第9話

 辺り一面が閃光に包まれる。ドラゴンの断末魔と、地響き。それから一際大きな振動が一同を襲った。

 床に跪いた誰も彼も、何も言えなかった。やがて、舞い上がっていた埃が落ち――。


 ハチリアーヌ達は、倒れ伏したドラゴンを目にした。


「……やったのか……」


 気が抜けたようにハチリアーヌが呟く。だがそんな彼女の体は、突然弾丸のごとく飛んできた筋肉の塊に押しつぶされた。


「アニキイィィィィィ!!!! やりましたねアニキィィィ!!!! やっぱアニキは日本一の富士山でさぁ!!!!」

「やめろ、クマ! 気色悪ぃったらありゃしねぇ!」

「やっぱりハチさんはすごいわ。こんな大きなドラゴンを一人で倒してしまうなんて」

「オレの力じゃねぇよ、ミラ公。オメェらの力だ」

「や、やったわね、ハチリアーヌ様! わ、私にも感謝してくれていいのよ?」

「おう、かたじけねぇ! (誰だっけなコイツ……)」

「ハチリアーヌ……ドラゴンを前にしても怯まない君の威風堂々たる姿は、まるで騎士道物語に出てくる戦乙女のようだったよ。とても……美しかった」

「おう! (コイツも誰だっけな……)」


 トノラ王子は、ストーカー行為に執心するあまりすっかりハチリアーヌの視界から姿を消していたのだった。


「ッ! そうだ、反国組織ナンヤネンの男は……!」

「ナンヤネン?」

「あ、そうでした! アニキ、実はアニキのことを狙うふてぇ野郎がいたんです!」

「何!? もしかしてソイツがこのトカゲを……! おいクマ! なんでオメェそんな大事な事をもっと早く言わねぇんだよ!」

「何かと大したことなかったんで……」

「チクショウ、こうしちゃいられねぇ! 早くソイツを捕まえて……」

「ぎゃーっ!!!!」


 耳をつんざいた野太い男の悲鳴に、一同は全身で壇上を向く。誰よりも早く、ミラーノが「校長!」と叫び駆け出していた。

 そこにあった光景に、ハチリアーヌ達は目を見開く。

 筋骨隆々の校長が、片手で見知らぬ男の頭を掴み持ち上げていたのだ。


「我が校の生徒を危険に晒し、ましてやいたいけな少女を奪い国家転覆を図ろうとするとは……」


 ギン、と校長の鋭い目が開く。


「まったくもって言語道断! 人間として底の底!! 地獄の果てで反省するが良い!!!!」

「うわあああああああ!!!!」


 そして大きく振りかぶり、ドラゴンの襲撃で空いた穴から遥か彼方へとぶん投げた。

 あっという間にオズミカルのお星様になるテロリスト。ちょうどその時、ミラーノが校長のもとにたどり着いた。


「校長先生! お怪我はありませんでしたか!」

「ああ、幸い私には傷一つないよ。ミラーノ君も大丈夫かね」

「わ、私は全然平気です!」

「しかし、ここに来たのはいただけないな。何せ危険なテロリストがいたんだ。すぐ天に放ったから良かったものの、こんな危ない場所に自ずと来てはいけないよ」

「でも……もしも校長先生に何かあったらと思うと、いてもたってもいられなくて……!」

「ミラーノ君……」


 少しいい雰囲気になる壇上。そこから優しく微笑み目を逸らし、ハチリアーヌは皆を振り返った。


「さ、オレらは行こうぜ。いつまでもこうしちゃいられねぇ」

「あ、アニキ。ちょっと待ってくだせぇ」

「おぅ、どうしたよ」

「その、ゴッツェエが……」


 グマニスに言われて見てみると、ゴッツェエがドラゴンに寄り添い優しくツタで撫でてやっていた。はてと首を傾げ、ハチリアーヌは近くまで寄ってやる。


「どうしたんだよ、ダチ公。トカゲが気になんのか?」

「シャー……」

「……何? まだ生きてる、だと?」


 更に寄ってみる。ドラゴンはぐったりとしていたが、うっすらと黄土色の目を開けていた。


「本当だな。んでも主人はお星様になっちまったし……」

「シャシャシャッ!」

「ん? 植物室に空きがあるから一緒に暮らせる? けんどよぉ……」

「シャシャッ!!」

「あー、わぁったわぁった! そうだよな、オメェさんとおんなじ身の上なんだもんな。おい、誰か怪我ァ治せる魔法持ってるヤツァいねぇか!?」


 王子が名乗りを上げる。ハチリアーヌは頷き、彼を隣に呼び寄せた。

 柔らかな手でドラゴンを撫で、彼女は言う。


「……オメェさんだって、生きていたいよな」


 ハチリアーヌの手から零れた温かな光が、ドラゴンの体を包んだ。

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