第16話 オシリスのカナリア(5)狙撃

 湊は屋上へ急いでいた。放送を聞いて、館内は更なるパニックに陥り、それを、警備課とホールの職員でなだめている。

 雅美と涼真、悠花は、屋上へ向かっていた。

 が、屋上へ出るドアを開けようとして、湊に待てと止められた。

「湊!何で!?急がないと!」

 涼真が焦ったように言うのに、湊は落ち着いてドア周辺を調べていた。

「これはオシリスじゃない。こいつは昨日のやつで、本当の狙いがあるはずだ」

「狙い?」

「トラップとか。だから、勝手にそれ以上動くな」

 言いながら湊はその辺を見て、ドアの隙間に目を凝らしながら、ゆっくりとドアを開けていった。


 犯人は、双眼鏡を覗きながら、興奮していた。

「そうだ、いいぞ。開けろ開けろ」

 その犯人の額に、ポツリと点が生じた。そして、犯人は糸が切れたように倒れた。


 マンションの一室を眺めていた男は、詰まらなさそうに言った。

「オシリスの名を騙るなよ。そんなお粗末な腕で」

 そして、目を転じてホールの屋上を見た。

 くすんだ金髪と整ったマスク。テロ集団のボス、オシリスだ。

「かわいい俺のカナリアよ。カンは錆びついちゃいないだろ?」

 言って、フッと笑う。

 狙撃用ライフルをマンションからホテルへ向け直し、偽オシリスを狙撃した女がウキウキと言った。

「助けてあげればいいのに。線を切るくらいやるわよ、ここから」

 オシリスの仲間の、狙撃の名手だ。

「だめだよ。成長の目を摘んじゃ」

「厳しいのね。かわいいのかそうでないのかわからないわ。カナリアがかわいそう」

オシリスが肩を竦め、2人が見守る中、ドアが開いて、湊が姿を現した。


 湊はゆっくりと、ほんの少し開けたドアの隙間の向こうに、細い糸が張ってあるのを見た。

 ドアを開けた所にちょうどあるそれにドアが当たると、恐らく仕掛けが発動するのだろう。そこから小さな鏡を差し込んで見る。

 ドアの前に張った糸は、ドアのすぐ横に置かれた小箱に通じていた。ドアを開けると、ここに差してあるピンが抜ける仕掛けのようだ。恐らくそれで、仕掛けが作動するのだろう。

 正面にこれ見よがしに置いてあるダンボールは、こうして隙間から窺った時に爆弾だと思わせる為だけのものの可能性が高い。

 そう見て取った湊は、隙間から十徳ナイフを差し出すと、糸を切った。

 何も起こらない。

 それで湊は立ち上がり、ドアを押し開けて屋上に出た。

「み、湊!?」

 小箱を見る。

 予想した通りの仕掛けだった。

「大丈夫だ」

 言うと、涼真、雅美、悠花が顔を出した。

「これに触るなよ。これが爆弾だ。

 ああ。警察に連絡を」

 雅美はホッとしたようにスマホを取り出し、涼真と悠花は、その場に座り込んだ。

「おま、冷静だなあ」

「でも、良かったですぅ」

 湊はそんな彼らを見ていたが、視線を感じて、目をそちらにやった。

 ホテルの1室で、何かがキラキラと光を反射する。

(カナリア、無事でよかった。愛してるよ。

 フン)

 それでその光による信号は途絶えた。恐らく、そこから退去したのだろう。

 雅美の連絡を受けて、警察官がなだれ込んで来るのを屋上から見下ろしながら、湊は溜め息をついた。


 マンションの一室で額を撃ち抜かれて死んでいる男の死体が見つかったのは、その日の内だった。オシリスから警察に「オシリスを名乗られるのは迷惑だ。その程度の腕で。報いは受けてもらった」というメッセージと共にマンション名と部屋番号が書いたメールが届き、急行してみると、部屋の住人が死んでいたのだ。

 そして、爆弾の材料や設計図、作りかけの物もあったらしい。

 そんなニュースを、自宅に帰って来て、見るともなく見ていたテレビの緊急報道で知ると、湊の電話が鳴り出した。

『やあ、カナリア』

 オシリスだった。

「こんばんは」

『無事で何よりだよ』

「それはどうも」

『冷たいなあ。皆心配してたんだぞ。かわいいカナリアに手を出そうとするなんてなあ』

「いや、俺を殺しかけたよな、以前」

『本気なわけないだろう?大丈夫と信じていたさ』

「どうかな」

『おっと時間だ。じゃあ、また。いい夢を。愛しいカナリア』

 それで電話は切れた。

 湊はフンと息を吐き捨て、

「よく言う」

と言うと、風呂が沸いたので、バスルームに向かった。

(いい夢?悪夢なら見たけどな)

 何も夢を見ずに、眠る事を切望したのだった。



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