第1話『“ド腐れ外道”は流石にひどくね?』

「もう、私たちこれ以上ムリだよ……!」


 眼前、ショートカットの似合うクリクリっとした目が特徴的な少女が、対面する俺に向かって目尻に涙を溜めながら言った。

 悲痛そうな表情からは少女が傷付いているのだと、容易に判断できた。


合歓木ねむのきくん、いつも他の女の子のこと見てるし、注意してもヘラヘラ笑うだけで全然直してくれないし!」


 彼女という存在がありながら、なんてことするんだ。付き合っている女がいるというのに、他の女にうつつを抜かすなんて、最低以外の何者でもない。

 うんうん、俺反省! そのうち改善しよう、死ぬまでには!


「いっつも捻くれた考え方して、私までそれに影響されて最近すっごいネガティブになってきちゃってるの!」


 心底辛そうな顔で言う少女は、俺に何か言わせる隙も与えず矢継ぎ早に言葉を継ぐ。

 それはきっと早くこの会話を終えて清々したいからなのだと思う。俺としては切ないことこのうえないけれど、その原因を作ってしまったのは俺なわけで。


「それに合歓木くん、私のこと全然見てくれてないじゃん。ひどいよ、彼女ほっぽって他の女の子と遊びに出かけるなんて……」


 それは誤解だ。その女の子はただの幼馴染であって別に浮気相手とかでは全くない。

 ただしかし、何の説明も無しにしていたのは完全なる俺のケアレスミスだ。マジ反省反省(二回目)!


「もうダメなの。ちゃらんぽらんなクセに超頭良いのも運動出来るのも、何やらせても私より上手いのも。全部イライラしちゃって、今までだったらスゴいって思えてたことなのに、今はもうそうは思えないの!」


 俺の目を真っ直ぐに見つめて、少女はそう叫んだ。

 表情や声音や仕草、とにかく少女の一挙手一投足から本心で本気で伝えたいのだと言うことがひしひしと伝わってくる。


「だからさ。私たち、もう別れよう?」


 静かに、滔々と少女は告げた。先ほどまで感情的に捲し立てていただけに、そのゆっくりとした口調で放たれた言葉がじっくりと俺の身体に染み込んでいく。

 さながら、それは朝のコーンポタージュに食パンをつけて汁を馴染ませるあの瞬間だ。……いや、やっぱ全然違うわ前言撤回。良い例え出てこねー。


「一個だけ、最後に言わせてもらってもいいか?」

「……うん」


 目尻に溜まった涙を手で拭い、少女はこくりと頷く。俺は大きく息を吸い、呼吸を整えてから口を開いた。

 

「全部イライラしちゃって、のところはさ。俺、?」

「…………は?」

「あ、いやなんか、自分が人の長所を認められないっていうことをさも俺が悪いみたいな言い方で言うから混乱しちゃって」


 いやいやこれはマジで疑問に思ってたんだよ。

 だって事実俺、どこも悪いとこ無くなかったじゃないですか? 何ならちゃらんぽらんとか今日日きょうび聞かないデスワードで小馬鹿にされてるし、コイツはもうギルティです裁判長、ジャッジメントおなしゃす。


「と言うか何ならネガティブになってきてるとかいうのも俺の問題じゃねぇし。俺は俺のままでいるだけだし、勝手に影響されてるのそっちじゃん」

「え、いや、えっ……?」

「あと他の女の子ばっかり見てて注意してもヘラヘラしてるってところ。それも俺じゃなくて問題あるのそっちだよな。自分に魅力がないことをンな俺のせいみたいに言われても反応のしようがないんだけど」

「いやあの、だ、だから……」

「大体ちょっと自分勝手過ぎるよなぁ。勝手に俺のこと好きになって告ってきてよー、んで勝手に嫌いになって振るとか、マジちょっとどころじゃなく引くわー」


 煽り口調たっぷりでそう言い返したやった。流石に言われっぱなしというのは俺のダニのジャンプより高く、それでいてバリカタ飛んでハリガネレベルに固いプライドが許さない。すごい、我ながら何言ってるかさっぱり分からんボルギーニ。


「こっ、この……っ!」

「え、なに?」


 ぷるぷると小さく震える少女は、何かを堪えるようにグッと拳に力を込めている。

 否、何かを堪えているのではなかった。それは俺に向かって繰り出す攻撃の初期動作だったのだ。


「こんのぉ! ド腐れ外道がぁぁぁぁああ!!」

「グッホォっ!?」


 少女の絶叫に合わせて俺の腹にクリーンヒットしたグーパン。俺は腹を抑えて悶え転がるほかない。

 くっ、なかなか良いパンチ持ってんじゃねぇか(小物感)。とりあえず俺と一緒に世界目指そう。

 しかし、俺がそれを伝えるまでもなく、少女はどすどすと荒々しく足音を立てて教室を出て行ってしまった。

 きっと俺と二人で世界を目指すのは嫌だったのだろう。良いコーチ見つけるんだぞ〜!


「うーん、どうやら俺の『一個だけ言わせてもらっていいか?』からの一個以上反論するという高度なギャグには気付かなかったみたいだな」

「そうだね。高度高過ぎてもはや天に召されちゃってる感あるけどね」


 俺の言葉に、誰かが反応を返した。と言うかまあ、そこにいると分かっていて俺も言葉を発したわけなのだが。


「いやー、にしてもさぁ」


 その人物が教室内に入ってくるのと合わせるように、俺はそこで一度言葉を区切る。

 後ろを振り向き、そいつがそこにいることを確認してから戯けるように首を傾げた。


「“ド腐れ外道”は流石にひどくね?」

「うん。すごくピッタリだと思う」

「結局のところ、あのアマァ俺の外面そとづらだけで中身まで見てなかったっつーことだよなー」

「ホント、よく半年近くも付き合ってたよね。褒め称えるわ、あの子を」


 ちゃんと会話してるはずなのに、どうも噛み合わないこの感じ。いやはや実に相変わらずだ。実家どころかマミーのお腹の中ばりに安心感がある。


 校倉あぜくら滅入莉めいり。小学生の頃からクラスで万年出席番号1番を保持し続ける女。俺の幼馴染、そして可愛い(ここ重要)。

 常に眠そうで気怠そうな半開きの目だってちゃんと開けば超くりくりしてるし、1日の大半言葉よりもため息を吐くために使われる小さなお口だってよーーく見ればぷるんとしてて艶やかだし、俺が注意しなけりゃ寝癖だらけでも全く気にせず学校に行こうとするセミロングの地毛なのに綺麗な濃い茶髪とか、とにかくちゃんとすればちゃんと整った顔立ち、ルックスをしているわけなのだ。ちゃんとすれば。

 でもはっきり言って家が隣同士で小さい頃からの顔見知りでなければ、多分どころか確チャン関わってない。無愛想だし人付き合い面倒臭がるし無愛想だし。

 だけど、友達多いタイプじゃないはずなのに、なーんでか知らんけど俺より友達いるんだよなぁ。きっと“何だコレ⁉︎ミステリー”ないし“世界ふしぎ発見!”的な何かの類に違いねぇ。あ、でも俺友達いないから誰と比べてもみんな俺より多いことになるわ、ハハハ(乾いた笑い)。


「次からは付き合う前にまず『俺クズだよ』って宣言した方がいいね。じゃないとネムくん性格以外は基本ハイスペックだし、勘違いする人続出しちゃうよ。顔も良いし頭も良いしスポーツもできるけど、中身に難があり過ぎるから」

「それ褒められてる? それともクソ小馬鹿にしてる?」

「ううん。クソ大馬鹿にしてるよ」

「さいですか……」


 絶対失恋して意気消沈してる人にかける言葉じゃないよ滅入莉ちゃん。俺じゃなかったら普通にブチ切れられてもおかしくないからね。

 ちなみに俺が意気消沈しているのかという件に関しては目を瞑っていただくことにしましょう。えぇ、ホントに全然これっぽっちも気分が沈んでいないなんて言えませんよ。


「うし、校倉あぜくら。お前腹減ってるだろ? メシ行くぞ!」

「えー。めんど……」

「そんなこと言っていいのかー? 俺は今珍しく奢ってやる気分なんだけど?」

「よしじゃあ行こ」


 切り替えはえ〜。でも分かる、人の金で食うメシって美味しいよね。奢ってもらうの最高、割り勘は死ね。

 俺は芯を抜いた薄ーい学生カバンを手に取り、教室を先陣して出る。置き勉の効果はすごいね。毎日登校時に重くてキツい思いしなくて良いし、バレて没収されたら合法的に忘れ物できるし。


「……ラーメン?」

「いや、俺は今日は寿司の気分だなー」

「じゃ、それでいいや」


 靴を履き替えているところで、校倉が問うてきた。ラーメン大好きだなーこの子。ついこないだも一緒に食い行ったのに。

 まあいい。今日は俺の奢りなのだ。金出す俺が食べるもん決めて何が悪い。


「これからお前と心置きなく飯行ったりできるんだもんな! そう考えると、失恋なんか屁でもねぇ!」

「はいはい。暑苦しいから離れて」


 校倉は自分の肩に回された俺の腕を上手いこと振り解くと、そそくさと先を進んでいってしまった。

 ちょっと冷たい対応な気もするけど、こうして放課後俺のことを待っていてくれたと考えると、いやはや実に健気で可愛らしいではあーりませんか。

 そういう一面が、俺がコイツと幼馴染を続けられている一つの要因でもあったりするのだ。




 △▼△▼△




「ふぁ〜あ、なーんかイイ出会いねぇかなー」

「さっき別れたばっかりじゃん……。あと食べながら喋んのやめて、汚い、死ね」


 俺がマグロをひょいと口に投げ入れて言うと、校倉はラーメンをふーふーしながらこちらにジト目を向けてきた。口にモノ入れて喋ったのは確かに俺が完全に悪かったですけども、死ねまで言う必要があったかどうかは非常に審議しがいのありそうな議題であります。

 ちなみに店に入って席に着いた瞬間、校倉はラーメンを注文した。行く前の「じゃそれでいいや」って一体何だったんでしょうか。全然寿司食う気ないじゃん。


「はぁ……。そもそもネムくん友達いないじゃん」

「いやいや友達いないのと彼女できるできないは関係ねーだろ」

「いやあるでしょ。“友達から彼女に”って流れが普通じゃん」

「えー、そうとも限らないんじゃねぇか? 友達じゃなくても先輩とか後輩とか、上司とか部下とか一目惚れとか、あと生徒と教師の禁断の恋とか! こういう恋愛は友達スタートじゃねぇしさ」


 我ながらクソつまらない反論だとは思うが、事実は事実だ。恋人になる前の関係性が友達以外の別の場合はいくつもある。一目惚れに関して言えば完璧に赤の他人だし。

 だがしかし、校倉は面倒臭そうにため息を吐くと、箸をビシッと俺に向けて言った。お行儀が悪いから、みんなはぜーったいマネしないようにしようね(うたのおにいさん風)。


「ネムくんは分かってない……っ!」

「はぁ?」

「学園ラブコメするのに友達ゼロなんて、笑止千万片腹痛いよ。はーあ、ホント可笑しい。ネムくん笑わせないでよ」

「いや、お前全っ然笑ってねーけど」


 表情筋が乏しいのかはたまた感情を失ってしまったのか、前者であることに俺が今晩一発抜くか抜かないかを賭けてもいい。


「何も異性の友達だけが恋愛で必要とは限らないよ」

「……その心は?」

「いい? 少女マンガの主人公に親友キャラは付き物なの! だから友達ゼロのぼっちなネムくんが学園ラブコメしたいならまずは友達を作らないと、物語がスタートもしないよ!」

「あの、俺別にコメディは求めてないよ? ラブだけでいいんだよ?」

「ネムくん知ってる? 少女マンガの主人公って必ずと言って良いほど親友キャラがいるの。でも少年マンガみたいに主人公の恋愛を茶化したり応援したりするだけじゃなくてね。例えば“スト◯ボ・エッジ”では友達キャラが主人公の好きだった男の子と付き合ったり、かと言って全部が全部そうでもなくって“ヒ◯イン失格”みたいに暴走する主人公の制止役でいたりもするの。もちろん“ア◯ハライド”とか“ピ◯チガール”みたいに主人公がハブられ気味だったり誤解されがちだったり、主人公にちゃんとした親友がいないパターンもあるんだよ。あー、ヤバい。思い返すだけでもさえちゃんウザい! まあ面白いことに変わりないんだけど。“ちは◯ふる”とか“夏目友◯帳”とか男の子でも――」


 あー、ダメだこりゃ。滅入莉ちゃん完全に自分の世界へリンクスタートからのフルダイブでこっちが何言っても聞き入れませんモード入っちゃってますね。

 いやはやそれにしても、すっかり忘れていた。そう言えばコイツ、重度のだった。

 少女マンガに限らず普通にジャンプとかマガジンみたいな少年マンガとかも読むそうなのだが、中でも少女マンガが大のお気に入りらしく、とにかく校倉ルームは壁一面本棚、マンガ本に囲まれている。

 人は見かけによらないにも程ってもんがあるべきだと俺は思うよ。こんないっつもため息ばっかで「恋愛? 何それ殴れんの?」みたいなテキトーなことほざくヤツが恋愛マンガ大好き乙女脳ってのは、ギャップ萌え通り越してもはやただただギルティ。見た目と相反し過ぎ罪でギロチンは堅い。

 ていうかそもそもの前提がそれ俺ヒロインになっちゃってません? 少女マンガの主人公って少年マンガのラブコメで言うところのヒロイン枠だよね。せめて俺を男キャラ設定で話進めてほしいな校倉さん。この際かませ犬でも構いませんよ。

 そんな感じで寿司を片手にテキトーなことを考えていると。


「……ネムくん今、オタクうざーって思ってるでしょ」

「へっ? あっ、いや全然。お、思ってないけど?」

「隠すの下手過ぎ」


 という校倉の顔は、いつの間にか普段の眠そうな表情に戻っていた。変化が激しくてオジさんついてけないよー。十数年の付き合いだけど、校倉のマンガ談義にだけは未だについていけない。


「まあでも、普通に高校生として健全な恋愛するんなら、心の底から友達だって言える仲良い女の子いないと話にならなくない? あんまり恋愛経験ないから分かんないけど」

「あんまりって言うか皆無だろ?」

「黙れ」


 ぴしゃりと言い放たれ、俺は押し黙る。怖い、怖いよ滅入莉ちゃん、もっと意気揚々と生きようよ。

 だがしかし、校倉の言うことは確かに一理ある。

 高校生が付き合うとなると、やはり同じ学校の人や他校の人と範囲が縛られてくる。中には「私大学生と付き合ってまーす」とか抜かす完全ヤリモクアバズレっ娘ちゃんがいたりもするが、大抵が同じ学生と恋人同士になるはずだ。

 そしてそのスタート地点はやはり友人というところからになるだろう。とりあえず異性の友情が存在するか否かについてはまた今度じっくりミーティングするとしまして、仲の良い異性の友達に恋をするというパターンは多かれ少なかれあって、そこに違和感を感じるかと言われれば、俺は首をふるふる横に振らざるを得ない。

 もちろん高校生の恋愛にはそれ以外の例外だってある。部活の後輩マネージャーに恋したとか、カッコいい先輩に恋したとか、まあエトセトラあると思う。

 確かにそれは友達と呼べる間柄ではないかもしれないが、それはいずれも顔見知りだ。お互い存在を認識し合った仲なのだ。

 その点、俺には顔見知りがほぼ皆無と言っても良い。部活にも入ってない、委員会もやってない、友達もいない、こうなると恋人以前に出会いもない。

 出会いもなければ友達もできないイコール恋人もできない、と。うーむ、なんだかこの世の心理を悟ってしまったような気がするぞい(気のせい)。


「かなり今更だけど、友達作り始めたらw?」

「その上から目線と半笑いがドチャクソ腹立つけんど……幸い俺にはお前という最高の親友キャラがいる! だから友達ゼロで休み時間は机につっぷマンへと変身するその辺のゴミ陰キャどもと、俺は一線を画しているわけだ」


 まあ俺とコイツが付き合うかとなるとまた別の話になってくるけれど。

 校倉はラーメンをすすってもぐもぐした後、俺から少し顔を背けて呟いた。


「幼馴染は親友とは違うと思うけどなぁ……///」

「え、なんでだよ一緒だろ。お前、まさか俺を見捨てる気か!? 高校生活の中で一番楽しいと言われる二年生を一人で楽しむ気だな!?」

「なんでそうなるの……」


 またまた気怠そうにはぁとため息を漏らす校倉。箸を置いて頬杖をつくと、止め処なく流れてくる寿司を横目に言った。


「私、ネムくんのこと好きだから。大丈夫、絶対見捨てないよ」

「お、おう。そうか……。いや、それなら一安心だな。うん、やっぱりお前は俺の大親友だ!」

「だから親友と幼馴染は違うってば」


 あ、そこは揺るぎないんすね。ボクには何が違うのかさっぱりなんですが。




【第2話へ続く】

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