第24話 隠された罪(5)因縁の場所

 事務棟ビルのドアは開いていた。簡単なサムターンだったので、ドアのガラスを割ってそこから腕を差し込み、鍵を開けたらしい。

 誰もいないビル内を、屋上へと急ぐ。

 屋上には貯水タンクやら外した看板やらがあったが、手すりの近くに、ぼんやりとしたように女性が立っていた。

「礼子!」

 畠中が声を上げる。

 畠中を囲むように近付いて行く途中、湊は嫌な感覚がした。

「ストップ」

 言った時には、畠中を引きずり戻していた。そこに、横からナイフが勢いよく突き出される。

 そしてそれを見た雅美が、間髪入れず、そのナイフを掴む人物に対峙する。

 腕を掴んで捩じり、ナイフを落とさせると、そのままそこに這わせて抑え込む。

 文句を言いかけていた畠中は、それを声もなく見ていたが、我に返って礼子に近付いて行こうとした。

「礼子!」

 それを、再び引き戻す。

「何をするのかね!?」

「嫌な感じが消えていない」

 言いながらつかつかと礼子に湊は近付き、後ろに回していた腕を掴んだ。

 礼子はキッと湊を睨む。

「娘に何をするんだ!」

「凶器を取り上げるだけです」

 言って、礼子の手から、ナイフを取り上げる。

「礼子!」

 雅美に押さえられた青年が声を上げた。

「どうして邪魔をするの?悪いのは父なのに」

 礼子が言って、畠中はオロオロとした。わけがわからないという顔だ。

「斎川さんに全てを押し付けたのはお父さんでしょ」

 礼子に静かに見据えられて、畠中は狼狽えていた。

「違う、何を」

「不具合があるって斎川さんが言ってたんでしょ?調べたのよ」

「あれは!絶対に起こる不具合じゃなかった。だから、あの段階で発売延期は。

 それに、押し付けたんじゃない。話合いだ。その分、金も渡した!」

「じゃあ、何で親父は死んだんだ!?」

 青年が叫ぶ。

「お前は?まさか……」

「斎川和紀さん。高校のクラスメイトだったの」

「だからと言って、殺すのはだめですよ」

 涼真が言うのに、礼子は言った。

「脅して本当の事を言わせて、録音するつもりだったのよ」

 そして、ポケットからICレコーダーを取り出す。

 取り敢えず、斎川を起こして座らせると、隣に礼子が当然のように座った。畠中は向かい側に座る。

「こんな事をして。お前は」

「それは私のセリフだわ」

「俺は悪くない。あの時延期していたら、会社は危なかった!そうなったら社員の生活はどうなる!?」

 それに、全員が白い目を向けた。

「理由にならないわ」

「子供のくせにわかったような事を!」

「畠中さん。父はここで死にました。父は、殺されたんですか」

 静かに、斎川が訊いた。

 畠中はギクリと体を強張らせ、

「違う!」

と叫んだ。

「でもあの日、お父さん、随分遅かったわね。青い顔で――」

「違う!

 斎川は、いくらもらっても引き受けるんじゃなかったと言って、目の前で、ここから……ああ」

 畠中は頭を抱え、斎川は呆然とし、それから泣き出した。

「救急車も呼ばず、逃げたんですか。父を残して」

「どうせ助からん!」

「酷い!」

 礼子も、斎川と抱き合って泣き出した。

「ごめんなさい。父が、ごめんなさい」

 遠くからパトカーのサイレンが近付いて来る中、2人の嗚咽が続いていた。


 3人は警察で、全てを話した。

 斎川は父親の事件を調べていて、礼子と再会した。そして、正義感が強い礼子は、真実を明らかにするべきだと思ったらしい。

 まずは手紙で「知っている」とほのめかしたが効かなかったため、礼子はあの日、自分で窓から出て、裏門のそばに迎えに来ていた斎川の車で家を出て行った。そして、この録音作戦に出たと供述した。

 松本の関与は完全に否定され、柳内警備保障の汚名も晴れた。

 そして畠中の会社はマスコミに叩かれて業績が悪化、会社更生法を申請している。

「お疲れ様でした」

 乾杯のノンアルコールビールを飲んで、錦織が労う。

「殺人未遂にならなくて良かったですねえ」

 悠花がホッとしたように言う。

 なるはずもない。あれは手品の、刃が引っ込むナイフだったのだ。傷つける気は全くなかったというのは、本当だったらしい。

「これでめでたしめでたしにもならないですが、まあ、2人で支え合っていれば、何とかなるでしょう」

 錦織がにこにことした。

 終わったので、皆で宴会だ。唐揚げ、小エビの唐揚げ、高野豆腐、ミートボール、刺身盛り合わせ。

「それにしても、雅美さん、カッコ良かったです」

 悠花がにこにこしながら言うのに、雅美は照れたように笑う。

「ホント、雅美さんがここの最強ですよね、きっと」

「湊君も強いのよ。よく一緒に練習するの」

「いえいえ、俺は我流だし、雅美さんは基本ができてるから、本当に強いんですよ」

 雅美は照れて、レモンを手に取った。

「唐揚げ、レモンかける人」

 雅美が訊き、悠花と錦織が手を上げる。

「え、涼真君と湊君はかけない派なの?」

 悠花が訊く。

「カリッとしたのが弱まるから」

「マイルドになるのに」

「マイルドがいいなら、おろしだれとかにすればいい」

 涼真と湊が言う。

「じゃんけんで決めようよ!」

 悠花が言うのにじゃんけんをしかけ、涼真がはっとする。

「いや、かけたい人が自分の小皿でかければいいだけじゃないか」

「ええい、かけちゃえ!」

「ああっ」

 酔っぱらいが最強だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る