第0章 急な関係は勘違いで始まる

第1話

 人の憧れが千差万別であるように、何を青春とみなすかは人それぞれで、それこそ十人十色と呼ばれるべきであろう。

 とは思ってはいるのだけれど、然らば青春を目的に掲げて何をするかと俺が問うたとしても、大体は『楽しむ』を前提としたものや、若しくは『華のある成果を残すこと』なんて曖昧なものが、答えとして返ってくるはずだ。ちなみに、俺は後者派ではあるが、楽しむことも一概に間違いとは言えないとは思う。

 そう。青春はそれが楽しいものだとみなすから、人は憧れを抱くのではなかろうか。

 では。斎藤咲菜の行動が、楽しくありたいと思うからだとすれば。

 どうして彼女は、俺に「青春を手伝って欲しい」なんて告白してきたのだろうか。




   *




 それは、夕陽の差す放課後の教室だった。

 他に生徒は誰もおらず、部活動に励む吹奏楽部の演奏音や野球部の声掛けが聞こえてくるぐらいで、意識を割かれるようなものは特になかった。

 

「あの、大丈夫?」


 斎藤の告白に、狐につままれたような表情を浮かべていた俺の様子を確認するように、彼女は下から覗き込んできた。


「あ、うん。大丈夫……」

「そう。それなら返事が聞きたいわ」

「……返事?」


 そうか。告白には返事はするものだよな……。

 ……って、待って。今まで告白する方もされる方も経験のしたことのない俺には、返事の仕方とかタイミングとか一切わからないんですけど!

 返事って、すぐにしていいものなんだっけ?そもそも返事をするのに言葉だけでいいのか?

 あぁ、もうわかんねぇって。


「今すぐじゃなくてもいいわ。時間が必要なら待っているから、返事ができるようになったら教えて」


 「それじゃ」と帰ろうとする斎藤。俺は必死に彼女を呼び止める。

 

「いや、ちょっと待って!」


 返事などする気はさらさらないけれども、つい反射的に、用件だけ済ませて帰ろうとする彼女を俺は引き留めてしまった。


「どうしたの?」

「えぇっと……、その……、あの……」


 咄嗟に言葉が出てこないにしても程がある。

 聞きたいことがあっても、その思考に至るまでに数舜掛かった。


「それって……告白と捉えていいのか?」


 考えてやっと出てきた質問が、それだった。

 

「告白?」

「だって、俺に青春を手伝って欲しいんだろ?それって……俺に……その、か、彼氏として、一緒に青春したいってことだと思ったんだけど……」


 自分で言ってて恥ずかしい内容に、少し顔を赤らめる。言葉尻もすぼめてしまったのは、もはやしょうがなかった。

 俺の様子に、キョトン顔を披露してくれる斎藤は可愛らしいが……って、いや何か話してくれ!俺はこのままだと羞恥心で死ぬ。

 

「……違ったか?」


 俺は恥ずかしさで顔を背けながら、彼女に確認した。


「い、いえ。そういう意味なのだけれど、そう言われると少し語弊がある気がして……」

「語弊?」


 とりあえず、『俺に彼氏になってもらいたい』という憶測については肯定しているらしいことに、だいぶ緊張が和らいだ。

 いやぁ、良かった。これで俺の思い上がり的な勘違いだったら、恥ずかしさのあまり、俺は屋上から身を投げていたかもしれない。屋上は出禁だけど。

 けれども、そうすると疑問が一つ。

 意味が間違っていないのなら、語弊というのはどういうことなのか。

 もしかして、彼女は他にも何か俺に伝えたいことがあるのだろうか。でも、それを俺にすぐに言う気はないと、そういうことか。

 つまり、俺から了承を得てから言うつもりだった事柄があるのか。


「斎藤、他にも何か、俺に頼みたいことがあるんじゃないのか?」

「……えっ」


 その言葉は予想していなかった、と言わんばかりの驚いた表情に、俺は自分の考えに確信を得た。

 となると、俺に頼みたいこととは青春関連の何かと推測できる。

 青春……ね。みんな考えることは一緒なんだな。


「私、新しく部活を作ろうと思ってて……」

「やっぱりか」


 斎藤が言い出す前から、何となく話の先が見えていた。

 青春する上で、『部活』は好ましい場を提供してくれる。その考えはみんなが持つ、謂わば共通認識。

 部活関連の話となれば、考えられるのは斎藤が所属している部活の新メンバーとして俺が招待されるか、新しく部活を設立するからそのメンバーになって欲しいと頼まれるかの二択。

 そして、ここで斎藤の告白である『青春を手伝って欲しい』まで考慮に入れれば、そもそもその誘い方が考えられないであろう前者は消えて、後者の『新たな部の創設』での勧誘であることは、容易に想像がつくのだ。

 ……だが、待てよ。『青春=部活』ならば、俺は部に入るだけで斎藤の青春を手伝えたことになり、『俺に彼氏として青春を手伝って欲しい』という解釈を彼女が肯定したことの理由がわからない。

 

「斎藤、俺に頼みがあるなら、もう全部一度に言ってくれ。後から言われることの方が、困惑しそうだから」

「……わかったわ」


 斎藤はスッと一呼吸を入れると。


「私はあなたに、部活動上での彼氏になってもらいたいの」

「……………はい?」


 心情把握に自負のある俺でさえ、判断に困るようなことを言ってきた。

 何を考えているんだよ、こいつは。

 

「あの……、それはどういう意味で……?」

「あなたに私の彼氏になってもらって、部活で青春したいって意味よ」

「つまり、デートをする部活ってことかな?」

「違うわ。青春よ」


 いや、どっちも大して変わらんわ!

 そして自信をもって言わせてもらうが、それで新部開拓の許可が、学校側から降りるとは到底思えないぞ。


「そうか……。斎藤のやりたいことはわかったよ」

「そう。よかったわ」


 いいや、斎藤。

 俺は君のやりたいことの理解ができただけであって、共感したつもりはないからね?

 それに一番の疑問がまだ払拭されてない。

 むしろ、俺が最も気になっていることはそれだった。


「ならさ、どうして彼氏役が俺なの?」

「あなたが私のことをずっと見ていてくれたからよ」

「……え?」


 まるで俺が斎藤の親みたいなことを言われても。

 というか、目線はかなり合っていたけれど、俺ってば斎藤に意識される程見つめてたかなぁ……。

 ……うん、思い返せば結構見つめていたかもしれない。となると、この事態って俺の責任?

 俺の視線に勘違いした斎藤が、告白してきたってことか?

 それはマズい。非常にマズい。


「斎藤。ごめん、俺がお前のことを見ていたのは、好きとかそういう意味じゃなくて……」

「それがどうかしたの?」

「いや、だって……俺があまり斎藤のことを知らないんだけど、斎藤はそれでもいいのか……?」


 それで彼女が傷ついてしまわないかと危惧しながらも、オズオズと俺はそう尋ねた。

 けれども、彼女には気にする様子はなく。

 俺の危惧など杞憂に過ぎないと一蹴してくれる様な一言。

 そして、高校入学当初から俺が求めていた言葉を、彼女は恥ずかしがることもなくはっきりと口にした。


「私があなたと青春したいのよ」


 それが理由ではダメなのかとでも言わんばかりの、そんなセリフ。

 「それはどうしてだ?」と聴きたくなる気持ちをグッと堪えて、「そうか」と俺は誤魔化した。

 斎藤が、俺と青春をしたいと言ってくれた理由は知りたい。けれども、彼女が俺を選んだ理由が、ただの勘違いだったとかそういう訳ではなさそうだったことに、俺は満足することにした。

 それがきっと一番いい。

 斎藤から答えを得なかったところで、『選ばれた』からくる嬉しさが薄れる訳ではないのだから。

 そして、何より。


「(主体的に動けない俺には、きっと丁度いい)」


 と、そう思ったから。


「えぇ……っと」


 俺が言葉を止めると、彼女は居づらそうにこちらを見つめていた。


「あ、ごめん。返事しないとな」

「そんなに急がなくてもいいわよ」

「大丈夫。答えなら、もう出たからさ」

「……そうなの?」


 彼女は少しソワソワしながらも俺を見上げてくる。その上目遣いが彼女の緊張した表情と相まって、正直かなり愛らしかった。

 なるほど。これが役得ってやつですか。


 彼女がどうして俺のことを選んだのか、疑念は消えない。率直に言って、彼女に問い詰めて聞き出したい欲が非常に強い。

 でも、まずは。彼女の希望を叶えてやることを、優先するべきだろう。


「斎藤。俺をお前の青春に、参加させてくれ」


 俺は役得の権利を貰うことにした。


「(ま、そのうち彼女の気持ちを聞く機会はあるだろうしさ)」


 今はこれでいい、とそう思って。

 今日から日記でも付けようか。

 もちろん最初の内容は――


 【真面目で可愛らしい彼女ができました】


 ――とね。

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