第10話

 電車を乗り継ぎ、二十分程掛けて都市部へ出向く。

 大して距離はないはずの駅周辺の通りが、長く感じられて仕方ない。

 祝日でもない今日は、昼間から遊び歩いている人はそう多くないがために、自分が制服姿のままうろついていることに後ろめたさを感じてしまう。

 その一方で。

 俺を連れ出した女子は、楽しそうに横で笑っていた。

 その笑顔に俺は記憶を辿って、友達になってくれた彼女のことを思い出す。

 俺に笑うことの意義を教えてくれた彼女のことを。

 転校して連絡の取れなくなってしまった彼女のことを。

 だから俺は、『はるか』ちゃんのことを直視することができなかった。

 高校に入学して以来、それは今まで変化したことのない俺の心情であり、信条だった。

 俺は彼女に別れを告げられなかったのだから。

 彼女に謝ることを怠ったまま、既に六年もの月日が経過してしまったから。




   *




 アーケード街と言えど、お仕事モード全開の人間はそこそこいて、人通りは少ないながらも活気があった。

 人混み嫌いな俺からすれば嬉しい話なのだが、けれど同時に目立っているような気がして、あまりテンションが上がらない。

 女子と二人で街を出歩いているというのに、ここまでテンションが上がらないのは、きっと隣を歩いている彼女の意図が掴めないことにも原因がある。

 金蔓にされる程の金を持ち合わせている訳でもないし、それに。

 彼女の体勢がおかしかった。

 俺は彼女が立ち止まったところで、彼女の狙いを探るべく、尋ねた。


「で、君は何をしているの?」

「何って、ウィンドウショッピングぐらい知ってるでしょ?」

「それは知ってるけど、なら俺は要らないじゃん。なのに、わざわざ腕を引っ張ってまで、俺を逃がさないようにしているのはどうして?」

「独りで買い物してる女子高生程、浮いている様に見える存在はいないでしょ?」

「だからって、この格好はおかしいと思うんだけど?」


 女子高生あるあるみたいなノリで同意を求められても、健全な男子高生である俺が賛同できる訳がない。

 軽快にスルーされたが、いい加減俺の二の腕を押し潰すように握るのは、止めてくれないだろうか。


「女子って、本当にちょっとしたことで自分勝手に想像して、それをさも事実みたいに陰で流布するから……」


 彼女が何やら女子に対する愚痴を零す。が、気に留める必要もないと判断した俺は、「そうか」とだけ返して、辺りを見回した。

 さて、この後彼女は、どんなスケジュールを考えているのでしょうかね。

 すると、店先に並ぶハンガーラックに掛けられた夏物衣装を選ぶ彼女の横顔以外に、俺の気を引くものが視界に入った。

 店先でガヤガヤと騒いでいる男子高生たち。彼らも、今日は休みなのだろうか。


 ここまで来てしまって今更なのだが、今日は我が校の連休最終日。

 つまり、他の同校生徒たちも遊び歩いている可能性がある。

 そして、彼らが遊び歩くとしたら、そこは……。

 明日以降の心の安寧が図れない気がして、俺は突如言いようもない不安に駆られた。

 なんせ、隣にいるのは我が校では著名人枠の女子。

 構図はアレだとしても、端から見ればカップルに見えなくもない。


「(同級生の奴らに、今の俺たちの姿を見られでもしたら、明日以降、質問攻めに遭うこと間違いなしだろうな)」


 なんてことを考えていると、服を見るのにも飽きたのか、スマホチェックの終えた『はるか』ちゃんが、アーケード街の一角にある広場のベンチを指で示した。俺は、その後ろをただ付いて歩く。腕を引っ張られることはなかった。


「疲れたの?」


 『はるか』ちゃんの隣に腰掛けながら、俺は尋ねた。


「ううん、そこまで疲れてはいないよ。ただ、そろそろかなって思って、待ち合わせ場所に来ただけ」

「そろそろ?」

「何でもないよ」

「……そう」


 途端、静まるベンチで俺たちは何をするでもなく、時が流れるのを待つ。

 そうして、数分が経ち。

 思い出した様に、それを俺が口にした。


「ねぇ、『はるか』ちゃん。昨日の話の続きをしてもいいかな?」

「咲菜の話?」

「そうだよ。昨日、結局はぐらかされて話を聞けなかったから」

「私から話したりする訳ないでしょ。人の過去だよ。本人にとって、それが黒いことだったりするかもしれないじゃん」

「……じゃあ、なんで帰ろうとした時に、あんな一言を?」

「わかってるでしょ?」

「つまるところ、嘘ってことね」

「咲菜の過去を知ってるのは本当だけどね」

「へぇ……。いつ頃から仲が良かったの?去年から?」

「いいや、小学生の時から」

「もしかして、『はるか』ちゃんの転校先で知り合ったの?」

「そうだよ」

「マジか……」


 斎藤の過去を探ろうとしたら、予想外の話が聞けてしまった。

 まさか、斎藤と『はるか』ちゃんが、そんな前から友達だったなんて。

 と、『はるか』ちゃんが口を開く。


「それにしても、君が咲菜とそんなに気が合うとは思わなかったよ」

「俺も変わったんだよ」

「……そうだね。でも、君は咲菜のことが気にならないの?」

「何の話?」


 『はるか』ちゃんのどこか不服そうな表情からは、少し重たい雰囲気が感じ取れた。

 けれども、俺は彼女の意図を察することができなかった。


「まぁ、君が気にしないならいいんだけどさ」

「だから、何を?」


 本当に何の話をしているんだよ。もう少しくらい俗耳ぞくじに入りやすい言い方をできないのか、あんたは。


「あ、咲菜のことで私から言えることもあった」

「思い付きで語れる斎藤って、『はるか』ちゃんにとってどんな存在なのか、気になるところだね」


 笑って誤魔化す彼女にとって、それは触れて欲しくない部分なのだろうか。

 しかし、仲の良い友人なのだから、そんなに気にすることでもない気がするんだけど。


「それで、『はるか』ちゃんから言える斎藤の話は一体何かな?」

「咲菜は結構強情だから、苦労するよってこと」

「へぇ……そうなんだ」

「そうだよ~」

「……………………」


 ……つまるところ。


「何が言いたいの?」

「そのうち、わかるよ。もうすぐ着くころだし……あ、噂をすれば」


 そう言って、『はるか』ちゃんが指さした場所には。


「ちょうどよかった」


 そんな言葉を呟きながら、駅の方からこちらに近づいてくる、斎藤の姿があった。




 *

 追記)

 新しく思いつきで書き始めたショートストーリーがあるので、よろしければそちらも読んでみてください。1話あたり500字程度の予定です。


〈タイトル〉

【どう見ても夫婦にしか見えない二人はお互いをカップルとすら思っていない。】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917613783/episodes/1177354054917613804

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