◆Episode.17 復讐劇は過激に◆

 それから、三日が経った。

 弓弦が願いを叶えてほしいと『第二書庫』を訪れて以来、中島と弓弦の二人の姿を見たものはいない。

 あまりにも二人の仲が良かったことから、二人がいなくなった鈴蘭高校では「駆け落ちをしたのだ」「二人で逃避行をしたのだ」とはやし立てられた。

 それは何も事情を知らない人間からしたら、実に真実味があるとしか思えない。――事情を知らない人間、ならば。

 中島と弓弦、そして深山たちの込み入った事情を知っている市村から見れば、二人が消えた理由が恐怖に変わる。

 事実、市村は中島と、それ以上に弓弦の身を案じている。そのため、第二書庫の東側の席についていながらもそわそわと所在なくいるのであった。

「居ても立ってもいられないという風だね、市村くん」

「そりゃそうですよ。俺、あの二人に何かあったとしか考えられないんです。理宮さんが願いを叶えたなら、あの二人に何かが起こらないほうがおかしいでしょう」

「君の意見はもっともだ。だが、『願い』が叶わないということが僕にとってどれだけの悲しみであるかも考えてくれ。まあ、あの二人なら叶えてくると思うがね」

 言って、理宮は肩をすくめてみせた。

 理宮はいつも通りの場所に座っている。背の低い本棚の上に、脚を組んで。その表情も、いつも通りだ。

 しかし――理宮の表情が、一変した。それを市村は見逃さなかった。

「え、な、何ですか」

「やっと主賓のご来場だなと思ったからね。そぅら、来るよ」

 市村が何が起こるのか、と危惧していると。


こんこんこん!


 と、強いノックの音が第二書庫に響いた。

「誰が?」

「わからないかね?」

 にたり、と理宮が笑う。そして扉の向こうにいる人間に声をかけた。

「どうぞ入りたまえよ――中島くん」

 中島が、と市村が驚いていると、そんな市村を無視するかのように扉が乱暴に開けられ、ひどく憔悴した様子の中島が強い足取りで第二書庫に入ってきた。

「理宮真奈......『第二書庫の魔女』。あなた......何をしたんですか」

「おや、何とは何だね。そんなに噛みつかれると気分が悪いよ。むしろ僕のほうが何があったか知りたいくらいだね」

 言いながら、理宮は市村に目配せをする。筒香のときと同様、理宮の身に何かありそうなときは中島を止めろ、という意思だろう。察した市村は、大きく頷く。

「中島くん。君がここに来たということは『願い』が叶ったということだね」

「あんな......あんな残酷なことは......ぼくは望んでいなかった......!」

「それはどういう意味か、訊いてもいいのかな」

「あまゆが......あまゆが、自殺した! どうして、何も、何も前兆なんか無かったのに!」

「ほう、彼女が」

 理宮の表情は、鬼気迫る中島の顔と対照的に涼し気なものだ。市村はそれを眺めながら二人の会話を聞いている。

「彼女はどうやって死んだんだい?」

「入水ですよ......海に入って、最初は事故死じゃないかって......でも争ったとか、そういう形跡がなかったって......だから、自殺じゃないかって......」

「へぇ。弓弦くんは【溺れた】のか」

「溺れた、って......当然でしょう」

「君が【愛した】から、【溺れた】」

「なっ、そんな訳......」

「ない、とは言い切れないだろう。そもそもだ。争った形跡がなかったというのは前提として置いておこう。だが、遺書はあったのかい? 誰にも知られないように死んだのかい? 本当に、君は弓弦くんが【溺れた】ことを知らなかったのかい?」

「どう、いう......」

「なぁに、僕はこう言いたいのだよ。『愛に溺れたい』深山くんのことを愛の感情を持って溺れさせ、殺した。そして『溺愛したい』弓弦くんのことを溺れさせながら愛したのではないか、とね」

「あ、ありえない......でしょう......!? ぼくは、そんなこと望んでいない......」

「本当にそう言えるのかな。深山くんの愛は正直、手に余るものだった。だから、【溺れたい】という言葉のままに殺した」

「そん、な......」

「そして、弓弦くんの方は逆だ。弓弦くんは君が愛していた。愛しているがあまり、別れ話を持ち出されたときに【溺れさせ】【愛した】。そうではないのかな」

「............」

「つまり。君の『願い』は叶い、【運命】へと昇華した」

 第二書庫が沈黙に包まれる。

 じわ、じわ、と中島の顔が恐慌に歪む。中島はその表情を、黒い手袋をした両手で覆い隠した。

「さて、どうかね?」

「ひゅ......かは......」

 問いかけに、中島は答えない。かわりに、短く浅い呼吸を繰り返している。このままでは過呼吸になってしまうかもしれない。市村が心配し、声をかけようと身を乗り出したそのときだった。


「か、は、あ、はははははははは!!」


 中島は突如、哄笑した。

 先ほどまでの様子と一変し、中島の瞳には狂気が宿ってしまっている。言葉が通じるのか、怪しいかと思わせるほどの嫌な雰囲気をまとっている。

「ねえ『魔女』さん......ぼくがそんなことをしたっていうのなら、証拠はあるんですか? 何か、何か確信くらいあるんでしょう? ねえ、ねえ!?」

「ああ、あるさ。だがそれよりも前に、君に肯定してもらいたい。僕が言っていることが真実なのか否かをね」

「そうですか......そうですか......! それなら言いますよ。ぼくはあまゆを殺した。魅音も殺した。二人は......死にました。ぼくの手によって死にました。でも、それをどうやって証明するんですか......?」

「証明など必要ないよ。君が事実を述べた。僕は『願い』が叶ったことを確認した。それだけで充分さ」

「そんな訳ないでしょう! ......どうして、あまゆは死ななくちゃならなかったんですか、どうして、あまゆは僕から離れたいなんて言い出したんですか......」

 中島の狂った瞳が理宮を捉える。次々に飛び出す質問に、理宮は涼しい顔で返した。

「簡単さ。君は弓弦くんを『溺愛』したかった。溺死させてもいい、彼女からの永遠の愛が手に入るなら。はは、まるで歪な人魚姫だね。弓弦くんを【溺れさせて】までも【愛して】いたかったなんて」

「人魚姫? 意味がわからない......どういうことだ......」

 徐々に、中島の言葉が乱暴になっていく。市村も、身を乗り出す。理宮に危険が及ぶ前に、動かなければならない。使命感に従順になって、理宮のことを守ろうと中島の右手を掴んだ。

 市村の行動を全く気にしない様子で、中島は何度も問う。

「どういうことだ......人魚姫......? 歪......? 何を言っているんだ、あなたは」

「新たな愛を求めた中島くんは、深山くんを殺し自由を得た。そして新たな愛を手に入れた君は、今度は永遠の愛を手に入れるために弓弦くんを殺した。まるで永遠にクライマックスを廻る人魚姫のようじゃないかい」

「それで......どうしたいんですか......」

「こう言いたいのさ」

 理宮は一拍、置いて宣言した。


「深山魅音、そして中島ゆうの『願い』は叶った。【運命】として実現した。『魔女』としての僕の役目は――終わった」


 その宣言に、中島は弾けたように理宮に手を伸ばす。

「ふざけるな......ふざけるな! ぼくはこんな形で叶う『願い』なんて望んでいない......!」

 市村が、必死に中島を抑える。勉学に励む身であることが幸いして、力はそれほど強くない。市村でも十分に抑えることができた。

「残念だけれどね。『願い』は叶ってしまった。君だけを残して、全ての『願い』は叶ってしまった」

「く、ぅ、うぅ......」

「深山くんは【愛に溺れ】、弓弦くんは【溺れるほど愛された】のだ。僕には、これ以上どうしようもない」

 無力さに、理宮は少しだけ脱力する。しかしすぐに、理宮は真っ直ぐに手を伸ばし、中島を指し示して言った。

「だが、中島くん。この『願い』を叶えたのは、君だ」

 がくん、と。中島の身体から力が抜けた。

「は、はは......本当、ですね......魅音を殺したのも、あまゆを殺したのも、ぼくだ......」

 力の無い言葉に、真理が混じる。

「ぼくの『願い』は......残酷だった、んで、すね......」

 そのまま、興奮状態から抜け出した中島はぐったりと第二書庫の床に伏せた。

「理宮さん。この話は」

「そう、この話はまるで――人魚姫悲劇、だね」

 悲しみに溢れた恋物語。

 ハンス・クリスチャン・アンデルセンはこの様相を見て何を思うだろうか。

 それは誰にも、わからない。


【Continue to the next Episode】

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