡むまいがコイツでオチることは自明なんで、なるべく変態と街中で絡むのは避けておきたい。どうせ今回も五十嵐のド変態ネタがオチなんだろう――。

 ――と、そう思っていたのも束の間。


「でもゴトアラ、男といるんだけど」

「は!?」


 校倉の単調でフラットな声に、俺は思いっきり振り返る。その時の俺はフクロウばりに首の可動域が広かった気がする。

 校倉の視線の先を見てみると、確かにそこには五十嵐ともう一人若い青年の姿があった。二人は時折何かを話して笑い合い、仲良さげだ。


「彼氏、かな?」

「あの五十嵐に? どんな物好きだよ」

「ネムくん、世の中には色んな趣味嗜好の人がいるんだよ」

「……」


 それを言われちゃあお終いよ。


「分かんねぇぞ、もしかしたらエンコーかもしれねぇ」

「ゴトアラに失礼だなぁ。可能性無きにしも非ずんばだとは思うけど」

「そだろー? 性欲満たすためなら比較的なんでもするぞアイツ、知らんけど」


 だいたい彼氏いるようなヤツが赤の他人の男にとびっこのお手伝いなんてさせない…………いや、五十嵐ならあり得るんだよなぁ。「彼氏がいるのに他の男とこんなことっ♡」とか何とか言ってはぁはぁしてる様子が浮かぶもん。

 まあ、結局はどうでもいい話なんだけど。俺は単なる五十嵐の友達の一人であり、アイツに彼氏がいようがいまいが何の被害もないわけだ。

 変に深入りする必要はないし、もし本当に彼氏か、はたまた援交だったとしても、俺たちに打ち明けていないことになる。俺は本人が隠していることを無理に知ろうとするほど他人の秘密に興味がある人間じゃない。


「あっ。服屋さん入ってった」

「……よし。追うか」

「え、マジ? ネムくんさっきまで超どうでも良さそうだったじゃん」

「いや、それはそうなんだけどさ……。なんか、若干気になってきた」

「あー、ネムくん昔からそうだよね。寝る前に蚊を見つけたら殺すまで絶対寝ないタイプ」

「それ例え合ってるか?」


 んでも確かに間違いじゃない。俺は他人の秘密に無理やりに踏み込むほど図々しいヤツではないが、一度気になりだしたらはっきりさせないとずっとモヤモヤしちゃうタイプでもあるのだ。

 あの男が五十嵐の彼氏なのかどうか、見極めてやろうじゃあねぇか。尾行スタートです。




 △▼△▼△




 はい場面転換。尾行を開始してから約二時間ほどが経過した。

 何ゆえに尾行風景の描写を全カット、一切特筆しなかったのかと言うと――。


「おい見ろ校倉……」

「うん見てるよー」

「お前、見ててその反応は嘘だろ? あの五十嵐が普通にデートしてやがるんだぞ!?」


 ――そう、何一つとして笑いどころが無かったのだ。普通も普通、シンプル過ぎて逆にキュンとくるなんてこともないトップオブザノーマルなデートがここ二時間繰り広げられているのである。

 一連の流れをザーッと説明するならば、楽しそうに服屋でお互いにファッションショーをし合い、楽しそうにクレープ屋さんでクレープを選んで買い、楽しそうにクレープを交換し合い、楽しそうにウィンドウショッピングへと移行していた。

 ……こんなに笑いどころがなく面白みのない尾行があっただろうか。これは「ちょっと待てぇ!」ボタン押さざるを得ないぞ、いやむしろ何もなさ過ぎて押されないかもしれない。


「ねー、もう帰ろうよ。アレ彼氏だって絶対」

「決め付けんの早えって! 五十嵐がレンカノやってる可能性だってあるだろ? あの男が彼女お借りします状態の可能性だって無きにしも非ずんばだろ?」

「まあ、限りなく低ーい確率でね。宝くじ4等が当たる確率よりも低いよ多分」

「その例えはよく分からんけど……いいか校倉? こういうのは、しっかりと裏を取ってだな」

「あー、も〜……! そんなに気になるなら電話で直接聞けばいいじゃん!」

「あっ! バカお前っ! そこまでする必要はないから!」

「いいよ私も気になるし。ネムくんは聞かないでいいから」

「そ、そんな意地悪すんなよぉー。俺にも通話聞かせてくれってばぁ」

「しっ! 繋がったから……」


 手で制され、俺は口を閉ざす。優しい校倉はなんだかんだで通話をスピーカーにしてくれた。


『もしもし、もしもーし? どうしたの滅入莉ちゃん』

「ゴトアラ。いきなりでごめんなんだけど、彼氏いる?」

『え、いないけど』


 その「いないけど」は、明らかに嘘偽りのない自然に出たものだった。もし本当に付き合っている男がいるのなら、突然そんなことを聞かれて動揺しないわけがない。

 ましてや今現在ピンポイントで横に男がいて、もしそれが彼氏なんだとしたら、知らないはずの校倉が自分の彼氏の存在を認知していることに驚き、どこかから見られているんじゃないかと疑うはずだ。五十嵐は、その素振りも見せない。


「そっか。ちなみに今って何してる?」

『えっとねー、買い物に来てるよ。が今年就職したばっかりでね、ちょっとたかっちゃおうかなって思って』

「あー、そうなんだ。残念」

『え、何がー?』

「いや、今さっきネムくんが趣味のお菓子作りでシフォンケーキ焼いたみたいでさ、うちまで持ってきてくれたんだけど、ゴトアラもどうかなって思ったんだ」


 おいおいなんつー嘘だ。趣味のお菓子作りて、3年前の話だろー? 恥ずかしいから蒸し返すなよー。そして相変わらずテキトーな嘘吐く時はスラスラ流暢なんだよなぁ。


『へぇ、合歓木ねむのきくんって、本当に多才なのね』

「ネムくん普通に女子力高いからねー。クソ小賢しいわ」

『コラ滅入莉ちゃん、合歓木くんいないからってそんなこと言わないのっ!』

「あはは、ごめんごめん」


 うん、まあ、俺いるんだけどね。滅入莉ちゃん俺がいると分かったうえで言ってるんだけどね。


「じゃ、また明日学校で」

『あ、うん! またねっ!』


 プツッと音がして、通話は終了した。

 スマホをポケットにしまい、校倉はこちらをチラリと見て言う。


「いとこだってさ」

「おう、聞いてた」

「もう帰る?」

「そだなー」


 いやはや、とんだ無駄足だった。いとこオチは思いつきもしなかった。

 今回の尾行で得て残ったものは謎の虚無感のみだ。実に不毛極まりない時間だった。


「あー、なんか泣いたし尾行したしで、普通に疲れたなぁ。今日はぐっすり眠れそうだわ」

「今日も1日お疲れ様です。眠れるまで、私とお話ししていきませんか?」

「……あぜたそ、今日通話しながら寝る?」

「ヤダよそんなの彼女でもないのに」

「誘ってきたのそっちじゃん……」


 お互いスマホを初めて持った時は、嬉しくてライン通話しながら寝落ちもしたりしていたというのに。今ではこの扱いだからなぁ、時とともに変わらないものなどないよという名言が染みるぜ。俺も寿荘に部屋借りたい。

 そんな風に謎の感傷に浸っていると、ボソボソっと校倉が何かを呟いた。


「ネムくんの声聞きながらとか、絶対眠れないし」

「え、それはネムくんだけにっていう新ギャグ?」

「全っ然、違うっ///!」


 校倉の言葉の意味を上手いこと掴むことができず、べしっと肩をはたかれてしまった。

 ギャグじゃないとなると、じゃあ一体なんだ。まさか校倉に限って、“恥ずかしい”なんてことあるはずないし……。

 校倉の理解者キャラとして、校倉に関する謎は解明したいのだが、あまりしつこくし過ぎると普通にキレられてしまう。だからこれ以上追求するのはやめておいた。

 それが分かって追求しないことを選ぶことができるだけ、ちゃんと理解者キャラやっていられてると思うことにしよう。




【第12話へ続く】

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