第16話 結婚指輪

「な!?何故ここに!?」


屋敷から隔離されたプレハブの扉をノックし、それから中に入った。

俺の顔を見た途端、老夫婦が驚いて椅子から立ち上がる。


「お久しぶりです」


俺は二人に静かに頭を下げて、ベッドに近寄る。

愛しい彼女の寝かされた場所へ。


「い、いかん!それ以上近寄っては!!」


大声で制されるが、俺はそれを無視してベッドの淵に立った。

そこにはカルメが寝かされていた。


「覚悟の上です」


「そんな……あなた」


彼女の祖母が膝から崩れ落ちる。

カルメの願いは俺が幸福になる事だった。

祖父母もそんな彼女の気持ちを汲み、俺に今まで黙っていたのだ。


「彼女の心遣いを踏みにじる様な真似をして、申し訳ありません」


それなのに俺が此処に来た事で、全てがご破算になってしまった。

悪い事をしたとは思う。

だがそれでも俺は――


「ですがどうか、彼女と最期を共にする勝手をお許しください」


「ありがとう」


「愚かな行動だが……すまん、感謝する」


それだけ答えると、彼女の祖父母はベッドの脇の椅子に腰かける。

その目からは涙が溢れていた。


「カルメ、久しぶりだね」


俺は彼女の手を取って久しぶりの挨拶をする。

返事はない。

彼女の手はごつごつと腫れあがり、所々皮膚が破れて体液が垂れていた。


手だけではない。

それは全身に広がり、彼女のかつての美しさはもはや微塵も残されてはいなかった。

だがそんな事はどうでもいい。

俺は彼女のその優しさに惹かれて好きになった。


そしてだからこそ、彼女に裏切られて深く傷ついたのだ。

それこそ、誰も信じられなくなる位に。


だが俺は馬鹿だった。

あの優しい彼女が俺を裏切るはず等ない。


そんな事考えれば直ぐに分かる事だったのに……


俺は彼女の気持ちに気づく事も出来ず、女性不審になんかなって……


彼女を恨んだりして……


本当に……本当に馬鹿だった。


「匂いは大丈夫か?わしらはもう慣れたが」


「彼女の傍に居られる事を考えたら、些細な事です」


「そうか」


俺は布巾を手に取り、彼女の体を綺麗に拭いていく。

額を拭いていると――


「あ……タラ……ハシ……どう……して」


腫れあがり、半分塞がっている状態の瞼がゆっくりと持ち上がってカルメが意識を取り戻す。


「久しぶりだね。君に会いに来たよ」


「なん……で……」


彼女の瞳が潤み、大粒の涙が頬から落ちる。


「君と死ぬために此処へやって来た」


僕そっと彼女の唇に口付けする。


「愛してるよ。カルメ」


「馬鹿……あなた……は……馬鹿よ……」


「それは君も一緒だろ」


僕はかつて用意していた指輪を取り出し、彼女にみせた。

それは結婚式用に用意していた特注の指輪だ。

左手の薬指に嵌めたい所だったが、彼女の指は大きく腫れて膨らみ入りそうになかったので、その手に握らせる。


「カルメ。僕と結婚して欲しい」


「は……ぃ……はい……」


彼女は震える声で小さく答える。

僕はやっとこの指輪を彼女に渡す事が出来た。

もう思い残す事はない。


残り少ない時間ではあるが、僕は夫として彼女と共に過ごそう。

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