第23話 lard

 グヴィンが気が付くと、そこは暗く不潔極まりない牢の中だった。


 周囲にはゴブリンやコボルドの死体が散乱していて、ともかくひどい悪臭がする。たまにドブネズミか何かが駆け回る。「病気耐性」がなければすぐに病気になるだろう。

 体が麻痺していて思うように動かない。馬車に引き込まれた瞬間すぐに牙か爪かで傷つけられ麻痺させられて動けなくなったのだ。そのまま「自己治癒術」をかけ続ける。


 やがて、随分と時間が経過し、それによって体の自由が効くようになったが、この場所には誰も様子を見に来ることもなく、見張りさえいないようだ。

 思うにこれは仕分けされたゴミ捨て場に近い場所ではないか。死体を見れば、性別か種族なんかで、用のない者を雑に放り込んだように見受けられる。

 おかげで鎧兜を外すのも面倒がったのだろうが奪われなかったのは有り難かった。

 武器は落としてきてしまったがさすがに取りあげられただろうし、キュラ達がきづくかもしれない。


 立ち上がると、一応周りの死体を物色するが、やはり武器はなかった。

 牢の扉に近づき鍵を観察する。叩き壊すこともできそうな古びた錠だったが、身に着けていたピックを取り出すと開錠を試みる。古びた錠は錆びついて逆に開けられないことが多いがこれはすんなり開錠できた。

 脱け出すと、手前の側溝にちょうど手頃な鉄パイプがあったので当座の武器にと拾う。


 忍び足で移動し、壁を背にしながら手近の部屋の中を窺う。


 中にいたのはグールだった。痩せこけた骨格の手に爪だけが長く伸びたガリガリで骨同然の灰色の毛のないゴブリンやコボルドのような姿だ。数は3体。1体が片手剣ショートソードを身に着けているが、この程度問題ではない。


 グヴィンは、鉄パイプを振りかぶって飛び込むと、まず剣を持ったやつの頭を叩き割る、続く一体を大きく吹き飛ばすと、残りの一体も乱打でガードを崩し頭を割る。すぐに、吹っ飛ばしたやつに近づき、鉄パイプを鼻先に突き付けると、共通語かゴブリン語が分かるか問う。無理そうだと思うと、果たして本当にそうだったかは不明だが、そのまま口にパイプを捻じ込み床に叩き付けて潰した。

 倒したグールの片手剣を持ち去る。


 結構な高さの段差があちこちあるごちゃごちゃと入り組んだ通路を進むのに、グヴィンの「登攀とうはん」「軽業」の特殊能力は役に立った。

 どうやらここは地下下水道らしく、テンペスタの言っていたよく分からない行方不明事件の犯人達のアジトで間違いないだろう。



 ツナツルを探し彷徨う中、グヴィンはやがて異様な大広間ホールに辿り着いた。



 まずその空間に近づくにつれ、ひどく酔うような悪臭がした。続いて妖しげな音楽が聞こえ、目の眩むような明るい光の中、大広間に続く高所の穴からグヴィンが首を出すとそれは行われていた。


 数百人からの妙な化粧をしたグール達がクラブの若者の如く飛び跳ねダンスを踊り狂い、酒を煽り陶酔している。一方で憑りつかれたように高揚し何かに達している演奏家達が、管楽器、弦楽器、打楽器といった多様な楽器を激しく頭を振り回しながら掻き鳴らしている。

 巨大な鍋がかけられた炉と数多の松明の激しく燃える炎で昼のように燦々と照らされた奥には本棚や積み上げられた書物の山が見えた。



 そしてついにツナツルを発見する。



 広間の中央、グールの集団はまさにそれを取り囲むように、巨大な円形のテーブルがあり、数人のおそらくは生贄が、その上で放射状に身動きできないよう縛られた状態で手を組み仰向けに寝かされている。

 テーブルの上にはワインらしき酒瓶や奴らのご馳走であろう他の死体もご丁寧に付け合せに置かれてある。丁度まさに一刻の猶予もなさそうな状況だ。



「グール達の魔宴サバトかよ。まずいな…。」


 グヴィンは呟く。


 通路を少し戻り助走をつけると大きく跳躍し、テーブルを目がけ空を搔いて飛んだ。テーブルの端から端に転がって受け身をとる。


 何が降ってきたか唖然とするグール達に構わず、即座にツナツルの縄を手に持つ剣で切り解き放つ。

 あわせてすでに大きくずり落ちた巨大なテーブルクロスを引っこ抜き、酒を染み込ませて火をつけると、グールに向け振り回し投げつけた。


 グール達が逃げ惑い、道が出来た。


「今だ!逃げるぞ!」


 グヴィンが言うと、ツナツルは頷いて応える。


 しかし巨大なものが二人の進む道の前に立ち塞がる。上から見ていた限り魔宴サバトの主催者であろう者だ。



 最悪な人喰鬼オーガ屍喰鬼ガストだ。



 その筋肉体躯はテンペスタと同等以上に大きく膨れ上がっている。そして油脂状のドロリとした液体が全身からにじみ出てテカっている。それがパンツ一丁で悪臭を放ち堪らず嘔吐えずくほど耐えられない。体調は不調どころではない。

 グールの癖に生気満ちた肉感ある体格であることよりも、その耐えられない悪臭不潔さに文句が出る。


 ガストが臭い息をまき散らしながら口を開く。


「ゴブリン風情が…!神聖な儀式を邪魔しおって…!絶対に許さぬ…オウフッ!

 この大神官ナグーブ様直々に撲殺してくれる…オウフッ!」


 ナグーブと名乗った人喰鬼オーガ屍喰鬼ガストは巨大な金棒をグヴィン目がけ叩き付ける。

 グヴィンは躱し、3m近い巨漢、小柄なゴブリンから見ればまさしく巨人のその足の腱に片手剣を叩き付ける。しかし、軽い剣の質もあってかはじかれる。


 グヴィンは不調の中それでもナグーブの金棒を躱し続け、スキを見、大きく跳躍すると上半身を鋭く回転させ、首筋に「必中三連撃」を叩き込んだ。


 片手ではもう一つ手応えがなかったか…。


 一瞬だけ沈むかと見えたナグーブだったが、その攻撃でのグヴィンとの位置の入れ替わりに、巨体の腕を大きく伸ばしツナツルを乱暴に引き寄せる。


 まさにツナツルの首根っこをつかむ。


「さて、お主は男の中の男かな…。試してくれる…オウフッ!」


 そのまま、身動きできずにいるグヴィンを重い金棒で殴りつけた。

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