第16話 ボムボムぷりん 中編

 動物爆弾を前々から計画していたインフェルは3人を引き連れ借家から離れた場所にある巨大倉庫に向かった。

 そこにはその計画を立てた数年前から少しずつかき集めていた野良猫や野良犬などが押し込められていた。その数およそ30匹。


 コビドたちが倉庫に到着して倉庫の中に入ると動物たちはワンワン、ニャーニャーと騒ぎ立てて4人を出迎えた。

 動物たちは放し飼いされているわけではなく1匹ずつケージに入れられそれが倉庫の壁沿いにずらりと並んでいた。


「すごいんだぞ! うるさいし臭いんだぞ!」


 コビドはやや興奮した様子で倉庫を見渡した。


「ねこさんいっぱ~い♪」


 マズは笑顔で近のケージに駆け寄った。


「これでも一応世話はしてるんだけどね」


「でもこれだけの数……お金とかってどうしてるんですか?」


「それはどうにでもなるよ。だって必要になったら無理やり奪えばいいから。もちろん足がつかないように細心の注意は払ってるよ」


「へぇ」と納得するサズ。


「とりあえずこの動物たちを使うつもりなんだ。あとは爆弾だけどそれもこっちでなんとかするから」


「なんかほとんど全部インフェルさんひとりでできそうですね」


 サズが申し訳無さそうに苦笑いする。


「そんなことないよ。完成した爆弾を装着して野に放つ作業はひとりだと時間がかかりすぎるから、その間に誰かに見つかったら意味がないからね。――さ、そういうことだから一旦うちに帰ろうか」


 インフェルが倉庫から出ようと提案すると、マズが彼女の服の裾をクイックイッと引っ張った。


「あのね~。いっぴきつれてってもいい~?」


 マズは1匹の猫を抱きかかえていた。黒と黄色の毛が背中と腹でくっきり別れているまるまると太った猫はマズの豊かな胸に抱かれ居心地よさそうにしていた。


 マズはその猫をとても気に入ったらしい。


「ちょっとマズ! 勝手に出してきたらダメでしょ!」


「でもぉ~。なでなでしたくてぇ~」


 しょんぼりと落ち込むマズを見ていたたまれなくなったインフェルは、「1匹くらいならいいよ」と連れて帰ることを許可した。


 …………


 翌日の早朝からインフェルの爆弾づくりが始まった。その作業は非常に繊細で邪魔が入ると危ないということで、インフェルを除く3人は隣の部屋でその作業が終わるのを待つことにした。


 マズは床にうつ伏せになって連れてきた猫の背を撫でていた。コビドもマズの隣に寝転んでジッと猫を観察していた。


「変な色の猫だぞ」


 黒と黄色の毛が背中と腹でくっきり別れているまるまると太った猫が床で丸くなる姿は一見するとまるでプリンのようだった。


「へんじゃないよ~。ねぇ~ぷりん~♪」


 マズは笑顔で猫――ぷりんの背を撫でる。


「うわ、もう名前つけてるんだぞ。しかもぷりんて見たまんまなんだぞ!」


「はぁ~。かぁいいね! かぁいいね!」


 マズは終始幸せそうに声をはずませる。ぷりんの方も気持ちがいいのかしっぽを左右に振っていた。


「おいネコ。なんでそんな変な色なんだぞ? なんか言えなんだぞ!」


 コビドは何を思ったのか唐突にぷりんに話しかけた。


「えぇ~? ねこさんはしゃべらないよ~」


「うん? それはヴィル星のネコの話だぞ。地球のネコは喋るかもしれないんだぞ?」


「しゃべらないよ~」


 マズの言い分など聞かずコビドは尚も猫に話しかけた。


「おい、はやく喋るんだぞ!」


 すると、猫はコビドを無視するように大きなあくびをしてぷいっとそっぽを向いた。


「むッ! こんにゃろーだぞ!」


 そんな猫の態度が気に入らなかったコビドは猫の頭を思いっきりゲンコツで叩いた。さすがに猫は驚いて部屋の中を暴れるように走り回った。


「あ~、なにするのコビドちゃー!」


「あのネコはくそネコだぞ! 躾がなってないんだぞ! 懲らしめてやるんだぞ!!」


 コビドは起き上がって暴れまわる猫を捕まえようと追いかけ回した。


「あ~んもぅ~! コビドちゃー、やめたげてよお~!」


 マズは猫を追いかけるコビドを追いかけた。


 ドタドタドタドタと走り回る1匹と2人。


 そんな2人を見かねたサズが「ちょっと、騒がしくしたらインフェルさんに迷惑でしょ!」と、注意するのだった。


 …………


 日が落ち始め夕方になってもインフェルの作業は終わらなかった。そんなインフェルの代わりに、コビド、サズ、マズの3人で夕飯の買い出しに行くことになった。3人が向かったのは借家から離れた場所にある大型のスーパーだった。

 近くのスーパーに行かなかった理由は、コビドたちは軍の人間に顔が割れているので、誰かに見られたら自分たちの住んでいる場所が特定されてしまうかもしれない――とインフェルから注意を受けたからだった。


「おお! 広い! 広いんだぞ!」


 初めて見る地球の大型スーパーに興奮するコビド。今にも店内を駆け回りそうになる彼女をサズが止める。


「ちょっと、インフェルさんからことを荒立てるなって注意されてるでしょ。目立たないようにしなさいよ!」


「む。わかったんだぞ。でもお菓子がほしいんだぞ」


「あ~。マズも~。チョコチョコ~♪」


 コビドとマズは嗅覚を働かせサズを追いてさっさとお菓子売り場へ足を運ぶ。


「あ! ちょっと!」


 置いてけぼりを食らったサズは額に手を当て盛大なため息を付いた。まるで2人の子を持つ親の気分だった。


 お菓子売り場に着いた2人はその種類の多さに目を丸くしていた。


「おおー。ヴィル星とは大違いだぞ!」


「ねえねえコビドちゃーこれみて~♪」


 マズが指差す陳列棚に並んでいたのは、四角い箱に入ったおまけ付きのお菓子だった。


「おもちゃがついてるよ~。『干した黴』だって~」


「おー! ピンクなんだぞ! 丸くてかっこいいデザインだぞ! これは買い占めるしかないんだぞ!」


 コビドは目を輝かせて陳列棚に並んでいた商品を次から次へと取って両手で抱えた。


「うちに帰ったらコレクションに追加なんだぞ!」


 そんなウキウキのコビドの背後にサズが近寄ってきて「ていっ!」と彼女の頭に手刀をかました。


「――ぎょあ!?」


 するとその衝撃でコビドは抱えていたお菓子を全部床に落としてしまった。


「いきなり何するんだぞ? 痛いんだぞ……」


 コビドは自分の頭をさすりながら振り返った。


「あのね。余分なお金なんて持ってないんだからそんなもん買えるわけないでしょ。いつまでも王女様気分でいるのやめなさいよね」


「そう言えばそうだったんだぞ……」


 コビドはとても残念そうに床に落とした商品を名残惜しそうに1つずつ棚に戻していく。


「かなしまないで~コビドちゃー。ちきゅうじんをセンメツしたあとでかいにくればいいんだよ~」


「その手があったんだぞ! マズちゃん頭いいんだぞ!」


「えへへ~」


 地球人を殲滅したらお菓子を作る人間もいなくなるので果たして買い占めなんて出来るのか――とサズは思っていたが口には出さなかった。


 ひと悶着あったあと3人は当初の買い物に戻った。

 インフェルから頼まれていたのはカレーの材料だった。しかし、3人はカレーという食べ物を知らなかったので、インフェルから渡されたイラスト付きの買い物メモを見ながら商品を探して回った。そしてこれまたインフェルからもらったお金で無事会計を済ませた。


「アタシちょっとトイレ行ってくるから。それ袋に詰めといて」


 サズはそう言ってトイレに向かった。サッカー台に取り残されるコビドとマズ。


「袋って言われても、袋なんて持ってないんだぞ?」


「コビドちゃーコビドちゃー。これこれ~」


 マズがサッカー台の上に備え付けてあるロール状の透明なポリ袋を指差した。


「これに入れるんだぞ? でも小さくて全部はいらないんだぞ?」


 コビドは試しに購入した物を袋に詰めてみた。しかし、じゃがいもと玉ねぎを入れた段階で袋は一杯になってしまった。


「コビドちゃー。マズちゃんいいことおもいついたよ~。みてて~♪」


 そう言うとマズは、一度袋から全部出して、それを思いっきり握りつぶして袋に詰め直した。


「ほら~、こうするとはいるよ~」


「おお! マズちゃんすごいんだぞ!」


 じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、パックに入った牛肉、カレールー……マズは購入したすべての物を潰して小さくして袋に詰めていった。


 握りつぶした野菜の汁と絞りカスのようなものが袋の中で混ざり合ってなんとも言えない異臭を放つ。透明の袋の中身はまるでドブと吐瀉物の混合物のような見た目になり、周囲の買い物客に不快な思いをさせていた。はある者はドン引きし、ある者は鼻をつまみ逃げるように距離を空けた。


 そこへトイレを済ませたサズが帰ってきた。


「ちょっと! 何やってんのよコビド!?」


「袋に詰めてるんだぞ!」


「つめこめ~♪」


「いやいやそうじゃなくて! 何で潰してんのよ。これじゃもうカレーが作れないじゃない!」


「でもサズちゃんカレーの作り方知ってるんだぞ?」


「カレーは知らなくても野菜をどう使うかくらいは知ってるのよ。こんなことしたら野菜が使い物にならないでしょって話よ」


「じゃあどうすればいいんだぞ?」


「どうもこうもないわね。これじゃ夕飯なしね」


「夕飯なしはさすがにキビシイんだぞ!」


 するとマズが異臭を放つ袋を持って店員に話しかけた。


「あのね~。これかえすからもとにもどして~?」


 マズの無茶な注文に店員の笑顏が引きつった。


「お客様。さすがにそれは……」


「だめ~?」


「ええ、申し訳ございませんが……」


「マズ、諦めよ。一旦家に帰ってインフェルさんに相談よ」


「マズちゃんおこられるかな~?」


 マズがシュンとして俯く。


「大丈夫だぞ。インフェルちゃんはそんなことで怒らないんだぞ」


 結局3人は手ぶらで家に戻ることになった。

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