四、遅くてもダメ、早くてもダメ。

 は、へ……助かった?


 草花などの緩衝物は生えていない、茶色い土が露出した地面。

 あまり人が踏み締めた雰囲気はないが、そこそこの硬さがある土の上に、私は転がっていた。

 ひとまず無事な我が身体。

 消失してない意識を確認して、安堵する。


 ほわー、良かったぁ。なんとか割れないで済んだのね。

 結構な高さがあったから、もうダメかと思ったよ。

 ちょっとステータスを見てみよう。耐久値、耐久値はどうなっている?


 名称 『 』

 種族 『空き瓶』

 属性 『光』

 耐久値 2/12

 スキル 【万物操作】【無機物ボディ】『精神耐性Lv1』『光魔法Lv1』『硬化Lv1』


 耐久値2!?

 瀕死状態じゃないのよ! 画面が、画面が赤いわ!

 落ち着け。『精神耐性Lv1』よ。


 ふー、危なかった。本当に危なかった。

 【無機物ボディ】のお陰か耐久値が2であっても、身体のどこかが痛んでるという事はない。

 そもそも最初から痛覚は存在してないっぽかった。

 周囲を見渡したり、考える事はできるのに、不思議ねー。さっすが異世界。


 辺りに感覚を伸ばすと、ゴミ捨て場付近の微妙な位置にいた。

 少しズレていれば硬質な石畳に落ちてただろうし、森の方へ行けば大きな岩もあったろう。

 街の端に作られたゴミ捨て場。

 私がいた場所は、街と森の境界に作られたそれのようだった。


 あ、もう夜だ。

 半日ぶりくらいだろうか。ゴミの中に埋もれていて分からなかったが、外は燦々と輝く星が満天の空を埋め尽くしていた。

 きれー。

 やはりと言うべきか煙るような都会の暗い夜空ではなく、澄んだ空気の作り出す星空が、私の心を洗ってくれる。

 星座などには詳しくないけど、配置の違う星空は異世界に来たという感慨を生む。

 どうせなら、まともな身体人間として見てみたかった。


 綺麗ね。心が洗われるわ。女神を許すつもりはないけど。

 こんな事くらいで空き瓶にされた怨みが晴れる筈ない。

 なぜ私がこんな目に遭っているのかと思わなくもないが、奴の思惑なんてどうでもいい。

 私は怒った。女神には絶対に復讐する。

 これは、決定事項なのだ。



 ま、だからといって異世界を楽しまない理由にはならないけど。

 地面に転がったまま、のんきに夜空を眺める。

 この透明ボディも、煌めく星の光を反射しているのだろうか?

 うん、全然ロマンチックじゃねーよぅ。


 感慨に耽るのはここまで。

 スキルを確認しよう。


 さっきの騒動で新しいスキルを習得していた。スキルって、やっぱ覚えられるものなんだね。

 その新たなスキルは『硬化Lv1』。

 一般的なスキルのようだけど、覚えたタイミングが秀逸過ぎた。

 宙に舞った私の身体が地面に激突する瞬間━━このスキルは発現したのだ。

 もしかして、これがあったから割れなくて済んだんじゃね?

 もしかしなくても、硬化って硬くなる事だべ?

 私の命を救ってくれたありがたいスキルだ。ありがたやー、ありがたやー。


 スキル━━技能とは、それらに関連する行動を取り続ける事で習得するイメージだ。

 私の耐久値が2まで激減する体験が、新たなスキルを覚える経験となったのだ。

 ん? ってことは、硬化で助かったんじゃないじゃないの!

 私の感謝の心を返せ。


 ハッハッハッ。


 結果オーライ。

 割れなくて死ななくて済んだんだから、良かったわよ。

 このスキルを鍛えていけば、落ちてガッチャンあの世行きは避けられるかもしれない。

 耐久値の最大が10から12に増えているのもそのせいだと思われる。

 急遽、私のスキルの中で重要度が増した硬化であった。


 カプリ。タッタッタ。


 よーし、スキルを上げていくぞー……って、なんか運ばれてない!?

 流れる景色。生ぬるい吐息。

 生き物っぽいに咥えられてるんだけど!

 私を運ぶ某かに、慌てて意識を向ける。


 赤い?

 これは口内か。がっつり咥えられてるじゃない。白い牙も見える。

 私は食べ物じゃないよー?

 犬かなにかなのかな。もう少し引きで見てみると、茶色い毛並みが見てとれた。

 どうやら犬っぽい生き物が私を咥えて運んでいるらしかった。


 おーい、どこへ行こうというのかね? 私を齧ってもダシは出ないよー?

 みるみるうちに変わる景色。

 建物の間を走ってるところを見ると、どうやら街の中へと入ったようだ。

 木造や石造りの建物。

 二、三階建てのものもあるところを見ると、そこそこの規模みたい。

 街の作りなんて知らんけど、石を積み上げて作った塀や、石畳がしっかり整備されてるのが、それを証明している。


 私が街並みに感心しているうちに、私を運ぶ生き物は目的地に到着したようだ。

 家の敷地を囲む塀。

 そのうちの一部が崩れてしまっている所から中に飛び込んだ私は、そのまま庭を通り抜け、家に向かう。

 扉の一部が切り抜かれて蝶番が付いている。

 つまりは、この運送主が家を出入りできるように手を加えているのだ。

 ペットの放し飼いはいけませんよー。地域住民の事も考えましょう。


 家の中に侵入した運送主は、器用に階段を上り始める。

 二階建ての家のようだ。広さもそこそこあるようで。

 廊下を渡り、一つの扉の前で歩みを止めた。


 カリカリ……。


 前足を伸ばすと、扉をノックするように爪を立てる。

 賢い犬だな。犬か分からんけど。

 どうにも訓練されたらしい運送主は、この部屋の主に合図しているようだ。

 すると、部屋の中から歩いてくる気配を感じる。

 声が聞こえたと同時に扉が開く。


「お帰りタロウ。また何か拾って来たのかい?」


 この部屋の主だろう。

 黒いローブを着た妙齢な少女が、タロウと呼ばれた運送主を部屋へと招き入れた。

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