二、ゴミの中

 思い出した……。


 私は異世界転生だなんていって浮かれていて、それで怪しく嗤う女神に捨てられるようにしてこの世界に来たんだった。

 悔しい。

 良い行いをして、神様に慈悲をかけられたと期待してたら、生じたエラーを排除するように送り込まれるなんて。

 ゴミ同然に、捨てられるなんて……。


 ふぬおお! 許さねぇえええー!

 私は自身の奥底から湧き上がってくる感情に身を焦がした。

 ゴミ同然どころか、本当に空き瓶ゴミにしてくれやがってあの女神。

 いや、待て。今やこの身はなのだ。

 あんまり自分を悪く言うのは、よくないわよねー。


 それに、不思議とそこまで絶望感はなかった。

 これは諦念だろうか。うーん、ちょっと違う気がする。

 あれかな、身体が物質空き瓶化した事による弊害とかそんなんかな?

 感情がある程度セーブされているような気配がある。

 まぁ、空き瓶になんてなったことないし?

 なにかしら影響はあるのだろう。

 良い影響なのは確かで、過敏に反応し過ぎて精神が崩壊するよりはマシだ。


 うーん、しっかし……ゴミ捨て場よね。

 辺りに感覚を伸ばしてみると、燃えるゴミ燃えないゴミが入り乱れて山のようになっている。

 私が落ちてきたのは生ぬるいゴミ袋の上で、なんとも言えない感覚がの方から伝わってくる。

 底って、足のとこね。足ないけど。


 近くに感覚を伸ばしてみると、先程私と一緒に放られた仲間達がいた。

 ━━が、彼らは無惨な姿になってしまっていた。


 ひええ、バラバラ!

 落ちた場所が悪かったのだろう。

 質の悪いガラスでできた空き瓶は、硬い物にでも当たったのか粉々に砕けている。

 彼らは当然『物』なのだ。

 己の持つ耐久度を越えた場合、脆くも崩れ去ってしまう。

 そして、それは私へも同様の可能性があることを示していた。


 あ、あっぶなかった。気持ち悪い生ゴミの袋でも、私の身体を守ってくれたのね。

 一人身震いする……身体はピクリとも動かなかった。



 ふーむ、どうしたもんか。

 暫く、考えることにした。どうせ動く事はできない。

 稼働する領域も、間接も、骨や肉すらない身体。

 この感覚は少し慣れない。

 窮屈かといえば、そこまでではないのだけど。

 例えれば、こんにゃくの壁にでも捕まった状態だろうか? どんな状態だよそれ。


 あの瓶達の中に、私と同じ境遇の者はいたのだろうか。

 私のように女神から騙されて、悲劇的な末路を迎えた人達だったのか。

 んー、そんな訳ないかなー。

 どのくらい異世界転生をする人がいるのか知らないけど、そんなホイホイ空き瓶にはされていないだろう。

 日本では古来から八百万の神とか言われてるが、万物に魂が宿っているとは考え難い。

 ひとまずは、私だけの例外と思っておこう。

 そうでないと目覚めが悪すぎるし。この身体で寝れるのか知らんけど。


 さて、私にできる事を確認するか。

 たかが空き瓶、されど空き瓶。

 私はただの空き瓶になった訳じゃない。

 私には、女神から授かった特別な力が備わっているのだから。


 ふむ、どうすりゃいいのかな。とりあえず、定番のステータス! ステータス表示! 状態確認!

 私の意思に反応して、脳内のどこかの領域に文字列が浮かび上がる。

 やった、成功だ。てか、脳みそ無かったわ。

 ちなみにどの単語が反応してそうなったのかは、定かではない。

 後でやってみたら、特に言葉を発する必要はなく、意識を向けるだけでステータスは表示された。

 実際、言葉は発してないんだけどね。空き瓶ですからー!


 ふー、第一関門は突破かな。光明が見えて良かったわ。

 あのドクサレ女神に最初から全てを騙されていたとしたら、授かったスキルや属性も嘘だった事になる。

 そうなればさすがにできる事は極小に限られ、私の精神も危なかったかもしれない。

 いかに鈍感とはいえ、本当に何もできなくては辛かっただろう。

 だけど、私はただの空き瓶じゃない。

 あんの女神め、目にもの見せてやろうってんじゃないの!


 私の当面の目的は決定した。

 打倒女神。

 このゴミ捨て場から這い上がって、あのいけ好かないニヤケ顔に一発ぶち込んでやるんだから。


 ……ドザザザ。ドサドサ。


 その時、私の頭上にが降り注いだ。

 ぎにゃー! あっぶ、硬いの、硬いのはないわね!?


 追加のゴミが捨てられてきたようだ。

 お陰で私の身体はゴミの山に埋もれてしまった。

 うーん、これで本当にゴミの中ね。硬いゴミがなくて助かったわ。

 どうせ窒息死する事もないだろうし、気長にできる事を探りましょう。


 私はステータスへと意識を移す。


 名称 『 』

 種族 『空き瓶』

 属性 『光』

 耐久値 9/10

 スキル 【万物操作】【無機物ボディ】『精神耐性Lv1』『光魔法Lv1』


 ほっほーぅ。よくある形のステータスなんだろうけど、幾つか突っ込みどころがあるわね。

 まず、やっぱり『種族』が『空き瓶』っておかしいでしょ!

 種族じゃないし。【無機物ボディ】ってスキルがあるなら、『種族』も無機物じゃないんかと。そっちの方が自然だろうに。

 さてはあの女神、最初から仕組んでやがったな?

 これで奴の所業がハッキリした。確率なんて嘘だった。


 次に、耐久値ってなんじゃらほい。

 そこはHPヒットポイントでいいんじゃないかと思うんですけど。

 そんなとこまで空き瓶クオリティを求めなくてもいいのよ?

 さりげなく耐久値1減ってるし。落ちた時かな?


 最後に、名称が『 空白』になっている。

 これが持つ意味は意外に大きい。

 そもそも名称、名前とは何か?

 それはもちろん個人を特定するための記号であり、コミュニケーションには欠かせないものである。

 だけど、それは家族が、自分が認識するものであり、国が戸籍として登録するもの。

 じゃあ、異世界では?


 異世界には、ステータスという個人を特定できる絶対的な仕組みがある。

 この名称は、生まれた時に登録するものなのか。

 普通に考えれば、子が生まれた際に親が登録するか、教会などの神の代行機関が行っている可能性が高い。

 いずれにしてもステータスに登録しておけば、個人を個人たらしめる名称を裏付けしてくれるのだ。

 そうなると、女神もそれを利用して個人を把握している筈だ。


 その名称が『 空白』。

 詳しくは分からないけど、私の動向を簡単には把握できない可能性があるのだ。

 女神の奴は、私の事ゴミなんか廃棄して忘れていることだろうけど、世界の管理者たる女神に一矢報いるのであれば、これはアドバンテージ足り得る。


 些細な事かもしれない。

 けど、いきなりゴミ捨て場のどん底に突き落とされた私は、一つの自由を手に入れた。

 あの憎っくき女神の管理からすり抜けているという事実が、私の心に反逆の火を灯した。

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