第36話 vs骸面

 勝ち続ける人間には二種類いる。


 どんな相手にも手を抜かず、実力で相手を叩きのめす純粋に戦闘能力が高い奴。

 そして、勝てる相手だけを選び、勝てない相手には最初から勝負を避ける賢い奴。


 ようは傷だらけになろうと白星を勝ち取る者と、黒星がつく可能性が少しでもあるなら勝負を下りる者――成績だけを見れば両者が他者から受ける評価は同じだろう。


 ただ、同じなのは評価だけだ。

 人間的な成長度合いは天と地ほどの差がある。

 逃げられない壁にぶつかった時、前を見るか心を折るか、化けの皮が剥がれる時だ。



「いやがった……ッ!」


 海浜崎が目視する。

 遠くない距離、骸姿の死神が立っていた。


 手に持つ鎌がこちらを向いた時には既に、海浜崎は魔法をばらまいている。

 骸姿の怪人が自分の足下に転がる大量のゴムボールに気付いたようだが、対処させるよりも先に海浜崎が魔法を発動する。


 ゴムボールが急速に膨らみ始め、広がっていた大通りのスペースが奪われていく。

 膨らんだゴムボールに挟まれた骸姿の怪人は鎌を振り回せないほど圧迫されていた。


 このままなにもしなくとも挟まれた怪人は圧死するだろう。

 普段ならばこんな殺人戦法を使ったりはしないのだが、今回限りは本気の殺し合いだと判断した。


 やられる前にやる、となれば、相手の手の内が分からない以上、なにかをさせる前に討つべきだろう。


「別に、戦いが好きなわけじゃないんだよな。勝つのが好きで負けるのが嫌いなだけなんだ。戦いを長引かせていたぶる趣味はないから安心しな」


 カラフルなゴムボールの間を悠々と歩いて怪人に近づく海浜崎。

 小さな体が幸いし、球体同士が接触しても僅かにある隙間を通れるのだ。


「きらなに乗せられた、もしくは流されただけなら、降参するなら今の内だぞ? こっちもお前ら怪人が元々同じ人間だって知ってんだから、殺したくないに決まってるだろ」


 殺したくない……というのは強がりで、殺した経験などないのだ。

 当たり前である。


 アウトローの経験がある海浜崎は褒められた学生生活を送ってはいない。

 人様に迷惑をかけてばかりだ。


 背が小さいことを気にしてそれを指摘されたら頭にすぐ血が上り、自分でも分からない間に相手を叩きのめしてしまう厄介で治らないくせがあった。


 すぐに手が出る、今でこそ治ってはいるが昔は酷かった。

 いつしか彼女の小さいながらも強いそのギャップに惚れて近づく者が増え、気付けば彼女の周りにはたくさんの仲間がいた。

 誰もがまともな集団には合わせられず、逸れてこの場に流れ着いたのだ。


 だが、これでも態度以外は完璧に近くあらゆる面で才能を開花させている。

 気に入らない者や打ち解けた者には我を見せ、当たりが強いが、長い物には巻かれる体質と言うか、年上や実力を認める者にはへりくだる性格である。


 彼女がアウトローでありながら高原や森下、新沼と同じお嬢様学校に通ったまま、未だ在学できているのは世渡り上手の一面が大きいだろう。


 その凶暴性は普通の学園生活においては人目に良くは映らない欠点だが、魔法少女の活動においてはプラスへ転じている。

 凶暴性とは言ったが、好戦的部類、と言い換えればスポーツ選手には必須の項目と言えよう。


 もっと砕けた言い方をすれば、負けず嫌い。


 態度が悪く命令違反が多い海浜崎ではあるが、負けず嫌いと天性の運動神経、凶暴性は舞台と演技から離れたこの状況でこそ最も頼りになる才能である。


 事実、きらな関係なく、本物の怪人が現れたことで動いたのが唯一、彼女だけなのだ。


 これまでとは違い明確な死が予想される中で躊躇いなく動けた……動機こそ魔法少女らしくはないが、身を犠牲にしてでも怪人を倒す=世界を守ると決断できた彼女は皮肉にも最も魔法少女らしい魔法少女である。


 英雄とは、相応しくなさそうに思える者がいの一番に動き出すものだ。

 そして結果を残すのも、彼女のような世界を救うと意識していない命知らずである。


「……おい、降参しないのか……? このままだと、本当に死ぬぞ!?」


 ゴムボールの海に埋もれた怪人の姿はもう目視できていない。

 我慢比べにしても相手が降参できないくらいに圧迫されていたら……、本当に殺してしまう。


 そう考えた海浜崎が膨らむゴムボールの魔法を緩める。


 仕方ない甘さではあるが、彼女のイメージからは意外で、凶暴に徹し切れていない。


 あくまでも脅しである。

 殺さない、のではなく、殺せない。


 ――それが、彼女との明確な違い。


 縮み始めたゴムボールの中から現れた骸姿の……五メートルほどの巨体。

 骨組みのまま皮を被ってはいないが、その見た目には既視感があった。


 巨体の腕が、下方から斜め上へすくい上げるように海浜崎を殴打する。


「ぐっ」


 咄嗟に手元のゴムボールを膨らませて衝撃を吸収したが、ゴムボールの膨らみに押された海浜崎の体は後方へ。


 地面を滑りながら顔を上げると、既に腕を振り上げ真上から押し潰そうと接近している骨組みの巨体。


 ……海浜崎と違って躊躇がない。

 押し潰して挽肉にしようという殺意がばしばしと伝わり、海浜崎もぞっと背筋を凍らせた。


 パワーはあるが動きは遅いらしく、目視してからでも避けられた。

 さらに後方へ飛んで気付く。

 あの骨組みから見える皮を被った後の完成形の姿は……、


「骸のテディベアかよ……趣味が悪いな、骸面」


 いや、骸面の趣味としては相性が良いはずだが、海浜崎はそれどころではない。


 自らが膨らませたゴムボールに退路が絶たれつつある。


 魔法を解いて道を開けた時にはもう遅く、急接近していた巨体の腕に直撃してしまう。


 退路を作ったら殴られたため、衝撃を吸収するクッションもなく、遙か後方にあるビルを貫いて狭い路地の廃材が積まれた中で、やっと勢いがなくなり停止する。


 見慣れた場所だが彼女はあまり好きではない。

 ネズミや虫が湧いているので苦手なのだ……こういうところはお嬢様学校に通う女の子、と言ったところだろうか。


 ……意識が浮き沈みする。


 たった一撃、生身なら全身の骨が砕かれてもおかしくないが、魔法少女の衣装がダメージを大分緩和させてくれたようだ。

 ただし、恐怖までは誤魔化せない。



「…………殺される……ッ」



 勝てない、そう分かれば、海浜崎は逃げに徹する。

 そう、彼女は後者なのだ。

 白星を勝ち取り続けたのではなく、黒星を避けていた。


 いつだって賢く生き続けていた。


 長い物には巻かれろ、できないなら命乞いをしろ――当たり前だが彼女だって命が大切だ。

 ここにきて彼女はやっと理解した。


 事務所で動けなくなった魔法少女たちは、こんな気持ちなのだと。

 いくら上から命令されても、大金を積まれても出動なんてしたくない。


 ……だって、恐い。

 死にたく、ないのだから。


 ドスンッ、と背後から地響きが伝わってきた。

 巨体が己の体重を大地に知らしめるように、踏み込んだ足が近づいてきている。


「はぁ、はぁ、く、くんなッ!」


 飛べばいいのに足を回して逃げようとする海浜崎が何度も転んで相手の接近を許す。 


「な、なにが欲しいんだよ、あたしが渡せるものなら渡す……家が裕福だから金だってあるし労働力だってたくさんあるぞ。あたしの一声で集められる奴ならたくさんいる!」


 袋小路に追い詰められ、遂に仲間を売り出した海浜崎の目の前へ、巨体が到達する。


「征服したければ好きにしたらいい! あ、あたしはこれ以上、邪魔はしない! なんだったら手伝ってやっても――」


「……こんなのが魔法少女でいられるの? これならよっぽど、きらなの方が魔法少女になるべきだよ」


 巨体の足下に追いついた、骸姿の怪人。


「ねえ、あなたは魔法少女、やめた方がいい。というか、もうやめて。きらなの夢をこれ以上壊さないであげて。世界を守れない魔法少女なんか、相応しくないよ」


 やがて、巨体の腕が、海浜崎へ振り下ろされた。

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