第16話 最後に一つ望むこと

 アーニャの四十九日は、雲ひとつない快晴の中行われた。といっても、参加者は多くない。孫(という設定)の僕とリリーだけだ。日々、どこかで誰かがいなくなるこの世界では、いつしか死者への弔いもおざなりになってしまったらしい。

 この世界の弔い方は、前いた世界によく似ていた。この四十九日だって、故人を天国へ導くための大切なしきたりらしい。


「あっ、オリバー。髪飾り持った?」


「勿論」


 僕は大切に握り締めた木箱を見せた。この中に、リリーの言う竹製の髪飾りが入っている。これが、アーニャの埋葬品だった。生前、彼女がよく付けていた髪飾りらしい。

 アーニャの死から今日まで、この髪飾りはリリーの家にアーニャの写真と共に飾られていた。そして、四十九日である今日、お墓にこの髪飾りを埋葬する手筈だそうだ。前の世界で言うところの、四十九日によく執り行われる納骨にあたるのだろう。本当に、よく似たような文化を形成したもんだ。

 家を出ると、一瞬で汗が溢れるような蒸し暑さを感じた。陽の光が眩しい。


「暑い」


 昨日の雨はどこへやら。こう一転した天気が訪れると、体調を崩しそうでたまらない。


「暑いねー」


 リリーも額を拭う。ただ顔は笑顔だった。


「ベレー帽、脱いだら?」


「ん。いい。大丈夫」


 脱いでオリバーだなんだと言われるのは面倒だ。むしろ、ここまでばれていないことが奇跡とも呼ぶべきか。


「花、持つよ」


 話題をすり返るように、僕はリリーの手から花を奪った。


「ありがとう」


 邪な感情は悟られず、リリーの笑顔に僕は頬を染めた。

 

「何? 照れてるの?」


「そんなことないから、全然」


 悪戯っぽい笑顔にふて腐れた態度を見せて、商店街とは反対側に僕達は歩いた。アーニャや、リリーの両親やエミリー達の眠る墓がある小高い丘に向かった。


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 小高い丘からは、街が見回せた。人が米粒くらいの大きさに写った。人だかりは、あまり多くなかった。立派な商店街にも、やはり人気は多くない。ただ、見晴らしは悪くはなかった。


「いい景色だね」


「うん。だからここを皆のお墓に選んだんだよ」


 所狭しと並ぶ墓。白色の石に名前が彫られている。これら一つ一つが、この世界で誰かが生きた証なんだ。

 

「これだけの人が疫病で犠牲になったんだね」


「うん。皆いい人達ばかりだったよ」


 墓参りに来ている人は少ない。というか、一人しかいない。後は僕らだけ。これだけのお墓があるというのに。理由は、想像に難くないが。


「さ、アーニャを弔おうか」


「そうだね」


 仕切り直して、僕達はアーニャの法要を始めた。といっても、仰々しいことは何もしない。墓の中に埋葬品を納めて、花を飾るだけ。

 

「よいしょ」


 墓は白い石の部分が蓋のように持ち上がるようになっていた。それを持ち上げると、50cm四方くらいの穴が掘られていて、そこに埋葬品を納めるのが決まりとのことだ。

 僕は墓石を持ち上げて、身を屈めて、髪飾りの入った木箱を納めた。これで、きっとアーニャも天国へ逝けることだろう。


「さ、リリー。花を」


 墓石を戻して、僕はリリーに指示をした。

 しかし、リリーから返事がない。


「リリー?」


 振り返ると、リリーは墓参りに来ていた女性を見ていた。

 見ると、その女性の挙動は明らかにおかしかった。決まった故人の墓参りに来たわけではないのか。お墓一つ一つを覗いて見て回っていた。


「どうしたの?」

 

 確かにおかしいが、気に留めるほどだろうか。そう思って、聞いた。

 

「あれ、昨日の……」


 昨日の?


「……あ」

 

 季節違いの膝下まであるグレーのコート、革製の手袋、髪は……今日は濡れていない。当然か。

 間違いない。あの女性は昨日花屋に訪れた女性だ。


「リリー、花を飾っておいてくれ」


「あ、うん」


 それだけ言って、僕はリリーを残して女性に近寄った。近寄ってみて、なんて声をかけようか迷った。

 怪しそうな行動をしているし、怒鳴ってみるとか? いいや、威圧してどうする。そうじゃないだろう。


「あの……」


 案なしに、僕は女性を呼んでいた。

 鋭い眼光が僕を襲った。いや、本当に怖い。まるで人でも殺したことがあるような威圧的な瞳だ。


「何か?」


「えっと」


 言葉に詰っていると、女性の右手を覆う手袋が目に付いた。

 そういえば、かの疫病感染者には、右手の甲に痣が出来るらしい。エミリーにも、アーニャにもあった。不幸の証。


「……痣、あるんですか?」


 気付けば僕は、彼女の右手の甲を指差してそう言っていた。

 女性の眼光の鋭さが増す。

 やらかした。


「ああ、いや。昨日、あなた花屋に訪れたでしょう。私、あそこの店員なんです」


 僕は必死に弁明をした。花屋の名前を出すと、少しだけ警戒が和らいだように感じた。


「……昔、似たような人を見たことがあってね。あなたがその人に重なって見えた」


 もう一押し。そう思って、僕はそれっぽい話を付け加えて、核心に迫った。


「子供を捜しているんでしょう?」


 女性の顔に動揺が走った。

 どうやら当たりらしい。

 昨日、孤児院というワードを聞いてからピンと来ていた。

 恐らく彼女は、離れ離れになった我が子を探している。

 疫病に感染し、無慈悲にも余命宣告をされて……最後に一目、我が子の姿を拝みたいのだ。

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