第7話 お誘い

「はー、しんど……」


ぐったりと疲れ切った私は、休憩室のソファにぐてっと横になる。


麦に魔力を籠める作業は苛烈な物だった。

何せ国中から種籾たねもみを回収し、その膨大な量全てに私の魔力を籠めたのだ。

幾ら私でも疲労しない分がない。

その為、今日と明日は休みを貰っていた。


――コンコン


ゴロゴロしていると、部屋の扉がノックされる。

面倒くさいと思いつつも私はベッドから起き上がり、返事を返した。


「どうぞ」


「ごきげんよう、ターニア」


扉が開くと、メイドを付き添えたロザリア様が姿を現した。

その顔は花が咲いたかの様な満面の笑みだ。

私は返事の代わりに頭を下げて会釈する。


「ロザリア様、いったいどうなさったのです?」


私は彼女が苦手だった。

いや、苦手と言うよりは嫉妬していると言った方が正しいだろう。

彼の――クプタ王子の愛情を無償で受ける事の出来る立場の彼女が、妬ましくて仕方なかった。


相手はまだ13の子供だ。

そんな相手に嫉妬するなど、我ながらどうかしているとは思う。

だがそれでも、その黒い靄の様な感情は私の心を蝕んで止まない。

こんな様でかつては聖女だなどと呼ばれていたのだから、ちゃんちゃらおかしな話だ。


「聞いたわよ!農業面ですっごい貢献したんですって!?」


「ええ、まあ」


「クプタも凄いって褒めてたわ」


「え!?そ、そうですか?」


王子が褒めてくれた。

その言葉に心が躍り、つい声が上ずってしまう。


「ねぇ……ひょっとしてクプタの事が好きなの?」


ロザリア様が私の反応からか、鋭く切り込んで来る。

13歳の子供の癖にとんでもなく鋭い。


「あ……いいいい、いえ!そんな事は!」


我ながら無様だ。

大人の余裕でにっこり否定すればいい物を、恋のライバルにド直球を投げ込まれた事で慌てふためいてしまった。

これでは暗に「そうだ」と、肯定している様なものだ。


「フーン……」


「いや……ですから……あのですね……」


そんな反応を見て、ロザリア様はにやりと笑う。

これではどちらが子供か分かった物では無い。


「そうだ!明日クプタと近くの森へピクニックに行くつもりなんだけど、もしよかったら貴方もどうかしら」


「え!?」


王子とピクニック。

何と魅力的な響きであろうか。


まあ私は完全にオマケな訳だが……


此処は断っておくべきだろう。

私は婚約している二人のお邪魔虫になる。


それは分かっていた。


分かってはいたが――


「ご、護衛代わりにお供します!」


つい我慢できず、勢いよく返事を返してしまった。

ライバルからの誘いに飛びつくなど、我ながら無様な話である。

だがそれでも、少しでも私は王子の側に居たかった。


この国に仕える様になってから既に一月程たっているが、王子とは殆ど顔を会わせていない。

まあそれも当然だろう。

王子は忙しい立場であり、何より、私のために頻繁に顔を見せる程私と王子の仲は深くはなかった。


だから、久しぶりに少しでも王子の顔が私は見たかったのだ。


そして……出来れば少しでも多く話がしたい!


「ふふ、ターニアは分かり易いのね。そういうの嫌いじゃないわよ。それじゃあピクニック、楽しみにしててね」


そういうと、ロザリア様は上機嫌で去って行く。

一体何しに来たのだろうか?

まあピクニックに連れて行って貰えそうなので、細かい事はどうでもいいか。


「あ、服を買いに行かなきゃ!」


クローゼットには支給品のローブ数着と、普段着しか入っていない。

恥ずかしくない装いを――そこまで考えて気づく。


制服ローブ着ていく事になるから、意味ないかぁ……」


王子達にとってはピクニックであっても、お供である私にとっては仕事になる。

冷静に考えて、私服が許される訳が無かった。

可愛い装いでクプタ王子に褒めて貰いたかったのだが、諦めるしかないだろう。


「まあでも下着位は……」


別に何かある訳ではない。

それが分かっていても、せめて下着位はオシャレな物を。

そんな風に思ってしまう。


取り敢えず、私は可愛い下着を求めて街へ出向く事にした。

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