第20話

 群雄割拠ひしめく時代、肥沃で豊かなこの地を、かの有名な織田家直属の家臣が治めていたらしい。その家臣は知行ちぎょうが実に優秀で、幾年もの間、この地は飢饉に瀕することなく、平穏無事に暮らせる場所として他領地にまで知れ渡っていた。

 だが、その家臣は優秀過ぎるがゆえに他領主から恨みを買い、とある日の夜に寝込みを襲われ、暗殺されてしまったそうな。領民は領主の無残な死に酷く心を痛めるも、暗殺を命じた領主の睨み怖さに弔いすらしなかったとのこと。

 恩を仇で返されたと感じた家臣は、自身の屋敷近くにあった神社で今なお、殺された時間付近に訪れる者に、愛刀で襲い掛かっているのだとか――


「群雄割拠が犇めいてどうするんだよ。犇めくのは群雄だけで十分だろ」

「語り始めをそれっぽくしたかったんだろ。俺は知らん」

「そもそも、それは誰の作り話なんだ?」

「さぁ。卓弥たくやが自慢げに語っていたから、たぶんあいつ」

「誰だよ、そいつ」


 その場ででっち上げたにしても、完成度の低い話を持ち出してきた春人に、俺ははにかみながらも適当にあしらう。

 珍しく饒舌な春人を連れて、俺が来ている場所と言えば。

 春人の雑な作り話の舞台であるこの地で最も大きな神社、禿はげ神社――ではなく、その神社を眺める河川敷横の土手である。

 本来、その神社は別に名称があるのだが、禿神社で地元民に浸透してしまっている現状、もはや正式名称で呼ぶこと自体が珍しい。

 禿神社の由来は、その神社の立地にある。

 社殿は標高五百メートル弱の山頂にあり、その周辺の街並みを一望できる。

 つまり、一望できる程、山頂付近には木々がないのである。それこそが禿と名の付く所以。


 そして、その禿神社の麓を流れる川沿いの土手で、俺らは委員会活動の名目で清掃業務に徹していた。

 たばこの吸い殻や微妙に中身の残った空き缶から漂ってくる悪臭に、俺は鼻ばかりか嫌気までさした気分だった。


「だが、丑三つ時辺りは本当に出るらしい」

「何が。どこで」


 真実が一割も含まれていないような、春人の『らしい』話。どうにも唐突に言い出すものだから、考えを回すこと自体面倒くさく感じた。


「禿神社にその家臣の霊が」

「まだその話を続けてたのかよ。別にいいんじゃないか。出るなら、行かなきゃいいだけの話だし」

「まぁな……」 

「だろ……」

「うん……」

「……………………」

「……………………」


 …………………………………………。


「……………………。……………………」

「……………………。……………………」


 …………………………………………。

 …………………………………………。


「……………………。……………………。……………………」

「……………………。……………………。……………………」


 …………………………………………。

 …………………………………………。


「いや、何か話せよ!」


 俺は沈黙に耐え切れなくなり、キレ気味に春人へ無茶振りを要求した。


「だから神社の話をしたんだろ。それを終わらせたのはお前の方だ」

「あんな話が続くわけねぇんだよ!」

「なら、お前が話のネタを持ってこいや!」


 俺と春人はストレス発散を兼ねて、八つ当たり気味に怒鳴り合う。

 そして、二人揃って口を閉じるのも同時だった。本当に話すことが思いつかなかった。

 口下手にも程がある俺らにとって、無音空間は然程苦痛には感じない。

 だが、今は会話をしなくてはならないのだ。日常的な、所謂世間話というものをゲーム関連以外で話をしなければならないのである。

 なぜなら——

 

 『君たちってゲーム以外の話ができるの?』


 ――なんてことを『はるか』ちゃんから言われたからに他ならない。

 俺たちが普段どんな風に思われているのかが、よーくわかった。

 なら、俺たちがどれだけ世間話に長けているのか証明してやろうと、春人を焚きつけたところまでは順調だったものの。

 結果はご覧の通り。見るに耐えない、情けない男子学生コンビの誕生である。


「どうするんだよ。俺らこのままだと、本当に……」


 そう言いながら、十メートル程先にいる『はるか』ちゃんを見る。

 と、こちらの視線に気付いた彼女が、にこやかな笑顔でトングを持ったまま手を振っていた。

 それを見て、仕方ないと春人に伝える。


「もういいよ。お前のそのクソつまらん怪談をもう少し話せ。あれが彼女の認める世間話になるのかは、わからないけどな」

「あれ以上話す内容なんてないわ」


 ……使えねぇ。


「だから聞こえてるんだよ、お前の心の声は」

「本当に何か話すことないのかよ」

「新作ゲームの発売日予想とか?」

「それじゃ本末転倒だろうが」


 すると、二人して溜息を吐くのが目に入ったからか、「どうかな?」と声を掛けながら『はるか』ちゃんが近づいてきた。資源ごみと書かれたごみ袋を片手に、トングをパチパチと鳴らしている。

 その隣には斎藤の姿が。彼女はなんだか戸惑っているような顔で、俺と春人を交互に見遣っていた。

 

「どうって何が?」

「進捗に決まってるでしょ?」

「あぁ、進捗ならこの通り」


 そう言って、黄色いごみ袋を持ち上げて見せる。


「この通りって、私たちの三分の一も入ってないんだけど」

「それは資源ごみだからだ」


 これを見よ、と透明な袋を掲げる。


「これって……」

「そう。プラスチック類のごみ袋だ。見れば、『はるか』ちゃんも認めてくれるんじゃないかと思ってね」

「認めるよ。君達がおさぼりしていたことをね」


 そこには二、三個のペットボトルと、破れたコンビニのビニール袋の欠片が入っているだけだった。


「おさぼりだなんて、そんな失敬な」

「いや、どう見ても仕事してないでしょ。活動時間が決まっているからって、仕事しなかったら延長されるかもよ」

「いやいやいや。そう言っていて気付かないかな。俺らが注力していたことにさ」


 見渡せば、ゴミなんてそこらに散在している。拾おうと思えば拾えるものを、拾わず集めもしない。それはなぜか。

 そう。つまり、俺らは手を動かさなかったのではなく、動かせなかったのだ。

 なぜなら。

 

「トークに花を咲かせ過ぎてしまったからね。ほら、このごみ袋が証拠さ。『はるか』ちゃんも、これで俺たちが日々世間話をすることに、如何に飢えているかがわかっただろう」

「日々どうでもいいことしか考えていないのが、改めてわかったよ」

 

 もはや呆れを通り越して無表情になった我が部の副部長は、もはや相手にするだけ無駄と言外に告げているのか、ボランティア作業を再開することに決めたらしい。それに続く様に、部長も横でゴミ袋を広げ始めた。


「……なんか、ごめん……」


 一瞬でしらける現場でした。




   *


 


「ふぅっ」

「こんなところじゃないか?」

「そうだね」


 作業も一段落つき、汗を拭うような仕草を取る俺たち。

 初夏の爽やかさが漂う河川敷で、一仕事終えた達成感を味わえた気がした。


「ありがとうね。『はるか』ちゃんも斎藤も」

「俺にも言いやがれ」

 

 俺は手伝ってくれたお礼を二人に告げた。

 河川敷の清掃では、二人一組で分担区が決められる。俺と春人の任された場所の清掃具合が芳しくなかったがため、「君たちは明日も頼むよ」と、委員長からお達しを受けてしまったのだ。

 もともと奉仕委員に関係のなかった春人は、付き合わされたことに文句たらたららしいが。

 俺の礼に対し、「別にいいわよ」と斎藤。『はるか』ちゃんは、「次は最初から真面目に仕事してね」と返してきた。

 俺だって、サボタージュする気満々だった訳ではないんですがね。


「こんな事して何になるってんだか」


 不満を何かにぶつけたいのか、春人が不貞腐れた男子小学生みたいなことを言い出した。

 それを見てニッコリ笑う『はるか』ちゃん。そして、それを見て苦笑いをするのは俺。そんな俺ら二人の様子を訝しむのが春人で、相変わらず無表情なのは斎藤。どこまでも流されない斎藤は、やはり凄いな。


「まぁ、そんなこと言わずにさ。私たちが来たおかげで少しでも早く帰れるようになったんだから、春人君からも何か言うことがあるんじゃないかなぁ」

「結局、昨日と同じ時間まで作業しているんだから、悠ちゃん達が来ても来なくても終わる時間は変わらなかった気がするがな」

「まったく……、素直じゃないなぁ」


 呆れたようにそう言いながら、『はるか』ちゃんはガサゴソと草むらを漁るように荒らす。

 何を探しているのかと覗き込んだ瞬間、緑色につや光する吸盤持ちの生物が目の前に現れた。

 彼女がトングで掴んでいるものに気付いていないのは、カエルを握る手の反対側に立っている春人だけだった。


「何をしているんだ?」

「素直じゃない春人君に義務を課そうかと……」


 その義務とは。


「はい、春人君には素直さを取り戻して貰うために、彼を育てる課題を与えます」

「いや、ゴミは要らな……って、それゴミじゃなくてカエルじゃねぇか!やめろ、近づけるな!」


 実のところ、春人は大の虫嫌い。

 カエルは両生類な上、そもそも節足ではなく脊椎のある動物なのだが、草むらにいる小さな生物の時点で、虫もカエルも彼らにとっては同類らしい。


「カエルってだけで毛嫌いされるなんて、カエルさん可哀想に。ごめんね、ぴょこたん」


 なら、カエルをトングで挟むんじゃない。そのカエル、あんたの握圧で若干グロッキーになってんぞ。カエルだけに。いや、掛かってないな。


「ぴょ、ぴょこたん……?」


 斎藤は放されたカエルのぐったりした姿を見ながら、『はるか』ちゃんの命名した名前を口にする。

 が、彼女もカエルは苦手なようで、少し怯え気味に後ずさっていた。

 

「大丈夫か、斎藤」

「えぇ」


 大丈夫とは言いつつも気にはなるのか、チラチラとカエルを――というか、カエルに話しかけている『はるか』ちゃんを見つめていた。


「ごめんね、ぴょこたん。ほら、春人君も謝りなよ」

「そのこととは、流石に俺は無関係だろ」


 春人が完全なるとばっちりに異議を申し立てる。も、それを聞く気がそもそもない『はるか』ちゃんにはそれが無意味なのを悟ったのか、「ごめん」と口先だけの謝罪を述べていた。


「(いつも俺はこんな感じなんだろうか)」


 項垂れる春人に、俺は少しばかり同情を覚えた。


「よし。じゃあ、とにかくこれでお開きということで」


 『はるか』ちゃんのその一言を契機に、俺たちは解散する。

 帰りの道中、前を歩く『はるか』ちゃんと春人が、カエルの話で盛り上がるのを眺めながら、ふと六年前のことが脳裏に浮かんできた。

 外で遊びたがらない春人を連れ出すために、俺と『はるか』ちゃんとで策を練ったり、泥だらけになるまで遊んで帰ると、春人の親に三人して叱られたりもした。それでも懲りずに外でふざけ回るものだから、俺の親まで一緒になって叱りに来たなんてこともあったっけな。


「ねぇ……」


 親同士の付き合いもできて、飲み会が催されたりもしていた。そういったガヤガヤとした雰囲気が好きで、俺はしょっちゅう、親に次の飲み会の日程を聞いたりしていたのを覚えている。


「ねぇ、聞いてる?」


 そして、ふと思い起こされる過去の記憶。

 それは六年の歳月が経った今でも、頭の片隅に燻り続けるしこりだった。どうにかしなければと自覚しつつも、未だに行動に移せていない、『悠』ちゃんと俺との間に居座り続ける浅くない溝だった。

 

「ねぇってば!」


 背後から引っ張られるようにして、俺は現実に引き戻された。

 振り返ると、斎藤が不安気な目でこちらを見上げていた。

 というか、名前で呼んでくれれば、すぐに気付いたと思うんだけど。


「あ……っと、悪い。少し思い出していたことがあったから、ボーッとしてた」

「そう……。なら、良かった。伝えておきたいことがあって」


 斎藤から『伝えておきたいこと』と聞いた瞬間、内容を察する。あの話かと当たりを付けつつ、「どうした?」と斎藤に尋ねた。


「この間の話は覚えてる?」

「……デートの?」

「そうよ。今日はもう無理だから、明日の放課後に部室に来て。そこで練りましょう」

「練るって……」


 そんな作戦みたいに言われてもな。


「わかったけど、そういうのって別に電話とかでもいいんじゃないか?部活動とは言え、わざわざ部室ですることでもないような気がするけど……」

「でも、私、あなたの連絡先知らないし……」

「連絡先……か。そう……だな……」


 俺は、何も言ってこない斎藤の表情を伺う様に、横目に見遣る。

 と、交換することなんて考えてすらいないのか、彼女がスマホを胸ポケットに仕舞おうとしているのが目に入った。


「いやいやいや、待てよ。交換しようぜ、連絡先。一応同じ部活の部員同士、連絡先知らないとか不便すぎるだろ?」

「……そうね。では、交換しましょうか」


 こうして何てことないはずの連絡先交換が、付き合い始めてから三週間近くが経過して、ようやく成功したのであった。




     *ちょいストーリー*


 その日の夜。


「くそぉ!交換したはいいけど、俺から電話するべきか待つべきか、いやどうするべきか!!」


 隣の部屋で寝ている姉から、「うるさい」と言われながら悶々とする数時間を過ごし、斎藤と電話することは、結局なかったのだった。

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