第4話 帝国歴318年~319年、皇帝ニコラ1世


 兄皇太子トーマスの不慮の死のため皇太子に立てられたニコラだが、その結果、週に一度の御前会議に出席しなくてはならなくなった。


 御前会議での席は、まず会議室の一段高い位置に据えられた玉座に座る皇帝アトルイア4世。


 皇帝から見て右手にニコラ、左手に宰相、それから順に軍務大臣、財務大臣、内務大臣、外務大臣などが居並んでいる。


 軍務大臣は陸軍局の局長も兼ねており宰相に次ぐ大きな権限を持っている。また、宰相には軍務大臣経験者がつくという暗黙のルールが帝国には存在するため、軍務大臣は宰相の後輩であることが一般的で、宰相の派閥の人間と考えて差し支えない。


 軍務省の下には軍務会議という名の機関が設けられており、そこで帝国の軍事方針が策定される。軍務会議議長には慣例として宰相経験者が就く。また、軍務会議には財務大臣またはその代理、外務大臣またはその代理、内務大臣またはその代理がオブザーバーとして参加している。軍務会議で策定された軍事方針案は軍務大臣により御前会議に諮られ、皇帝の裁可の元、正式な帝国の軍事方針となり関連命令が整備され予算措置がとられることになる。


 大臣でもないニコラには御前会議での報告義務などないためオブザーバーとしての出席なのだが、皇帝に次ぐものとして、席次的には臣下として最上位の席に座っている。


 ニコラの研究予算などは宮内省内局が扱っているが、基本的に宮内省内局の予算案はいかなる掣肘せいちゅうも受けず裁可される。一応の目安として、宮内省内局の予算は国家予算の百分の一を上限とするという暗黙の了解は存在するが、通常年度はその八割程度に収まっている。もちろん皇帝の即位式などイレギュラーな国家行事などがあればこの限りではない。


 ニコラの研究関連施設の建設についてはこのイレギュラーとして扱われたため、何の問題もなかったが、研究が進み実験段階をへて、開発段階にさしかかっている現状、近いうちに宮内省内局予算を大きく膨らませることになることは、ニコラの中では既定路線である。財務大臣が渋い顔をするのは目に見えているが、渋い顔以上のことはできないとタカをくくっている。


 なお、宮内省には大臣が任命されることはない。御前会議を主催する宮内庁外局長は会議には出席はしているが正式な席はなく、ただ会議を見守るだけの存在である。



「……、現在開発中の陸戦兵器、ドールmk5、デュナミスの開発も目途が立ち、性能試験の後、量産化が開始されます。実戦配備につきましては三年計画で、初年度1000、次年度2000、第三年度3000、合計6000機の配備を予定しています。配備が完了しますと、陸軍常備60個師団に対し各師団100機のmk5、デュナミスが配備されることになります」


 ニコラからすれば、ドールを集中配備した師団を何個師団か作った方が打撃力の面で使い出がありそうだと思ったが、これについても何も意見することは無かった。


 参考人として御前会議に出席している陸軍局局長がデュナミスの配備計画を説明したところで、財務大臣が、


「それで、実戦配備の初年度とは具体的にはいつになるのかね? 開発の目途が立ったというが、既に開発のため追加予算を二度にわたって組んでいる。まだ開発が完了していなかったのかね?」


「は、はい。何分新しい試みを行っておりまして、当初予想できなかった不具合なども発生した関係で開発が遅延いたしました。順調にいけば来年度には量産が開始されると思います」


「順調にいけば、ということは、そうでない場合があるということなんだろう? そういった状況だと、性能試験でちゃんとした性能が発揮されるとは言いきれないんじゃないかね? 性能試験で問題が見つかるなり、予定性能を発揮できなければ、量産はさらに遅れるのだろう?」


「いえ、おそらくそんなことはないと思います」


「きみが思う思はないはどうでもいいが、さらなる遅延が発生する可能性があるんだな?」


「可能性が無いとは言い切れません」


「正直に言ってくれてありがとう。

 財務省としては、軍部に対しできるだけのことはしたいが、国家予算に余裕があるわけではない。そこのところをちゃんと考えてしっかりやってくれたまえ」


「は、はい」


 ニコラにとってはどうでもいい話なので黙っていたが、自分から見てゴミのような機械をたくさん作る必要はないと思ってはいる。しかし、ムダ金ではあるが、これも雇用を生み出す社会福祉政策の一環なのだと考えて納得することにした。




 週に一度、半日が無駄になるが、ニコラは父皇帝が安心するのならやむを得ないと、真面目に御前会議に出席していた。




 帝国歴319年。


 年が明け、ニコラの父アトルイア4世が風邪をこじらせ寝込んでしまった。


 当初病気は肺炎と判断され、担当医が肺炎薬を投与したが、なかなか快癒しないため精密検査を行ったところ、胸部に腫瘍が発見された。早期に発見できていれば切除も可能だったようだが、既に腫瘍が肺全体を覆い、治療は不可能とされた。


 病状の進行が非常に早く、腫瘍が発見された二カ月後にはアトルイア4世は崩御し、一月ひとつき後、帝都郊外で大喪たいそうの礼が執り行われた。


 ニコラは皇帝崩御の翌日。ドライゼン帝国第十八代皇帝ニコラ1世として直ちに即位し、年が明けた翌年、帝国歴320年1月、国を挙げてのニコラの即位式が執り行われた。





【付録】

帝国の政府機構

皇帝

 宮内省

  内局:帝室に関わる事項全般、帝宮内全般

   帝宮警備隊

   近衛師団:陸軍所属の師団であるため陸軍局に人事権はあるが、直接の命令権限は陸軍にはなく、宮内省内局長が持つ)

  外局:外部との窓口、御前会議主催

宰相

 軍務省

  軍務会議:帝国の軍事方針を策定

  陸軍局

   作戦部

   戦務部

   陸軍開発部

   陸軍工廠部

  海軍局

   作戦部

   戦務部

   海軍開発部

   海軍工廠部

 財務省

  税務局

  予算局

 内務省

  地方行政局

  法務局

  司法局

  公安部

 外務省

 産業省

  農務局

  鉱工務局

  商務局

  運輸通信局

 建設省

  建設局

  河川港湾局

 教育科学省

 その他



なお帝国には議会は存在しない




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