拝啓 星になった君達へ

ミソネタ・ドザえもん

第1話 エピローグ

 かの寒村に、魔物が住むと噂される曰く付きの洞窟があった。その地域特有の偏西風が洞窟内を吹きぬけ、魔物の雄叫びのような風音を上げて、村民達を怯えさせた末路である。


 ある日、噂を聞きつけた一人の科学者があざ笑いながらその寒村に現れた。


 科学者は言った。


「それは魔物の仕業などではない」と。


 懇切丁寧に説明したが、村民達は誰も科学者の聞く耳を持たなかった。苛立った科学者は、村民達の制止も聞かず、一人洞窟内を探索した。洞窟内は入り組んでこそあれ、ほぼ一本道だった。途中、強い風が科学者を襲った。その風の聞かせた音に、科学者はせせら笑った。


「見たことか。これが魔物の正体だ。風が、魔物の雄叫びを聞かせたのだ」


 自らの説の実証と、風如きに怯えた村民達の滑稽さに、科学者は再び大声でせせら笑った。


「風が吹くということは、この洞窟はどこかに繋がっている。暴いてみせよう」


 村民達への手土産も充分。科学者は、自らの知的好奇心の赴くままに洞窟を進んだ。狭く窮屈な洞窟は、おおよそ一時間歩いた後、出口の光が差し込んだ。


「これは……」


 科学者は、息を飲んだ。身震いすら覚えた。


 洞窟の先には、外に繋がる巨大な空間。そして、たくさんの原生林が立っていた。


 眼前に広がる世界に、科学者は異空間に迷い込んだような錯覚に囚われていた。ただ呆然と、脳の指示もなく、足はまっすぐと進んでいった。


 原生林の間を進んで、早三十分。延々と続く原生林に、科学者は途方に暮れていた。


「いい加減、引き返そうか」


 そう思い、気付いた。左側の林の向こうに、大きく高く聳え立った原生林よりも、更に大きな大木が立っているではないか。


 導かれるように、科学者はその大木に近寄った。近寄って、それが杉の大木であることに気が付いた。


「凄い」


 一目見ただけで、途方もない樹齢を誇っていることがわかった。恐らく、この惑星に現存する最高齢の樹木だろう。


「凄い。凄いぞ」


 とんでもない大発見をしてしまった。科学者は、一人沸いた。大木の状態を確かめるため、木に触り、見て回った。


 そして、気付いた。大木の根元に、白い棒切れが絡み付いていた。


「なんだ、これは」


 明らかに大木とは違う材質だった。叩き、引き抜こうとして、その棒切れは千切れた。相当長い間そこにあったためか、白い棒切れは脆く劣化してしまっていた。


 棒切れの断面を見て、科学者は悲鳴を上げ、腰を抜かした。


「ほ、骨だ」


 医療方面にも精通していた科学者は、骨の断面の繊維、骨膜を一目見て、これが人の骨であることを理解した。そして、肝を冷やした。まさか、寒村の村民がここの事を遠ざけたのは、この遺体を隠すためだったのか、と。


 しかし、その説はすぐに否定された。この大木の樹齢は、現在確認されている人類史よりも上だと断定出来たからだ。


「大発見じゃないか」


 自らの生死を不安がる代わりに、科学者は再び身震いをした。自らが、人類史を塗り替える大発見をしたからだ。


 科学者の頭に、もう村民達への説明など欠片も残っていなかった。ただ、この歴史的大発見の確証を得たい。そう思って、大木の周りを更に血眼になって探し回った。


「これは」


 大木の周りを掘り返すこと数時間、既に日も暮れ始めている中、科学者は一つの木材で出来た箱を見つけた。見たこともない木材の箱だった。


 箱は古びていて、立て付けが悪くなっていた。引っ張っても、押しても、中々開かなかった。


 中に何か入っているのか。そう思って揺さぶると、それなりの重量を持つ何かが揺れた。


 科学者は、力任せに箱を引っ張った。そして、箱は壊れた。


「本?」


 箱の中にあったのは、この骨の主が書いたのだろう手稿だった。


 その本の発見が、更に男の知的好奇心を揺さぶった。人類史を塗り替える遺体に、知的能力を持っていたことを意味する手稿の存在。これはもう、間違いないと思った。


 男の発見はすぐに世界的大ニュースとなった。


 大木の樹齢はおおよそ一万年と断定された。根元に巻きついた骨も、間違いなく人骨だった。


 そして、手稿。


 手稿は、五十種類の二通りの形状の文字と、数千にも及ぶ複雑な形状の文字が用いられていた。数ヶ月に及ぶ調査の末、その三通りの文字を組み合わせた文法が主述構成を用いられていることも発覚し、現存する言語にも似通った高度な言語であることがわかった。


 そうして、調査が進むにつれ、科学者達の間で共通の疑問が浮かんだ。


 何故、これほどまでに高度な文明を有していながら、この文明は発見されてこなかったのか。長らく、人類史の歴史が覆されてこなかったのか。数多の災害で当時の建造物が消し去ることは珍しくもないが、当時の人間、生物の骨が化石となって見つからなかったのはどういった理由なのか。


 未だ、その明確な理由は判明しておらず、研究者達を中心に日々議論が成されている。そして、今ではこの手稿はオーパーツと呼ばれるようになり、研究者、一般人問わず、人々の知的好奇心を日々揺さぶっている。


 手稿の表紙には、二十二の文字が羅列されていた。




『滅び行くこの世界は、今日も雲ひとつない快晴だ』

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