第6話 乙女ゲー()

おいどうすんだよこの状況!

 【寡黙なる羊】のフラグは立て終わったし、有用そうな本も確保できた。

 後は家に帰るだけの簡単なお仕事だったのになんでだよ! なんでこうなった!



 目の前に、『ド畜生クソ眼鏡』ことマモン・フォルクスが現れた。



 ……初手『図書館』の選択自体は悪くなかったはずだ、最初にある程度の情報を持っておくのはこの難易度の世界では必須と言ってもいいからな。

 であるのであれば、分岐を間違えたのか?


 ……いや、そもそもの話、マモンがいる可能性が十分に高かったのにも関わらず、"欲"なんて出したのが間違いだったか……。


 『イケわく』に登場するマモンは、こちらの精神値が80以上ない場合に対して、視認した瞬間に精神崩壊系の即死をふっかけてくるとかいう頭のおかしいチートボスの一人だ。


 今のところ、レオンもアンナも怯えてはいるけど精神崩壊とまではいっていない。

 できることなら穏便に撤退したいところではあるが……


「あれだね、君たち三人が集まっているのはとても珍しいね。僕は初めて見たよ」

「ええ、来週から始まる魔悪魔悪学園の準備を一緒にしているところでして」

「ふーん、なるほどね。そう言えば入学式は来週からだったね」

「マモン様は図書館で何をされていたのですか?」

「僕の方はちょっと調べ物をしていてね。ところで、イザベラさんは『絶対に切れない犬の首輪』の作り方が乗った魔導書とかに心当たりはなかったりしないかい?」


 ……犬の首輪……だと……?

 『全ての命は平等に僕の実験対象』とか言ってたサイコパスが『犬の首輪』?……絶対それヤバいやつじゃん!!!


「うーん、ごめんなさい力になれそうにないですね」

「そっかー、もしかしたら、まだ科学的に見つかっていないのかもしれませんね。まぁ、まだ見つかっていないのであれば、自分で見つけるだけの話ですけど」

「……では私たちはこれにて失礼させてもらいますね。マモン様の貴重な時間を削るのは本意ではありませんので」


 よし! このままずらかるぞ!

 

 そそくさと軽く挨拶をし、この場から離れようと試みた。

 が、世の中はそんなに甘くはなかったようだ。


「あ、そうだイザベラさん!来週の学校の件なんですが、選択科目に科学というものがあるんよね。それを取るのをお勧めしますよ。科学というのは生きるうえでは大変欠かせないもので、特に何が素晴らしいって恐ろしいくらいに合理的なんですよね。もちろん数学の方もなかなか捨てがたい所もあったりはしますが、如何せん刺激が足らない。その点科学には実践的な実験という物があるんです。特に解剖なんかは興奮しますね。ふふふ。解剖の何がいいって普段は観れない体の中身とかが見れるんですよ!。脳みそなんかは種族によって全く大きさが違っていて面白いですし、一体脳の何処に心があるんだろうって考えるだけでも興奮しますよね。ふふふ。失礼考えただけでも笑みがこぼれてしまいますね。昔から自分の好きな物に熱中するとすぐに周りが見えなくなってしまうんですよ。まぁ今はだいぶ周りの方たちに気を使えるように成長したので、僕としては10点中9点かなという印象ですかね。そう言えばイザベラさんは心は一体身体のどこにあるのかご存じですかね?大抵は脳や心臓と答えるのかと思うんですけど、僕はそうは思わないんですよね。つまりは心というのはココとは違う次元に存在していて、それを我々は何らかの手段で脳に出し入れしているというのが私の見解でして。記憶とかもそこに含まれますね。それで思ったんです。体はそのままで記憶だけ消して新しい人格を作ったらどうなるのかと。まぁ結論から言うと―――」


 ……はぁ。


 ……さっきまでいい感じに話が進んでいたのに結局はこうなるのか。 

 こいつが【沈黙卿】と呼ばれるに至った理由がまさにこれだ……


 マモンとエンカウントした場合に起きるイベントには主に二つある。


 一つ目が、[精神値が80を下回っていた場合に発生する精神崩壊即死ルート]

 二つ目が、[精神値が80以上の場合に発生する語り死亡ルート]


 後者の『語り死亡ルート』に関しては、前者の『精神崩壊即死ルート』が可愛く見えるほどのクソルートだ。

 『語り死亡ルート』というのは、マモンの『語り』に延々と付き合わされてしまうルートの事を指す。

 「え? それだけ?」と思うかもしれないが、こいつの『語り』は24も続くのだ。

 明確なが設定されている『イケわく』において時間を拘束されるというのは=『死亡』を意味するのだ。

 ただ、なら"まだ"ましだった。仮にマモンに拘束されても「あぁ、掴まっちまったか、はいリセットリセット」で済む話だからだ。

 このゲームにおいて即死なんてものはたいして珍しくもないない。




「結論から言うと"全くの別人"ではないけどほぼ別人と呼んで問題ないだろうという結果になったんだよね。不思議だよね?その後も、脳や体の半分だけを取り換えてみたり、体をバラバラにして適当につなぎ合わせてみたりもしたけど大抵どれも似たような結果が出たんだよね。つまりは、体のどこにも我々でいうところの心の様な物が見つからなかったんだ。さっき僕が言った予想に近い結果だよね。同じ脳を使ってるのにも関わらず、同じ記憶や感情を発現させることが出来ないわけだからね。でももしかしたらちゃんと引き出せていないだけで、実は脳に記憶や記録は保存されているって可能性も十分にあるから、長い目で見て研究をしなくちゃいけないよね。あ、そうそう―――」





 そう、マモンが『ド畜生クソ眼鏡』と呼ばれ、全国のプレイヤーからヘイトを被った原因はではないのだ。

 問題なのは、初見時に拘束された際の事だ。

 多くのプレイヤーが『一体どれだけの時間拘束されるのかわからない、だけど少しだけ待ってみよう』と思い、3時間程待ってみはするものの、結局は何の変化もなく終ぞリセットを強制させられる。

 これこそがマモンを『ド畜生クソ眼鏡』たらしめる一番悪の要因である。

 このゲームは途中セーブが出来ない都合上、誰もが『死』を嫌う。

 しかも、マモンと邂逅するのはゲームの終盤に多いと来た。


 つまりはこういう事だ



 「ここまで来て死にたくない! 少し待てば許されるか!?」


……3時間後


 「駄目じゃねーか! クソがぁぁぁ!!! マジで許さねーからなこのクソ眼鏡! 死ね!」



 『沈黙卿』というのは元々、多くのプレイヤーから「お前は喋りすぎだ、早く黙れ」という皮肉を込めて呼ばれた蔑称でしかなかった。

 だけど、レオンとアンナが『沈黙卿』という単語を聞いて理解していた点から予想するに、俺がこのゲームをやっていた時には存在しなかった概念が追加されている可能性が非常に高い。

 いや、ほぼそうだと断言してもいいか。

 

 ……これまで以上に気を付けないといけないな。


「そうそう、研究というのは―――」


 つーか長いんだよッッ!!!! いつまで喋ってんだよ!!!!


「あ、あの! マモン様は犬がお好きなんでしょうか!?」


 多少強引ではあるけど、一旦話を強引に切りに行くしかない。


「……犬かい? 超が付く程嫌いだね。何ならこの世界の犬を絶滅させてもいいと思っているくらいだよ」


 えぇ……。

 じゃあ、何で犬の首輪なんて探してたんだ!?


「えっ!? ならどうして犬の首輪を探してしたのですか?」


「……ちょっと制御したい犬が一匹いてね、何とかしてあの脳筋畜生害獣の犬を黙らせるいい方法があったらいいんだけど」


「なっ!?」


 下手に口を出さずに沈黙していた後ろの二人も全く同じく反応をした。


 ―――その刹那、上の方、つまりは図書館の8階付近の窓ガラスが盛大に割れた音が鳴り響く。

 一体何が起きたのかの状況把握をする間もなく、"何者"かが上方からのがわかった。

 強烈な落下音と共には現れた。


「ようマモン! 俺を呼んだのはお前か?」


 黒髪犬耳の全長が2メートルは超えているであろう大男が、軽快な口調でマモンに対して質問を投げかけた。

 

「……死ね」


 マモンが暴言を吐くや否や、彼の後方ら有無を言わさぬ三つの電撃玉が発射された。

 

「ははッ! 面白れぇなッ! やっぱりそうこなくっちゃなぁ!」


 その大男は不規則な挙動で向かってくる雷撃玉を、正拳突きで叩き消しマモンとの距離を一気に詰めた。


「相変もわらず下品な犬男ですね、だから死ねッ!【雷狐槍ライコンソウ】」

「おいおいッ! お前も同じ犬だろうがよッ! 【ぶっ潰れろッ!!!】」


 大男は手を握るように合わせた拳を頭上まで持っていき、そのまま勢いよく振り下ろしマモンの雷の槍を打ち砕いた。

 とてつもない衝撃波が発生し、辺りを爆風が襲う。


 おいッ! 何でいきなりバトル始めてんだよ!

 ここは『乙女ゲー』の世界なんだぞ! 天下一武〇会がしたいんなら他に行けよ!

 ふざけんな! ふざけんな!


「はッ! やるじゃねーか! 腕を上げたんじゃないのか?」

「当然です。貴方と違って僕は遊んでいたわけではわりませんからね」

「ほう、面白い事言うじゃねーか。なら今度こそ消し炭にしてやるよ」

「早くしてくれませんかね? もしかして攻撃も脳味噌と一緒でとろかったりするんですかね?」


 大男の全身を黒い炎が包み込む。

 そして、三つの黄金色のケモ尻尾を生やしたマモンが【雷狐槍ライコンソウ】を両の手でそれぞれ持ち、攻撃の体勢をとる。  


 おーけ、わかった。なら、


「 「 ここで死ね 」 」



 大男の黒炎を纏った右の拳と、マモンの【雷狐槍ライコンソウ】 が衝突するその瞬間、レオンが叫ぶ。


「こんなところで何やってんだよ!」


「んー? ……ってレオンじゃねーか! お前こんなところで何やってんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ!」


 攻撃を中断し、腹に二本の槍を突き刺されながら、素っ頓狂な顔ではレオンの方を見る。


「俺はあれだ……あっ、そうだった! マモンを呼んで来いってアルモデウスに頼まれてたんだった! そうだった! そうだった! はっはっはっ、うっかり忘れてたわ」


 二本の槍が刺さったところから、大量の血を流しながら何食わぬ顔で笑う。


 ……いや、何わろとんねん。

  

「なるほど、そういう事でしたか」


 マモンはそう言うと、ベルゼの腹に刺さった槍をズボッと抜いて、自身の服に付いた埃をはらいだした。


「アルモデウスが『来週から始まる魔悪魔悪学園の打ち合わせがこの後、13時からあるので速やかに魔王城にまで来ていただきたい』って言ってたぜ」

「わかりました。では早速向かうとしましょうか」


 えぇ……。

 もう意味が分からないよ……。



 困惑しながらも、俺は戦いの余波によって壊滅的な被害を被った図書館の内部を見渡す。

 


「………………」



 あまりの凄惨さに言葉が出なかった。

 おそらく血まみれの肉片や、ボロボロになった罪のない本達が辺り一帯に散らばっていた。


 うぁ……。これはひどいな。


 ドン引きしながら自身の後方を確認すると、幸いにも同行者の二人は無事だったようで、アンナは気絶をしながら俺の右足首を掴んでおり、レオンは震えながらも意識を保っていた。

 そのまま漏らしてもいいんだぞ。


♂♀♂♀♂♀


 とりあえずの状況把握を終え、この後どうするかを考える。

 

 どう考えてもただの惨殺場でしかないわけだけど、

 無論にしておくつもりはない。


「あ、あのマモン様! 魔王城に行かれる前に、ここで被害にあわれた方々の手当をお願いできないでしょうか!」


 常識的に考えれば、バラバラになってしまった時点で即死、手遅れだ。

 しかし、マモンになら何とかできるはずだ。


「え? 僕が手当をするんですか?」

 

 とても純粋な眼差しで疑問を問いかけてくる。


 ……そう、こいつはやつなのだ。

 精神値の低い奴の事など気にも留めずに、まるで「弱いやつがいけないのでは?」とでも言いたげだ。


 が、当然の如く策は考えてある。

 何も、ただ二人のバトルを眺めていたわけじゃない。


「……マモン様。もし、ここで被害にあわれた方たちが将来、マモン様のを刺激するような存在に育ったのならどうしますか?」

 

「……そんなことがあり得るのでしょうか? 少なくとも僕はその可能性はないと思いますけどね。つまりは、あの程度の攻撃に耐えられないような存在が、将来僕を楽しませる事ができるとは到底思えませんね」


「かもしれませんね。ただ、可能性は0ではありません。ここで行った何気ない行動が将来、マモン様を驚かせるという可能性を完全に否定することはできません。それにマモン様は、というのはお嫌いでしょうか?」


 しばしの沈黙の後、マモンは答える。


「……確かにその通りかもしれない。取るに足らないと思っていた存在に裏切られるのも悪くはないね。あぁ、そう考えたらちょっと興奮してきましたね。ふふふ」


 マモンはふさふさの尻尾の中から神楽鈴を一つ取り出し、精神を集中させるべく目を閉じた。


「【仙狐の恩返し】」 

  

 固有特性の発動と共に、シャンシャンと美しい音を奏でながらマモンは舞を始めた。

 本物の神楽舞を見たことはないけれど、恐らくそれに近い何かだろうとは思う。


 マモンの舞が始まるのに従って、周囲の壊れた全ての物、人が元通りに修復されていく。



 ……いつ見ても恐ろしい固有特性だよ。

 見た目が美しいせいで多少はヘイトが緩和されているとはいえ、単刀直入に言ってこの固有特性を作った奴は頭がおかしい。

 【仙狐の恩返し】はありとあらゆる損傷、ダメージを完全な状態に戻す固有特性だ。

 つまりは、すらも戻すことが出来るという事だ。

 勿論、この固有特性にも弱点はあって、見ての通り『舞う』という動作が必要になってくる性質上、途中で舞を中断させる事が出来たのなら発動を妨害することが理論上は可能だ。


 ……まぁ、別にこの固有特性だけが特別性能をしているというわけではないんですけどね。

 派手な雷属性の魔法によく目が行きがちだけど、マモンの場合は『精神支配系魔法』の方が本体だったりするからな。

 魔法防御を容易に貫通してくる雷属性魔法、極悪非道の精神支配系魔法、鬼畜の所業である固有特性の【仙狐の恩返し】。


 まじでいい加減にしろよ?


 と、内心ピンク女神にキレていたところで、ピタリと鈴の音が聞こえなくなった 

 どうやら修復は完全に終了したようだ。


「うん。とりあえずはこれで大丈夫そうだね」

「ありがとうございますマモン様!」

「なに、自分の為にやったまでですよ。……さて、」


 マモンはベルゼの方へと視線を向ける。

 どうやら兄弟水入らずで話をしている様子だった。


「兄貴、次はいつ家に帰れるんだ? 母さんと親父が会いたがってたぞ?」

「あーそうだったな。うーん。多分年末には帰れるんじゃねーかな。しらねーけど」

「おい! そこは断言してくれよ!」

「まぁ、あれだ、うん」 


「……ベルゼ、そろそろ魔王城に向かいますよ」

「ん? あぁ、そうだったな。 って事で悪いなレオン、帰れそうだったらちゃんと帰るから! 母さんと父さんによろしくな!」


 そう言い残すや否や、次に瞬きをした瞬間にはもうそこには二人の影はなかった。


「……バカ」


「……レオンさん、とりあえずは外に出ましょうか?」

「ん。」



 その後、若干テンションの落ちたレオンがアンナをおんぶし、二人で図書館の外に出た。



♂♀♂♀♂♀



【『図書館前』】


 丁度時間は昼時で、ここに来た時よりも多くの魔人が道を行きかっていた。


「レオンさん、昼食はどうしますか?」

「……そうだな、アンナの目が覚めるまで近くのカフェにでも居ようか」


 近くで馬の世話をしていた助爺に声をかけ、一行はカフェ『エルダードラゴンズ』に向かった。


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