第16話 fairy

 アウルベア討伐の件から2か月程、様々なことがあった。


 その間、アウルベア出現の報告はなく、辞退したにも拘らず、報酬の半金である金貨50枚が俺たちに支払われた。


 ジョヴァンナの勧めでメタリカーナ一家の教師から「共通語」を習う。共通語といっても、都市によってはある程度通じるという程度だが、商店や知的階級ではまず通じるとのこと。一つ目の言語として覚えるべきだと。


 グヴィン、ツナツル、と卓を囲んで教わる。教師は単語とその変化をマスターするまで反復させる。文法などは一切教えず、ひたすらに単語の羅列を聞き取り、内容を推測する力を磨かせる。

 必要は発明の母、窮すれば通ず、ではないが、日常的に必要に迫られると断然学習速度が違う。

 そして何より「言語共有」の魔法を初期に併用することで2か月経たずに共通語を完璧に使いこなすことができるようになった。

 言葉がわからないという言いようのない疎外感から解放される。ひゃっほー。


 並行して、俺たちは学者や技師に、分かる範囲の地球の知識を、少しずつ、信頼を確かめながら、伝えた。



 ある晩、森の川辺の住処キャンプで、グヴィンの「鼓舞」(勇気を鼓舞し戦闘能力を向上させ、魅惑や恐怖を打ち払う)の効果をなんとか演奏で再現できないかと、ハープを奏で歌っていたとき、白く光る小さき妖精が出現し、舞い踊りだした。

 愉快なひと時の後、妖精ピクシーの少女?は礼を言い姿を消した。


 以降、付き従っているらしく、呼ぶと姿を現す。呼ばずとも、ふと肩に乗り小言を発する。

 セイレーンから掠め取ったもう一つの宝で、意図せずに得た付与技能「従属判定・魅了」が効果を発揮したみたいだ。


 技能取得以来、ほぼ連日のようにハープを演奏し続け、ようやく1匹ひっ掛けたわけか。



 妖精ピクシーを仲間にした俺は、たまにメタリカーナ一家の持つ酒場で吟遊詩人のバイトをさせてもらい始めた。


 物語を曲に乗せて唄うのではなく、元の世界の神話などを語る合間に、曲と歌を披露する感じに。多少魔物寄りに脚色して。

 時折、講談のようになることもあったが、妖精ピクシーのダンスも相まって好評を得た。

 俺の容姿によるものも大きい。メタリカーナ邸の映し鏡でようやく自分の姿をじっくり見たが、さすが魅力8は伊達じゃなかった。


 酒場に美貌の吟遊詩人とくれば、酔った客に絡まれるため、双頭犬オルキュロスを侍らせていたが、始めた当初はともかく、慣れた今では、厳ついトロルの信奉者ファンが増えたこともあってか、妙な気を起こす者はいなくなっていた。


「あなたの語る物語も、曲も、少し変わっていて素敵ですね。」


 その日の出し物も盛況に終わり、片付けを始めた最中、話しかけられた。


 顔を向けると、首の無い、いや左腕にぶら下げたバスケットに、美しい顔の金髪の頭を安置させた、銀甲冑のメイドが立っていた。

 何を言っているのか分からないでしょうが、俺も何が起きているのか分かりませんでした…。

 つまりこの場合、バスケットの生首と目を合わせるのが正解だろうか。


「こんな姿ですから、姿を見せるのははばかられたのですが、どうしてもお話をしたくて、ご無礼させていただきました。ごめんなさい。」


「はぁ。神話とか、お好きなんですか?」


「はいっ!彼方此方と移動が多いので、よく物語の聖地には観光に寄ってるんです!」


 おたく気質のある人なんだと安心した。見かけが少し恐ろしかったので。

 などと思ったが、俺はふと違和感を感じ気になったので聞いてみる。


「私の演じた話って、ご存じなんですか?」


 今日の演目はスキュラ十八番のグラウコス、キルケーとの泥沼三角関係からのスキュラとカリュブディスの狭間の話だ。昼のメロドラマみたいだな。


「南西のシケリア島のあたりの話ですね。やはり、あちらのお生まれなんでしょうか? あっ、立ち入ったことを聞いてしまってごめんなさい…。」


 つまり、こっちにも、同じような神話があるのだ。

 さらに、地名まで恐らく一致している。

 ジョヴァンナの地図は都市名しかなく地名など書かれてなかったので、気にしてなかったが、今、この首無しメイドはシケリア島といった。シチリアの旧名だろう。

 だいぶ地形が違ってはいたが、地中海周辺に見えなくもなかった。そもそも、精度がそこまででもないかもしれない。

 ただ、それだからどうだという訳でもないが。


「彼女、最近こっちのほうに来てるみたいなんですよね。」


 何か、さらに爆弾を投下されたような気がする…。思わず眉根を寄せる。


「あ、ごめんなさい。カリュブディスがこっちに来てるって報告があったものですから。彼女あまり人の多い町とかには寄り付かないからいいんですけど。」


「カリュブディスは巨大な渦潮の怪物でしょ。こっちに来るってどういうこと?」


 俺は食い気味に尋ねる。


「ご存じないですかぁ。

 大渦潮『カリュブディス』の化身体の方の ”セイレーン” なんですけどね。」


「あっ。はい…。存じてました。」


 腐れ縁の相棒のようなものだった。


「前門の虎、後門の狼」が、英語のことわざでは「スキュラとカリュブディスの間」に当たる。

 まぁ、虎と狼が協力してるわけじゃないだろうし、俺たちが協力することも無いがな。


「なんか、話し込んでしまって、すみませんでした。

 でも、あなたとは、きっとまたどこかでお会いすることになるでしょう。

 私、先のことが多少わかるので。では、失礼をばさせていただきます…。」


 首無しメイドは姿を隠した。


「大変なことになりそうねぇ。」


 妖精ピクシーが他人事のようにこくりと呟く。


 あれ、デュラハンだろ。死を予言する妖精だという。

 非常に重たい気分になって、帰路に就いた。

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