第28話 彼女は自分を信じている

「とはいえ、俺はお前のイカれた状況を解決出来るような、そんな特別な力はない。そしてお前の複雑な家庭環境に口を挟めるような生い立ちもない」

「は、はあ?」

「なので、やっぱり話し合いしかないと思うんだけど、どうだ?」

「いやどうだと言われても……はぁ、シャワー浴びたい」

「異論は無いな」 


 俺が鳴子を救えるとすれば、それはやっぱり言葉を尽くすしかないのだろう。人生最大の見せ場だと言わんばかりの感じで、心を込めて、彼女に俺の心を伝えるしかないのではないか、そう思った。

 

 学生らしく、平凡な日常らしく、彼女と話し合い──決着を付ける。


 席を立たないところを見ると、どうやら応じてくれるらしい。どうにも不満気なのが気になったのだが、しょうがないじゃないか。俺は白馬に乗った王子様でも、御伽ちゃんの言うようにチート能力者でも何でもないのだから、まさかぶん殴って力づくで、なんて出来るわけがないし……鳴子は力が強そうだ。


「いや異論ていうか、話し合いでどうにかなる状況じゃないと思うんだけど」

「それが、どうにかなるかもしれない、多分──まあ気楽に行こうぜ」

「……ちょっと見ない間に随分態度がデカくなったじゃん」

「そうか?」

「そうだよ」


 同級生に態度がデカいも何もないと思うのだが。 


「まあ、そんなことはどうでもいい。まず初めに聞かせてもらいたいのだが、お前──俺の事は好きか?」


 鳴子は分かりやすく、顔を背けた。 


「なにそれ……今別に関係なくない?」

「そうか。じゃあ次」

「え? いいの?」

「話し合いと言っただろ。相手の言い分も聞かなければ成立しない」

「そ、そうなんだ」


 思い切っていけば、彼女は動揺し縮こまる。これは卒アルを見られた際に覚えた手だ。


「次に聞きたいのは、お前が恋だの愛だのを信じていない、という点についてだな」

「ちょい、ずっとこんな感じで話するわけ?」

「そうだが?」

「いやそうは言っても……って、もういいや、続けて」


 ようやく観念したか、そう思えたが、多分それは違う。


 彼女は疲れている、疲弊している。それもまともに言い返せないくらいに、言い返す気力もないくらいに、彼女は疲れ切っている筈だ。2日間も化け物に追いかけ回されていたのだから、それは当然の事だろう。


 正直言えば、今すぐでも休ませたい。彼女の言うように、シャワーでも浴びさせて暖かい布団を掛けてやりたいとも思う。しかしそれは出来ない、今でなければ駄目だ、今でなければ、彼女はこれからもずっと化け物に追われ続け、最後にはどうにかなってしまうのだから。


「お前が、何故信じられないかは理解出来た」


 だから俺は続ける。


 彼女の逃げ場を奪うように、順序立てて、彼女を潰す。


「だけど、世界にはお前が思っているような人間ばかりではない。それは分かってるだろ」


 それは余りにも、事情のある人間に対して酷な言葉だ、それは分かっている。

 

「まあそりゃそうだけど、さ。アタシだってそれくらい分かってる。だから言ったじゃん、これはアタシが悪いんだって、間違ってるんだって」


 案の定鳴子は呆れつつも、言葉を返してくれた。


「間違っていると分かっていて、どうしてお前は変わらない? どうして他人を認めないんだ?」

「そんなの……そんな簡単に変われるわけないじゃん。認められるわけないじゃん」

「それはどうしてだ?」

「だって、アタシはずっとそうして生きて来た。ずっと、そう信じて、生きて来ちゃったんだから」

「そうだな」

「……は?」

「お前はずっと、自分を信じて生きて来た。そしてそれは間違ってないし、変わる必要もない」

「……そっか、ありがと」


 鳴子の心の一部、その氷塊が少しだけ溶けた気がする。そんな顔をしていた。


 それに聞きたい言葉が聞けた。このスタートを切れなければ何も始まらなかったが、これでもう何も恐れるものはない。あとは彼女が認めるだけ。それだけで、多分殆どを解決出来る。


「まず『お前は自分を信じている』これは動かさない」

「……そうだよね。アタシは間違ってないんだから、変わる必要ないんだもんね」

「そう、だから引っ込めるなよ。それが原因で俺はフラれたんだからな」

「あハハッ、それ以外でフラれたって微塵も考えてないんだ。そもそもタイプじゃないとか、そういう相手として見られないとか、そんな理由を考えなかったんだ」

「……え、そうなの?」

「いや、まあ……違うけど」


 コイツは本当に──怖い事を言う。一瞬まじでヒヤリハッとしてしまった。危うく考えていたもの全てが破綻するところだったぞ全く。


 忘れていたわけじゃないが、この女はこういう奴だ。失礼で、すぐに茶化すし、弱点と見れば容赦なく咎めて来る。引き金を引くことも躊躇わず笑って、泣く。だがそんな彼女だからこそ、そんな彼女を──俺は好きになった。


「次の議題は──他人の言葉なんて全部嘘なんじゃないか、ということだな」

「えー」


 彼女がそんな反応をするのは分かる。まじで何言ってんのコイツ、みたいな顔をする理由は分かる。分かるが、聞いて欲しい。これは必要なことであり、ここが一番重要なのだから。


「例えば1組のカップルが居たとするだろう。お互いがお互いに、好きだ何だと言い合っている熱々のカップル。しかし、心の底では『実はコイツあんまりタイプじゃない』とか『性格合わないかも』みたいな事を、付き合っている時間の中で思い合っていた。まあ相思相愛だな」

「いやそこに愛は無いと思うけど」

「そしていずれこう考える『あ、あの人カッコいい』とか『あの子めちゃタイプ』とか、それぞれ別の人を好きになってしまった。結局二人はすっぱり別れるか、ずるずる関係を続けるかのどちらかだろう。お互い表面上では好きだ何だと、そう言い合って」

「……つまり、何が言いたいわけ?」

「人の心なんて分かるわけがないが、本当の思いは言葉にしていない可能性が高い、ということだ」


 言葉にした瞬間、多分、それは純粋な──思いではない。相手に対して取り繕った、相手の為の言葉、表現に変わってしまうのだから。本当の思いは言葉では伝えることが出来ない。それは恐らく行動や態度でも同じことなのだろう。


 鳴子は、俺の言いたいことの──半分に当てが付いたようだ。


「じゃあアンタが好きだって言ってくれたのも、嘘ってわけだ」

「そう、だな……お前にとっては、そう見えても仕方がない」


 だが実際に、そう言葉にされると、辛い、本当に。


「俺の言葉は事実以外、全部嘘だと、そう思ってもらって構わない」

「……結局アンタが何言いたいか、全然分かんないだけど」

「つまりそんな中では、お前が他人を信じられないのも無理ない」


 鳴子は額に手を当てると、その苛立ちを隠そうともせずにぶつけて来る。


「だーかーら、なにがしたいのアンタ? アタシを馬鹿にしてんの? アタシが誰も信じられないって、べちゃくちゃ言葉並べて補足しただけじゃん。つまんないし、正直ムカつくんだけど」


 髪を掻き上げて、掻き乱す。彼女の苛立ちやムカつきの原因が寝不足ではないことは分かっている。だから俺は、そろそろまとめに入ろうと思った。それほど時間があるわけでもないし。


「他人の言葉なんて全部嘘っぱちであり、お前はそれが信じられない。そんな中で、お前は自分を信じていると言ったな。そりゃそうだ、他人の心が見えないこの世界で、自分以外を信じられるわけがない」


 彼女は自分を信じているらしい、そして、もしかしたらそれすらも嘘かもしれない。俺に無理矢理吐き出させられた、偽りの感情かもしれない。取り繕った言葉だったのかもしれない。


 しかし、それでも構わないのだ。これで、彼女に逃げ道はないのだから。


「だからもう一度聞くぞ──お前──俺の事は好きか?」

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