第20話 上手
サズ、マズ、インフェルの3人は最寄りの海水浴場へとやってきた。夏真っ盛りの今、その場所はかなり盛況であった。
「おねえちゃー。なんかみられてるよ~?」
マズが周りをキョロキョロと見渡しながら言う。
「そ、そうね。なんか目立っちゃってるわね」
水着の男女が行き交う中に服を着たままの3人がいれば、他人の目を引くのも無理はなかった。言ってしまえば3人は完全に場違いだった。
「――それで、ホントにやるんですか?」
「う、うん。そのつもりだけど……」
インフェルは緊張していた。
何の策もなしに突発的に行動して、果たしてうまくいくのかどうか不安だった。インフェルはほかの2人と比べ戦闘力に劣る。その分サズとマズが働いてくれればいいのだが、マズは緊張感の欠片もなく浜に並ぶ屋台に興味を惹かれていて、頼りになるのはサズひとりという状況だった。
「大丈夫かな……」
インフェルが不安な気持ちを吐露するのとタイミングを同じくして、海水浴客のひとりが海の方を指差しながら「おい!! 見ろよあれ!!」と驚きの声を発した。
周りにいた人たちがその声に導かれるように海に視線を向ける。すると、沖の方で黒い三角形が海面から顔を覗かせているのが見えた。
「サ、サササメだわっ!?」
誰かが叫んだ。
たしかにそれはサメの背びれのように見えた。
海で遊んでいた者たちもその存在に気づき悲鳴を上げながら急いで浜に上がる。事態に気づいたライフセイバーがメガホンを使って海から出るように海水浴客たちに注意を促す。
みんなが浜辺で固唾を飲んでその様子を見守っていた。
「サメってたべれるやつ~?」
「そうだね。でも生きてるうちは凶暴だから一応気をつけよう」
「ふーん。地球にもサメっているのね」
インフェルたちにとってサメなど驚異でも何でもなかったが、この場は海水浴客に混ざって一緒に怖がるフリをするのがベストだと判断した。
サメのヒレが岸に近づいてくる。こころなしかそのスピードは徐々に増しているようにも感じられた。
「おい……なんか変じゃないか?」
誰かが訝しげな声を上げる。
「そうだな。このまま突っ込んできたら間違いなく座礁するぞ」
浜辺で見守る人々がその異様な状況にざわつき始める。そして、その驚きに応えるかのように、サメはまるでイルカのように勢いよく海中から飛び出した。そして砂浜の上に着地したかと思うとそのまま砂上をすいすいと滑るように泳ぎ始めた。
「何だよこれ!?」
「う、うわァァァァアア!!」
まるでB級映画出てくるサメのような行動に海水浴客たちはパニック状態に陥った。騒ぎたてる声が浜の上を泳ぐサメを刺激したのか、逃げ惑う人間たちに次々と噛みつき始めた。
「うぎゃ!?」
「ぐわ!?」
噛みつかれ肉をえぐられた人々が絶命していく。
「すご~い!! ちきゅうのサメはすなのうえもおよぐんだね~!!」
マズはその様子を見て興奮していた。
「スナザメってやつ?」
「えっと、聞いたことないけど……。でも、これってチャンスかも」
インフェルはすぐにこの混乱を利用することを思いついた。騒ぎが大きくなれば、コビドに自分たちの居場所を気づいてもらうという当初の目的を果たせるのではないかと。
そのことを2人に伝えるとすぐに行動開始となった。
サメから逃げようとする人たちをマズが押し返すように千切っては投げ、千切っては投げ。サズは海水を使って鋭い剣を2本作りその一本をインフェルに渡した。
サズ、マズ、インフェルそしてサメの連携プレイで海岸に遊びに来ていた人間たちのほとんどが彼らの餌食となった。
気がつけば白い砂浜は真っ赤に止まり、潮の香りは血なまぐさい臭いにかき消されていた。
「こんなもん?」
サズが手製の剣を手で弄びながら浜の中央に歩み寄る。そこには先程まで彼女たちと一緒になって暴れていたサメが横たわっていた。遅れてマズとインフェルそこに加わった。
「しんだ~?」
「動いってるっぽいからまだ生きてるっぽいわね」
浜に横たわるサメは力なく尾ひれを動かしている。今にも死にそう……あるいは疲れて横になって休んでいる風にも見えた。
「うーん。襲ってくる様子はないけど」
試しにインフェルは無防備なサメの腹を持っていた剣でツンツンと刺激してみた。すると、危険を察知したのかサメが激しく動き出した――
「うわ!? 動いた!?」
かと思えば、いきなりサメの皮膚を突き破るようにして人間の手と足が生えてきた。
「え~!? ちきゅうのサメこわい~!!」
マズが怯えてサズの後ろに隠れた。
突如生えてきた足で立ち上がるサメ。
「ちょっと、どういうこと!?」
サズがマズを庇うようにして戦闘態勢を取ると、そのサメは言葉を発した。
『うん? その声はサズちゃんなんだぞ!?』
くぐもった声が天を向くサメの口から漏れ聞こえてきた。
「サズちゃん……? ――って、まさか!? アンタコビドなの?」
『そうなんだぞ! 泳いでたら途中でサメに襲われたんだぞ! でもちゃんと生きてるんだぞ!』
「コビドちゃー? ほんとに~?」
「どういう状況なの?」
『おおー! その声はマズちゃんとインフェルちゃんだぞ。久しぶりに会えて嬉しいんだぞ!』
サメから飛び出た両手がバタバタと上下に揺れた。なんともシュールな光景だった。
『それにしてもちょっと息苦しいんだぞ。助けてほしいんだぞ』
「どうやって~?」
「ま、解体するしかないでしょ」
そう言うと、サズは立ち上がったサメを再び砂の上に寝かせて、持っていた剣で腹に切れ込みを入れ始めた。
『うわっ!? 危ないんだぞ!! 刺されるんだぞ!!』
「ちょっと! 暴れると余計に危ないからじっとしてなさい!」
「えっと、コビドちゃんのチェーンソーを使えば自分で出てこれるんじゃ……?」
『おお! そう言えばそうだぞ! さすがインフェルちゃんだぞ!』
コビドの手が一度サメの中に引っ込むとチェーンソーとなった右腕が腹を突き破って出てきてそれが上へと移動する。ギャリギャリと音を立てながらジッパーのように腹が裂け中からコビドが出てきた。
サメの血で赤黒く染まったコビドは久しぶりの陽の光に目を細めた。
「ま、眩しいんだぞ……」
「コビドちゃー、くさ~い!!」
マズが鼻を摘んで顔をしかめた。
「マズちゃん。女の子に臭いとか言ったらダメなんだぞ」
「いや、しかたないでしょ。アンタずっと魚の中にいたんだから」
サズもこれみよがしに袖で鼻を覆った。
「仕方ないんだぞ」
「ところでコビドちゃんは今までなにしてたの?」
「ん? うんと、う○こみたいな頭をした人と一緒に学校で殺人事件してたぞ!」
コビドの説明はだいぶ端折られていた。端折られすぎて実際に彼女が体験していたことと意味が違うものになっていた。そうでなくとも3人には意味がまったく伝わっていなかった。
「えっと……どういう状況かな?」
インフェルが苦笑いを浮かべ頬を掻いた。
「でもこれでコビドと合流できたわけだし、どうでもいいか」
「そうだよ~。これにてイッケンラクチャク~」
お気楽な声を出すマズ。
しかしその言葉通り本当に一件落着――とは行かなかった。
浜辺で起きた騒ぎを聞きつけた日の国の軍が現れたのだ。彼らは海水浴場の入り口を塞ぎ、4台の装甲車と兵士が隊をなしコビドたちと対峙した。
……………………
…………
「配置につきました」
小隊長が通信機に向かって言う。
『そうか、では作戦通りに』
通信相手はロッチロだった。
「しかし、ロッチロ中佐。作戦もなにも我々は新種との戦闘は今回が初めてですよ」
『わかっている。無駄に命を散らせとは言わん。あくまで作戦通りに動くだけでいい』
「……わかりました」
隊長は上官の命令には逆らえず、しかし他国の軍人に指図されることをよく思ってはおらず、不承不承といった様子で通信を終えた。
「くそぅ。司令官殿の命令さえなければ……」
どうにも納得できない隊長は愚痴をこぼした。
……………………
…………
一方コビドたちはこの局面をどう切り抜けるかを考えていた。
「また結構な数が出てきたわね」
「いきなりピンチなんだぞ!」
「たぶん大丈夫。入り口を塞がれたところで逃げ道はたくさんあるから。それに最悪海に逃げればいいからね」
インフェルはみんなを落ち着かせるように言う。
「そう言えばそうだぞ。あたしは泳ぎが上手だから問題ないんだぞ」
コビドは自身に満ち溢れていた。
「それじゃあ、とりあえずあっちに逃げよう!」
インフェルの指示で4人が海とは逆の堤防側に走る。すると、待ってましたと言わんばかりに堤防沿いに潜んでいた狙撃兵が一斉に顔を出し、その銃口でコビドたちを捉える。
「斉射!!」
狙撃隊のリーダーの号令で狙撃が始まった。
「うわ! ちょ!」
4人は砂浜の上でダンスをするように変なステップを踏みながら銃弾をかわす。
「でもこんなの平気なんだぞ!」
コビドは多少銃弾を浴びたところで平気だとばかりに堤防に向かって進もうとする。しかし、彼女の進行方向に向けて一発の砲弾が打ち込まれた。コビドは巻き上げられた砂を頭からかぶった。
「ちょっと何よいまの!?」
それは海水浴場の入り口を封鎖していた兵士が撃ったロケット砲だった。
「退散! 退散!」
それにいち早く気づいたインフェルが3人に向かって引き返すように叫ぶ。
「あっちから逃げるのは無理ってこと?」
「だったら泳いで逃げるしかないぞ!」
コビドが海に目を向けると、そこにはいつの間にやら小型の軍用ボートが数台止まっていた。しかもそのうちの何人かが見るからに強力そうな兵器を構えていた。
「あれじゃ無理ね」
サズが即断する。
結果的にコビドたちが逃げられる方向は海水浴場の入り口を塞ぐ日の国の軍たちとは真逆の方向だけだった。そして、入り口方面で隊を成す小隊が隊列を保ったままゆっくりと進行を開始する。
先程のロケット砲を撃ってくる気配はないが、それはあからさまにそちらに逃げろと言っているようなものだった。
インフェルはこれが何かしらの罠であることに薄々感づいていたが、
「おねえちゃー! あのヒトたちきたよ~!」
「考えてる時間はないですよインフェルさん!」
「そ、そうだね」
2人に急かされ、4人は進軍する兵士たちに背を向けて砂浜を走った。
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