第24話 ヴィル星やつら 後編

 スタートダッシュを切ったのは珍肉バナナ号だった。ものすごい勢いでサラマンダー号との距離を空ける。


「わ~。すごいすご~い♪ サラマンダーよりずっとはや~い♪」


 荷台に乗るマズがはしゃぐ。


 これは事前にインフェルと立てた『とにかく相手の妨害行為が及ばないくらいに距離を離して逃げ切る』という作戦だった。しかし、エボラ側もそんなことはお見通しだった。


「ふん。素人が思いつきそうなことですわ! デング、あれを使いなさい!」


「了解です。エボラさん!」


 命令されたデングは荷台の中に隠し持っていたバズーカ砲を取り出し、それを肩に担いで珍肉バナナ号に狙いを定める。


『おおおっっと!!! これは何ということだ!! サラマンダー号はバズーカを隠し持っていたぞ!!』


 これには実況アナウンサーも興奮を隠しきれない様子だった。


『デスマッチルールでは妨害用のアイテムの持ち込みは禁止されていませんからね。ただ、バズーカを積んでの走行というのはエボラ選手の負担も大きいでしょう』


 解説の男が冷静に言う。


 実況解説は会場中に響いているため走行中のコビドとマズの耳にもその情報が入ってくる。


「バズーカだぞマズちゃん!! ピンチなんだぞ!! ってか、そんなのどうやって手に入れたんだぞ!?」


「コビドちゃー、こういうときはダコウだよ~!」


「なるほどその手があるんだぞ!」


 マズに言われ、コビドは相手の狙いを定まらせないようにジグザグに走行し始めた。荷台のマズは振り落とされないようにしっかりと縁に捕まりバランスを取る。だがそれは逆効果でしかなかった。

 ジグザグに走るということは結果的に走行距離が増えるということ。そして徐々両者間の距離が縮まっていく。


「デング。ギリギリまで撃つ必要はありませんわよ」


「了解です!」


 デングはバズーカ砲を構えたまま、狙いだけはしっかり定める。


「コビドちゃー。おいつかれてるよ~?」


「し、仕方ないんだぞ……ちょっと疲れてきたんだぞ……」


 最初の勢いは衰え、蛇行を続けているせいもあって、コビドの顔には早くも疲労の色が浮かんでいた。


 そして遂に両者が横並びになった。


「オーッホッホッホッホ!!! 今ですわデング! やっておしまいなさい!!」


 デングは並列する珍肉バナナ号に向かってバズーカ砲を発射した。互いの距離はわずか数メートル。そんな至近距離で撃たれたとあってはコビドたちに躱す術はなくバズーカ砲は珍肉バナナ号の荷台に乗るマズに直撃した。


『うおおおおっと!!!! これは非常にまずい展開です!! 王女に危害を加えたとあっては、エボラ選手は確実に試合後に逮捕されてしまいますよ!!!』


『いえ。どうやらコビド様は直撃を間逃れたようですよ。エボラ選手に抜かりはないようですね』


「オーッホッホッホッホッホ!!! さすがのワタクシもコビド様に危害を加えるつもりはありませんわ!! それではさよならですわ――!!」


 エボラはそう言うとグングン距離を離していった。


 その様子を中継映像で見ていたサズが「あのクソブス、マズに何やってくれちゃってんのよ!!!」と叫んでコース内に飛び出しそうになるのを隣りにいたインフェルが必死に押し留めていた。


「いったい何だったんだぞ? マズちゃん大丈夫なんだぞ?」


 コビドが荷台に視線を向けるとそこには泥だらけになったマズがいた。


「コビドちゃー……」


「うわ!? どうなってるんだぞ!?」


 デングの撃ったバズーカ砲の弾はドロ爆弾だった。ドロというのは水分を含んだ土で見た目以上に重い。それが荷台の中に投げ込まれれば重さが増してどうしてもスピードが出なくなる。そうすることで操手の負担を増やすという効果がある。

 デスマッチ形式のレースではよく使われる武器のひとつだった。


 コビドはマズに泥を掻き出して少しでも重量を軽くするように言う。しかし荷台に溜まった泥の量は思いのほか多く、すべてを掻き出すまでにサラマンダー号がゴールしてしまうことは明らかだった。


「えっほ~! えっほ~!」


 それでもマズは言われた通り両手で少しずつ泥をすくって捨てる。


 コビドはただひたすらにコースを走った。カーブを曲がり、傾斜の利いたバンクを走る。前を走るサラマンダー号が見えてはいるが中々追いつくことができずにいた。


「まずいんだぞ。このままだと負けちゃうんだぞ……インフェルちゃんが死んじゃうんだぞ!」


 コビドが弱音を吐いた。そして、いつの間にかコビドの中では勝負に負けるとインフェルが死ぬことになっていた。


『さあ! レースもいよいよ大詰め。ゴールは目前に迫っております!』


『さすが学園のエースですね。エボラ選手の面目躍如と言ったところですか』


「オーッホッホッホッホ!!! 勝ちはいただきましたわ!!!」


 勝ちを確信したエボラが高笑いをしながら加速する。


「コビドちゃー。これこわしてもいいの~?」


「ん? 急に何言い出すんだぞ? このネコ車は簡単に壊れない特注品なんだぞ」


「え~。こわせるよ~。ほら~!」


 そう言うとマズはネコ車の囲いの前部分を掴んで、まるで最初からそういう構造になっているのかと思ってしまうくらいいとも簡単にねじ切ってしまった。マズの怪力の前では特注品も型なしだった。すると、囲いの一部が失くなったことで溜まっていた泥が自ら外へ流れ出していく。


「おおっ! なんか軽くなった気がするんだぞ!」


「でしょでしょ~。それで~これは~。――それ~っ!!」


 マズは荷台で立ち上がり、破壊したネコ車の一部を大き振りかぶって前を走るエボラ目掛けて投げた。


『うおおおおっとおお!!! ここに来て珍肉バナナ号が攻勢に転じたぞおお!!!! しかもコビド選手のスピードが増しているぅぅぅぅ!!!!』


『そのようですね。しかしこれはいけませんよ』


「攻勢に転じたですって!? どういうことですの!?」


 エボラが後ろを振り返ると、特殊な金属でできた破片が、フリスビーの要領で高速回転しながら自分に迫って来るところだった。


「エ、エボラさん!」


 危険を察知したデングは荷台の上で体重を横にかけた。すると操手のエボラは強制的にそちらに傾く。


「ちょっとお待ちなさい!! いきな――り!?」


 マズの投げた破片はバランスを崩したエボラの左腕を切断した。腕を切断され支えを失ったネコ車もろともエボラは転倒し、荷台に乗ったデングは外に投げ出された。


「何をしてるんですの!」


 エボラはデングに向かって怒りの声を上げる。


「すいません。でも、こうでもしていなかったらエボラさんは今頃真っ二つでしたよ」

 

「うぐ……」


 エボラは自分の左腕を見つめ言葉を飲んだ。


 その脇を余裕の表情で通り過ぎるコビドとマズ。


「そ……んな……」


 エボラは痛む左腕を押さえながら、ただただその2人の後ろ姿を見送るしかできなかった。


『あーっと!!! ここでエボラ選手の失格が決まったああああ!!! まさかの大逆転勝利!!! 優勝は――』


 実況者がコビドの勝利宣言をしようとすると、解説者が割って入った。


『いえ、待って下さい。サラマンダー号が転倒する前に珍肉バナナ号は破損していましたよね? ネコ車レースの規定では車の破壊は失格を意味します』


『と、いうと……?』


『つまりこの場合はサラマンダー号の勝利ではないでしょうか?』


『何ということでしょう!! ここに来て大番狂わせの展開です!!』


 なんとも締まりの悪い展開でネコ車レースは幕を閉じたのだった。


 ――――


 地べたに這いつくばるエボラの腕は再生が始まっていて徐々に元通りになっていく。そんな彼女のもとにコビドと泥だらけのマズがやってくる。


 エボラは顔を上げてコビドを睨みつけた。


「ありえませんわ!! ワタクシがこんな辱めを受けるなど!!」


「でもそっちの勝ちは勝ちなんだぞ……。インフェルちゃんを守れなかったんだぞ……」


 コビドは悲しそうな顔でうつむく。


 しかし、プライドの高いエボラにとっては勝ち負けなどどうでもよくなっていた。大勢の観衆の前で無様な姿を晒したこととゴールできなかったことに対する悔しさが爆発する。


「これはいわゆる判定勝ちですわ!! ワタクシはKO勝ちしか認めませんのよ!!!」


「どっちも同じなんだぞ」


「違いますわ!!! ワタクシにとってゴール以外はぜんぶ負けと同じですわ!!!」


「まけなの~? そしたら~、マズちゃんたちのかち~?」


「何を言ってるんですの!?」エボラは立ち上がりコビドを指差す。「再戦に決まっていますわ! 何なら今すぐにでも!!」


「無理なんだぞ。こっちのネコ車はマズちゃんが勝手に壊したんだぞ」


「ね~、なんでそんなにインフェルちゃんにこだわるの~?」


 それはマズの純粋な気持ちだった。


「んん。そう言えばそうだぞ」


「別にこだわってなどいませんわ!! ただワタクシはあの奇人に躾をしたいだけですわ!!!」


「しつけ~?」


「あ! わかったんだぞ!! きっとエボラちゃんはインフェルちゃんのことが好きなんだぞ!! だからちょっかい出したくて仕方ないんだぞ!!」


「きんだんの~こい~?」


「なん……ですって……?」


 エボラの額に血管が浮き出る。彼女は静かな怒りを湛えていた。


「でもインフェルちゃんにはちゃんとついてるんだぞ」


「きゃ~ん♪」


 マズは何を想像したのか顔を真っ赤にして両手で頬を抑えた。


 2人のやり取りはエボラの逆鱗に触れ、「ぶち殺しますわよこのチンクシャども!!!!」抑えきれなくなった怒りが爆発した。


「ふざけるなですわ!! なぜワタクシがあのような奇人を好きにならなければいけませんの!? 冗談が過ぎますわよ!! 女王の娘だかなんだか知りませんが、お前みたいな勘違いしたおつむの弱い出来損ないのチンクシャは今すぐ××してやりますわ!!! ワタクシのお父様に頼んで――」それからエボラは耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言と卑猥な言葉と差別的な発言をこれでもかというくらいコビドとマズに浴びせ、「オーッホッホッホッホッホ……ホッホ――ほ……ぉ?」とても大きな高笑いで締めくくろうとして……我に返った。その時、周囲は静けさに包まれていた。


「ぅ……うわ~ん!! コビドちゃーこのヒトこわいよ~!!!」


 マズが泣き出した。


「い、嫌ですわ。ほ、ほんの冗談ではありませんか。皆さんも、ほら、冗談ですのよ。オーッホッホッホッホッホ!!!」


 取り繕っても後の祭り。エボラが浴びせた言葉の数々ははテレビを通じて全世界のお茶の間に配信されていた。


「マズを泣かすなぁあああ!!!」


 そしてどこからともなく現れたサズの繰り出したパンチがエボラの顔面に炸裂。彼女は気を失った。


 自分をいじめていた人間に赤っ恥をかかせるコビド。そんな様子を遠巻きに見ていたインフェルは心が晴れるような気持ちになっていた。


「小さな王子様……?」


 インフェルの中でコビドに対する熱い思いが芽生えた瞬間であった――


 その後、エボラは“大人の事情”によって学園から姿を消した。

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