第25話 プロポーズ

「えぇ……」


ロザリア様からの説明に、私は軽く引いてしまう。

彼女は自分の趣味や野望を御両親や国王夫妻に包み隠さず伝え、その上で王子と結婚する場合、男女の関係を持つ事は諦めて欲しいと伝えたそうだ。


彼女はBLにしか興味がなく。

異性との恋愛には全く興味がないらしい。


だが今更婚約を破談にする訳にも行かず。

かといって王家には世継ぎが必要となるため、そこで第二夫人を娶って、その女性と世継ぎを成すと言う事になったそうだ。


「だから頑張ってね!」


そう言うと、ロザリア様は満面の笑みでウィンクして来る。


王子の第二夫人候補は星の数ほど……とは言わないまでも、かなりの数が挙げられていた。

そんな中、私を強く推薦してくれたのが彼女だ。

「超優秀なターニアを逃さない為にも、王子との結婚でこの国に楔を打ち付けるべき」と言う、ロザリア様の台詞が決め手となって、私が第一候補に決まったそうだ。


楔はもう打ち込まれているような物だが、他の人間からすれば私が王子に惚れている事などあずかり知らぬ事。

現状私の力に縋りたい国からすれば、逃げられない様にするために私を選んだと言う事だろう。


目出度い決まり方ではないが、それでも……選ばれた事自体は凄くうれしかった。

ロザリア様には、本当に感謝しかない。


だが当のクプタ王子の気持ちはどうだろうか?

さっきから難しい顔をしている。

国のためとはいえ、私を押し付けられるのは嫌なのかもしれない。


「ターニア。婚約の話はあくまでも打診なんだ。強制じゃないから、嫌なら断ってくれてもいいんだよ」


それまで黙って聞いていたクプタ王子が口を開く。

それを聞いて思った。

ああ、やっぱり私とは結婚したくないんだろう、と。


王子は立場上断れない。

国を守らなければならないのだから。

だから私の方から断って欲しいに違いない。


まあそりゃそうよね。

王妃がBL好きで、第二夫人が化け物みたいな魔導士じゃ……余りにも王子に救いがないもの。


「何馬鹿な事言ってるのよ!ターニアが断る訳ないじゃない!」


「ロザリア。彼女はカサンで王族と結婚させられるのが嫌で、国を出ているんだよ。この国でも同じ事をするつもりかい?」


「それはその相手がどうしようもない男だったからよ!クプタだったら大丈夫だって言ったでしょ!ね、そうよね!ターニア!」


「あ、ええっと……その……」


聞かれても答えに困る。

勿論ロザリア様の言う通りではあるが、王子の事を考えると「はい!凄く結婚したいです!」とは答えられない。


「ほら、やっぱり嫌がってるじゃないか。ターニア、我慢しなくてもいいんだ。君は君の意思を尊重してくれれば」


「は、はい」


自分の意思か……


正直、このまま状況を利用して王子と結婚したいってのが本音だった。

例え好かれていなくても、彼の傍に居たい。

でも好きな人の意思を尊重せずに押しつけるのは……クプタ王子に負担を強いる自分優先の行動はやはり戸惑われる。


「……まったく。クプタは私の話を全然信用してないわね。まあいいわ。私がいたら話しにくい事もあるでしょうから、二人できっちり話し合いなさい」


そう言うとロザリア様は席を立ち、私に耳打ちしてくる。

「告白するチャンスよ」と。


雰囲気的に、全然そんなチャンスには思えないのだが?


彼女は室内のメイド達を引き上げさせ、自身もさっさと退室してしまう。

気まずい空気の中、沈黙が訪れる。

それを破ったのは、クプタ王子の方だった。


「全くロザリアにも困ったものだよ。強引と言うか、マイペースと言うか」


「そうですね。ロザリア様は一本芯が通って――BL一筋の生き様――いて、ブレない人ですから」


「最初彼女の趣味と、生きる目標を聞かされた時は本当にびっくりしたよ。一体何の冗談かと」


クプタ王子は苦笑いする。

まあ自分の婚約者が完璧に腐っていたら、そりゃもう笑うしかないだろう。


「そうですね。私も最初聞いた時は、何を言ってるのか理解できませんでしたから」


「ターニアは前から知っていたの?」


「ええ、まあ。黙っていてすいません」


BLは熱の籠った趣味程度だろうと考えていた。

流石にまさか、現実の色恋に興味がまったくなくなる程嵌っているとは知らなかったが……いや、よく考えるとそれは私のためについてくれた嘘なのかもしれない。


暫くロザリア様関連で談笑を続けると、ふと話題が途切れ、再び沈黙が訪れた。

そしてそれを再び破ったのは王子だった。


「ロザリアはね。君が僕の事を好きだと言っていたんだ。だから僕との結婚はきっと喜ぶ筈だって」


「ええぇぇぇぇ!!」


急に投げ込まれた直球に、立ち上がって叫んでしまう。

告白のチャンスとか言いながら、すでに私の気持ち伝えちゃってるじゃん!


「それが彼女の思い込みでしかないって事は分かってるよ」


「……」


決して思い込みなどではない。

事実だ。

だが口にするのは躊躇われる。


「僕はね、この国の為に頑張ってくれている君には幸せになって欲しいんだ。望まない結婚は不幸しか生まない。僕はその事をカルメで嫌と言う程思い知らされた。だから君には政略結婚ではなく、本当に好きな相手と結ばれて欲しい」


クプタ王子が真っすぐ私の眼を見て、優しく笑う。

私の事を思って向けられる誠実な笑顔。

私はそんな笑顔を見て、彼の事をますます好きになった。


そんな笑顔を向けられたら……我慢できなくなってしまう。


「王子は……私と結婚するのは嫌ですか?」


「そんな事はないよ。僕は只君の事を思って――」


「私は!私は王子が好きです!形だけでも傍に居られるなら!王子と結婚したい!」


……ああ、言ってしまった。


拒否権の無い王子に告白すると言う事は、それは彼に結婚を強制する事になる。

だから告白するつもりはなかったのだが、自分の感情を抑えきれずに思わず吐露してしまった。


こんなに精神的に脆い女が、かつては聖女と言われていたのだからお笑い草だ。


「そっか……ロザリアの話は本当だったんだね」


「はい。私は王子の笑顔が好きです。暖かなお日様の様な笑顔が。初めて会った時からずっと。あの時から、私は優しい王子が好きでした」


私の言葉を聞いて、王子は何とも言えない表情をする。

やはり迷惑だったのだろう。

少し悲しい気分になる。


「僕は……優しくなんかないよ。僕は……」


一端言葉を途切らせ、王子はカップの中の紅茶を一気に飲み干した。

そして暗い表情のまま、重い息を吐きだすかの様に続きを口にする。


「カルメの事が好きだったんだ」


王子の好きな女性。

それがカルメさんと聞いて、思わずショックを受ける。

正直、そんな素振りは全く見えなかったので純粋に驚いた。


「勿論片思いさ。初めて会った時にはもう彼女にはタラハシがいたからね。でも僕は二人が婚約したと分かっても諦める事が出来なかった。ずっと彼女が好きだったんだ」


――好きな相手が自分の親しい相手と恋仲になっている。


それを諦めきれずに近くで見るのは、きっと辛かった筈だ。

グプタ王子の苦しみを考えると、私まで胸が苦しくなってしまう。


「だのに僕はカルメを見捨てた。彼女が脅されて嫁ごうとしていたのに、僕は何もしなかったんだ。僕はね、好きな相手を平気で見捨てられる人間なのさ。そんな僕が優しい筈はない」


王子が視線を下に向ける。

その表情はとても辛そうだ。

きっと何も出来なかった過去の自分を、彼自身が許せないのだろう。


「でも、それはどうしようもない事じゃ……」


王子と言う立場上、国を守る為には仕方が無かった事だ。

それを責めるのは酷という物だろう。


「確かにどうしようもない事だった。そしてどうしようもなければ、また僕は同じ事を繰り返すだろう。もし君が危機に陥っても、それがどうしようもない事なら僕は君を見捨てる。間違いなく。僕はそういう冷酷な男なんだ」


そう言った王子の顔は凄く辛そうだった。

涙を流していないだけで、私には泣いている様にしか見えなかった。


きっと王子は自分の醜い部分が許せないのだろう。

でも私には分かる。

王子は優しい人だと。


「私は優しい王子が好きです!」


ハッキリと宣言する。

それを聞いて、王子が驚いた様に私を見る。


「本当に冷酷な人間なら、そんな事悩んだりしませんよ。優しいから、優しすぎるから王子は自分を許せないんです」


きっと王子の優しい笑顔は、その苦しみの裏返しなのだろう。

醜い自分が嫌で、少しでも優しい人間になりたくて……そんな優しく強い気持ちを求める王子の笑顔だから、きっと私は心惹かれたんだ。


「もう一度……いいえ、何度でも言います。私は王子が好きです」


真っすぐに王子を見つめる。

もう迷いはない。

私は結婚して、妻としてクプタ王子を支えてみせる。


「王子が醜い自分が嫌いだって言うなら、タラハをそんな物を出す必要がない国にしましょう。そうすれば王子は苦しまずに済みます。その為に、私はこの国を守ります。どんな悪意からも。だから……だから貴方の傍で……その笑顔を見守り続けさせてください!」


「ターニア……分かった。僕も君を失望させない様に頑張るよ」


王子は椅子から立ち上がり、私の目の前で跪いた。

そして私の左手を取り、口付けする。


「ターニア、僕と結婚してくれ」


「喜んでお受けします」


私は笑顔で王子のプロポーズに応えた。

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