第18話 露の国から

「大尉! 空から何か降ってきます!」


 露の国の領海沖で演習を行っていた海軍のひとりが異変に気づいて空を指さす。


「何!?」


 その声でその場にいた全員が空に視線を向ける。すると本当に空から何かがこちらに向かって降って来るところだった。それが徐々に近づいてきて判別できる距離になる。


「人だ!! しかも3人だ!!」


 それは動物爆弾によって吹き飛ばされたインフェル、サズ、マズの3人だった。彼女たちは船の直ぐ側の海にドボン、ドボン、ドボンと落ちた。


「緊急事態だ! 直ちに救助せよ!」


「了解!!」


 海兵たちが小型ボートを使って海面に浮かぶ3人を回収し甲板に運ぶ。兵士たちが、一体どうして空から女の子が降ってきたのか、そもそもそんな事がありえるのかなどと言葉を交わす。


「詮索は後回しだ。3人は一旦船室に運び目を覚ましたあとで事情を聞こう」


 海兵の代表者がサズ、マズ、インフェルを抱えて船室に運ぶ事になった。その途中でサズが目を覚ました。


「……誰?」


「ん? 目を覚ましたのか?」


 自分が男に抱えられてどこかに運ばれているという不可解な状況に、サズは目を丸くして周囲を確認する。そして彼女の目に飛び込んできたのは後ろを歩くマズを抱えている男の姿だった。


「マズ!?」


 彼はあくまで救助したマズをを運んでいるだけだったが事情を知らないサズは、それが得体のしれない男が気を失ったマズをどこかに連れ去ってイケないことをしようとしているのだと勘違いした。


 サズは勘違いしたまま濡れた衣服の水分を利用して短刀を作り、それを自分を抱えている男の喉元に突き立てた。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」


「なんだ!? 何が起こってる!?」


 異変に気づいた前後を歩く海兵たち。しかし彼らがそれぞれインフェルとマズを抱えていたせいで対応が遅れてしまう。その間にサズは2人を殺した。


「マズ! インフェルさん!」


 サズは2人に声をかけるも気を失ったまま目を覚まさない。そうしている間に騒ぎを聞きつけた海兵たちがぞろぞろと集まってくる。


「何だこれは!?」


 3人の死体と気を失ったままの2人の少女と血塗れの短刀を持ったひとりの少女。どうみてもサズが犯行に及んだことは明らかだった。


「まさか……こいつが噂のサイコロリアンなんじゃ!?」


 誰かが言ったその言葉でその場にいた全員の合点がいった。


 なぜ急に空から女の子が降ってきたのか、なぜその女の子が人を殺しているのか……それらはサイコロリアンだからというただ一言で説明できてしまっていた。


「サイコロリアンって実在したのかよ……」


 話にしか聞いたことのない存在が今目の前にいる。彼らは対サイコロリアン討伐軍と違いその対処方法を一切知らない。そんな彼らができることといえば――


「うわああああっ!!」


 尻尾を巻いて逃げることだけだった。


「バカ者!! 敵を目の前にして逃げる奴があるか!! 武器を持て!! それから応援を要請しろ!!」


 大尉の一喝で海兵たちは武器の調達に走る。だがサズはそれを許さなかった。武器庫に向かう海兵たちを次々と襲っていった。応援を呼ぶため操舵室へ駆け込んだ海兵も、無線を使い本部へと連絡を入れようとして――その途中で背後からサズに襲われ命を落とした。


 船に乗っていた海兵たちはわずか数分で全滅した。


「サ、サズさん……これは?」


 ようやく目を覚ましたインフェルが、血に塗れた甲板に死体が転がっているのを見て驚愕する。


「マズが連れ去られそうになって……それで……すいません」


 サズは事を荒立てるなという注意を破ってしまったことを反省した。


「ううん。仕方ないよ」


 インフェルは優しく言って、自分たちが置かれている状況を把握する。


「海……だね」


「ですね」


「ここまで飛ばされたのかな……。ん? あれは?」


 インフェルが周囲を見回していると、海の向こうから別の船がこちらに近づいてくるのが見えた。


「大変! このままだと捕まっちゃう!」


 インフェルは急いで船の操舵室に向かい船を動かそうとする。しかし船の操縦経験などない彼女はどうしていいかわからず躊躇する。そんなインフェルを後ろから見ていたサズが、「こんなのは適当ですよ!」と操作盤をメチャクチャに押しまくった。


 すると船は最大船速で南に向かって進みはじめた。こうして彼女たちは難を逃れることに成功した。彼女たちがその場にコビドがいないことに気がつくのはそれからしばらく後のことである……


 …………


 インフェル、サズ、マズが乗った船はそのまま南に向かって突き進み、進行方向にあった漁港に突っ込んだ。漁港で作業をしていた人たちは突如現れた艦に一時騒然となった。その混乱に乗じて運良く船を抜け出した3人はコビドを捜すことにした。

 しかし、その途中でインフェルがあることに気づく。それは自分たちが今いる場所が露の国ではないということだった。コビドの捜索はほぼ絶望的。それでも何もしないよりマシだというサズとマズの意見を尊重し捜索は続けた。


 3人がコビドの捜索を開始してから2日が経過した。


「コビドちゃーどこにもいないね~」


「そうね、アイツのことだからめちゃくちゃに暴れまわってそうだからすぐにでも居場所がわかりそうな気がするけど」


「うーん。ボクが事を荒立てるなって注意したから、それを守ってるのかも」


「普段適当なくせに、こういう時に限って律儀よね」


「コビドちゃーげんきかな~?」


 遊び相手を失くしたマズが寂しそうに言った。


 慣れない環境での生活は3人にとってそれなりに過酷であった。帰る場所を失い、この世界で生きるために必要なお金もなく……

 救いだったのはインフェルはかつてこの国にいたことがあり、それなりに土地勘があったことだった。


「仕方ない。この方法だけは使いたくなかったんだけど、そんな事も言ってられないみたいだし」


「なにかあるんですか?」


「うん。それはね、ボクたちが騒ぎを起こすことだよ」


「え、どういうことです?」


「ボクたちが騒ぎを起こせばそれは必ず情報として発信される。テレビやラジオ、あとはネットとかね。それでもしコビドちゃんがその事に気づいてくれればボクたちの居場所が伝わるでしょ?」


「なるほど」


「でも、デメリットもある。例えばコビドちゃんがそういった情報を得る手段のないところにいたりとか、そもそも興味を持ってくれなかった場合は何の意味もない。それに騒ぎを起こせばボクたちはこの国の軍から間違いなく攻撃を受ける」


「たたかいになるの~?」


「うん。そうだね」


「でも、それしか方法がないならやるしかないですよね」


「2人とも覚悟は出来てるの?」


「だいじょうぶだよ~」


「もちろんです。そもそもアタシが地球に来た本来目的はコビドを手伝って地球人を殲滅することですから。遅かれ早かれやらないといけないことです」


「わかった。なら、早速行こう」


「行くって……どこへです?」


「もちろん人がたくさん集まる場所だよ」


 そういうとインフェルは歩き出した。


 季節は夏である。夏に多く人が集まる場所といえば、そう――海である。


 ……………………


 …………


 露の国。対サイコロリアン討伐軍本部。その会議室にあるスクリーンに映像が映し出される。その映像を眺めるのはヨラン中将とダイアン中佐だった。


「酷いものだな」


 破壊された街の様子を見て、ヨランが渋い顔で嘆いた。


 世間的には現政権に対する反対勢力の無差別同時多発テロ……ということになっているが、軍部ではすでにこれらの事件がサイコロリアンによって引き起こされたものだということは把握していた。


 最初の襲撃から数えて3度目。ここまでくると他の軍からの追及も厳しくなっていた。


 ――いつになったらサイコロリアンを倒せるのか。お前たちは一体何をやっているのか……と。


さかしい真似をしてくれる」


「報告では確認されたサイコロリアンは4人だそうです」


 コビドたちがトラックで移動しながら動物を野に放つ姿は各所にある監視カメラに収められていた。


「数はさしたる問題ではない。重要なのは奴らをどうするかだ。ほかの連中からさっさとなんとかしろと再三に渡って通達が来ている。市民からの不信も募っているようだしな……彼らが我々に文句を言ってくるのも致し方なかろう……」


 ヨランはどこか諦念したようにため息をつく。


「中将殿! そんなことではいけませんぞ! 早急に対策を――」


「そうは言うがね、何をどうしろと言うんだい?」


「ここは応援を要請すべきです!!」


 ヨランの質問に対してダイアンが自信満々に返答する。だが、


「無理だよ」


 ヨランはそれをきっぱりと否定した。


「なぜです!?」


「軍の大半の人間が正義より政治に興味があるからだ。ここに配属されたが最後、出世は絶望的。しかも一歩間違えれば命を落とす」


 軍で昇進するには戦果を上げる必要がある。対サイコロリアン討伐軍における成果とは言葉の通りサイコロリアンを討伐すること。この部隊が発足してから7年間、露の国では一度もサイコロリアンは現れなかった。その間に昇進したものは多国籍軍に身を置いていた者のみ。それ以外は誰ひとりとして階級が上がっていない。

 また、グレゴリー大尉をはじめとする多くの兵士が命を落としたあの出来事は他の軍に在籍している者たちも情報が伝わっている。サイコロリアンの戦闘力が規格外だとわかっていれば誰もが及び腰になるのは当然だった。


 それを理解できてしまったダイアンは閉口してしまった。


 一時の沈黙……


 すると会議室に通信室から連絡が来た。要件は中将と繋いでほしいというもので、その相手は海軍だった。ヨランが許可を出すと海軍との通信が始まる。


 その内容は、訓練のために沖合に出ていた船と連絡がつかなくなったというものだった。それだけならサイコロリアン討伐軍は全くの無関係だが、その船から入った最後の通信がサイコロリアンに襲われているという内容だったというのだ。

 その後近くで別の訓練を行っていた船が救助に向かったが対象は南に向かって逃走。そのまま領海の外へ抜けていったとのことだった。


「南か……。そのままの進路なら行き着く先は……にちの国か……」


 ヨラン中将は呟いた。

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